003.2人組の事情
クロロが案内された大部屋は、大人が10人以上入っても余裕のある集会場のような場所だった。
ただし、瓦の屋根はところどころ空が見えるほど朽ちており、壁にもツル性の植物やコケが蔓延っている。
まるで話に聞いた古代遺跡の中みたいだった。
「えーっと…。まず、僕からいくつか質問してもいいですか?」
全員がボロボロの応接セットに腰を落ち着けたところで、クロロが言った。
「答えられる範囲ならばな」
「先ほど、追われていると言っていましたが、一体何から追われてるんですか」
「それはてめぇに言う必要はねぇ。余計なことに首を突っ込むんじゃねぇよ」
ハイルへの質問なのに、ギルが取り付く島もない態度で答えた。
クロロはプクっと頬を膨らませて、ギルのことを睨んだ。
「僕はハイルさんに聞いてるの!」
「はん。いい度胸だな。小さいなりをしてるくせに言うことは一丁前じゃねぇか」
ギルは青い目で見下すようにクロロを見てきた。
彼はハイルよりもさらに頭1つ分背が高く黒髪を刈上げにしている。体系もガッチリしており、クロロと並ぶと大人と子供ぐらいの体格差がある。なかなか迫力のある男だ。
しかし、そんな彼にクロロは怯むことなくハイルのほうに向きなおり次の質問をした。
「何日くらい前からここにいるんですか?ハ・イ・ルさん」
そしてこれ見よがしに「ハイルさん」を強調したため、ギルは「チッ」と舌打ちした。
ハイルは困ったように両者を見てから話し出した。
「ギル。そう敵意をむき出しにするな。クロロと言ったか。ギルがすまないな。なんせ俺たちの現状はかなり良くない状況でな…。こいつもピリピリしてるんだ。普段は気さくでいい奴なんだが…。ちなみに俺たちは昨日ここに着いたばかりだ」
クロロは少し考えてから、ハイルにさらに質問をした。
「あなたは、先ほどここを見つけるのは容易ではないと言っていたけど、それならあなたはどうやってここを見つけたの?誰かに追われてる最中に、やみくもに逃げ回ってたどり着けるとは思わないんだけど…」
「…良い質問だな。俺が、昔たまたまこの辺の古い地図を見たことがあってな。そこにこの村が載っていたんだ。もうダメだと思ったときに、この村のことを思い出して一か八かの賭けでここまでやってきたんだ。しかし…」
彼は肩をすくめてしょんぼりした態度で続けた。
「村はこのありさまだ。村人もいない、食料もない、家もかろうじて形を保っているだけ…。水だけは近くに川があって助かったが…。追手も完全にまいたかどうかわからんし、とうとう途方に暮れていたところにお前がやって来たというわけだ」
「そうだったんですか。それでいきなり包丁を…」
そこでギルが「ダンッ!」と目の前の机を叩いた。
「そうだ!包丁だ!俺たちはもともと剣や懐刀とかの武器も持ってたんだ!それも逃げている最中に少しでも身を軽くするために捨ててきた!食料もだ!身ひとつになってやっと逃げ延びたっていうのに村は廃村、武器になりそうなものといえば家に残されていた錆びた包丁や鍬しかねぇ!ちくしょう…」
クロロは話を聞いているうちに、なんか面倒臭そうな事情だなぁと思い始めていた。
せっかくの旅なんだし、面白おかしく世界の不思議な場所巡りをしたい。
刺激的な人間関係に巻き込まれるのも捨てがたいが、それでこの人たちの敵とやらに顔を覚えられて、追われる身なんて嫌だ。
ここは次の村まで案内してもらって、お別れということにしよう。そうしよう。
「ソウダッタンデスカ。大変ですね。食料もないなら、早く近くの村に行きましょう。ダイジョウブ。僕もツイテイマス」
「てめぇ、なんだその言い方は。明らかに関わり合いになりたくない態度だな。まぁいいがな。俺はてめぇをまだ疑ってるんだ。だいたい、そんな軽装備で6日間も旅してきたってのが嘘くさいんだよ!」
「むぅ!なんだよ!人を嘘つき呼ばわりして!僕はちゃんと旅の極意を色々教わってるんだ!食べられる木の実やキノコの種類だって完璧だ!…ははぁん、わかったぞ。さてはお前悪者だな!何か悪いことをして正義の味方から命からがら逃げてきたんだろ。なんてことだ!旅を始めて6日間。最初に出会ったのが悪の組織の一員だったなんて!」
クロロはギルに対する当てつけを言った。
その言葉にカチンときた彼は彼女の胸倉を掴んで、怒鳴りつけた。
「てめぇ!いい加減にしやがれ!誰が悪党だ!」
「ほら!こうやってすぐに暴力に訴える!た~す~け~て~!」
そんなやりとりをやっていると、またも「ダンッ!」と机を叩く音がした。
2人がびっくりして振り返ると、ハイルが鋭い瞳でギルを睨みつけていた。
「いい加減にするのはお前だギル。こんな状況で彼に出会えたのは神の導きに違いないのだ」
その言葉に我に返ったギルは、そっとクロロから手を放した。思いのほか優しい扱いだったのがクロロはちょっと意外に感じた。
「だが…こいつは…信用ならない…」
ギルは吐き捨てるように言ったが、声に力はなかった。
「何度も不快な思いをさせてすまないな。実は君を信じようと思った理由がもう1つあるんだ」
ハイルは先ほどギルに向けた顔とは真逆の優しい笑顔をクロロに向けた。
「この山は地図上では『コモン山』となっているが、地元では別名『時の山』と呼ばれている。ある者が何日も山でさ迷いやっとの思いで下山するとまだ1日も経っていなかった、山に入って行方不明になった者が数か月後死体となって川から発見されたときには、死んでから何年も放置されたような姿だったなどの逸話がある」
その話を聞いてクロロはあんぐりと口を開けた。隣でギルも目を見開いていた。
「えぇ!そうだったんですか!僕は確かに6日間山でなんとか過ごしましたが、もしかして実は1日も経ってないかもしれないんですか!」
「そう。たぶん君は6日間をこの山で過ごしたと言っていたが、おそらく現実世界ではまだそんなに時は経っていないんじゃないかな?」
「…おいハイル。何呑気に言ってやがる!そんな得体のしれない場所に逃げてきたのかよ!」
「安心しろ。この村は時の山の効果が発揮されるギリギリ前の場所にある。俺たちが感じている時間の感覚は正常だ」
「…はぁ、よかった…。ビビらせんなよ…」
「ハハハ、すまないな。なんせそんなこと言う暇もなかったからな」
ハイルは声をあげて笑った。
その様子にギルも少し緊張がほぐれた。
そして、ふとやけに静かなクロロのほうを見た。
なんだがプルプル震えていた。
自分がとんでもない山でさ迷っていたことを今頃実感し、怖くなったのだろうか。
ギルはさっき怒鳴ってしまった罪悪感もあり、声をかけようとした。
「おい、大丈夫」
「なんてことだ!僕は旅を始めて間もないというのにとんでもない体験をしていたのか!感動だ!時の山!なんて素敵な響き…。歩いても歩いても同じ景色でつまらないとか言ってごめんなさい。実は大冒険を体験していたのですね。時の山様素晴らしい体験をありがとうございます」
どうやら感動に打ち震えていただけのようだ。
ギルは心配して損したという顔でがっくりうなだれた。
クロロはしばらく感動でプルプルしていたが、ふと疑問に思ったことを聞いてみた。
「あの…、それでどうして僕が追手じゃないことにつながるんです?」
ハイルは少し笑いながら答えた。
「自分で言うのもなんだが、俺たちはかなり切羽詰った状態だった。もうとにかく逃げるためにはなんでもやった。重い装備を捨て、武器を捨て、食糧さえも捨てて…寝る間も惜しんでここまで来た。つまるとこ、どれだけ追手が俺たちを追跡しようが、少なくとも1日以上は絶対時間を稼げたはずなんだ。だから『時の山』の件を差し置いても君が追手ではありえないんだ。追いつくのが早すぎる。…もっとも、最初は俺も気を張りすぎていてそこに気付かず包丁を突き付けてしまったが。その節はすまなかったな」
クロロは思わずその状態を想像して、いやそうな顔をしてしまった。
「なるほど、それほど切羽詰まってたわけですね。うわぁ…大変そうだなぁ…」
完全に他人事である。
「さて…お互いある程度のことを知ったところで、今後のことを決めたいと思う」
ハイルは真剣な顔に戻って、話題を切り替えた。
「交換条件というのはどうだ?」
「交換条件ですか?…何と何を交換するかによりますけど…」
「君はこの近くの村まで行きたいんだろ。俺たちはその道を知っている。だから君をそこまで連れて行ってやろう。その代わり君にはそこに着くまで俺たちに食料の提供を頼みたい」
クロロはそんなことかと思い頷いた。
「いいですよ。ただし、僕からも条件があります」
「なんだ?」
「悪いですが、近くの村に到着したらそこでお別れにしてもらいたいです。僕はこの先も思いっきり旅を楽しみたいので、よくわからない連中にあなたたちの仲間だと誤解されて追い回されるのは嫌ですもん」
「てめぇ…普通面と向かてそんなこと言うかよ…」
ギルがひきつった顔をした。ハイルも苦笑している。
「まぁ、ごもっともだな。安心してくれ俺たちもそのつもりでいる。君をこちらの事情に巻き込むつもりはない」
クロロは望んだ結果になったのを喜んだ。
「で…さっそくなんだが、何か食料を分けてくれるか?俺たちもう丸一日以上何も食べてないんだ」
クロロはハイルの言葉に頷いた。冷静な口調にはおくびにも出さないハイルだが、本当は空腹で今にも倒れそうなんだろう。
よくもまぁ今まで食糧のことを言いださなかったものだ。
ギルがすぐに突っかかってきたのも、空腹によるイライラが一番の原因かもしれない。
「わかりました。ちょっと待っててね。今から探してきますから」
クロロは「よっこらしょ」と立ち上がり家から出て行こうとした。
「おい、ちょっと待てよ。てめぇ、まさか食料持ってねぇのか!」
ギルが慌ててクロロを止めた。
クロロは足を止めてばつの悪そうな顔をした。
「実はちょうど僕も食糧がつきたとこなんだ。でも、山や森は食べ物の宝庫だからすぐに3人おなか一杯になるくらい採ってこれるよ」
「てめぇが勝手に取ってきた食い物なんて怪しくて食べられるか!俺もついていく!」
「むぅぅ~!なんなんだよ!お腹ペコペコなんだろ!無理して動かなくてもいいよ!」
「そう言わないでやってくれ、これでもギルは俺のことを心配してくれるんだろう。君が敵の追手ではないとは思うが、万が一ということがある」
「…そういうこった。さぁ行くぞ」
クロロは釈然としない気分だったが、とりあえず飢えている二人が可哀想なのでギルと食べ物を探しに行くことにした。