10分間
待ち合わせはホテルのロビー。
彼はいつも5分は遅れてやってくる。
ただの遅刻か、わざとそうしているのかは不明だが、私は後者と踏んでいる。
私は5分早めに着き、彼を待っている10分間、前髪を気にし、あれほど考えあぐねた末に着てきたワンピースと靴が果たして合っているのか不安になり、化粧室へ行く。
正面、右、左、後ろ、と、まんべんなくチェックし、口紅を塗り直し、ロビーへ戻る。
柱の横に立って昨日のメールの話が出たときのシュミレーションを何パターンも考える。
昨日から、ずっと考えてたけど、いい模範回答が思いつかない。
だって彼がどんな風に切り出してくるのか予想もつかない。問題がわからなければ答えの考えようがない。
こんなに年の離れている男の人の考えてる事なんて、私には未知の世界だ。
はぁ・・・。
溜め息をついた時、向こうからアタッシュケースを左手に持って歩いてくるスーツ姿の彼を発見。あわてて、眉間のシワを撤去する。
「今日も可愛いの着てるね」いったん立ち止まり、ホテルの玄関へ歩きだしながら彼が言う。
「待った?」でも、「遅れてごめん。」でもなく、私の服をまず褒める。
「そう?」私はこんな事で喜んでるなんて悟られたくなくて無表情で対応しようとしたが、あえなく撃沈・・・。
頬が緩んでしまう。
そりゃ、そうよ。かわいくないはずがない。
昨日3時間も服を取っ替えひっかえ、鏡の前で「一人ファッションショー」をやって選んだんだもの。
かわいくなきゃ困る。
お世辞だと思う。でも、そうとわかっていても女ですもの、やっぱり嬉しい。
彼は私に何が食べたいのかを聞き、私は「和食が食べたい」と答えた。
「和食だったら・・・ちょっと歩くけど美味しいお店があるからそこでいい?」
なんてパーフェクトな回答なんだと思う。
私の食べたいものを優先してくれつつ、店は素早くセレクトしてくれ、少し歩くことも断ってくれる。やっぱり大人の男は違うのね。
同年代の男の子(男の子、という年ではなかったけど敢えて、<男の子>と言わせていただく)
としかお付き合いをしたことがなかった私は、たったこれだけのことでちょっとクラっとしてしまった。
何が食べたいのかまず悩み、どこの店に行くのか悩み、歩道の真ん中で足を止めて考えるからその間、私は横にぼーっと突っ立っているしかない。端からみたらかなりお間抜けな光景。
そんな方々ばかりだったので比べる対象が間違っているのかもしれないが。
今までもこうやっていろんな女の人を落としてきたのかしら、などとかわいげのない事を考えたりしながら彼について歩く。
「夜になるとまだ寒いね」なんて、ほんとどうでもいい世間話をしながら歩く。
店のあるビルに着く。「地下なんだ」彼はそう言いながらエレベータのボタンを押す。
「チン!」と音がしてエレベーターの扉が開く。誰も乗ってはいない。
男の人とエレベーターに二人っきりで乗るって緊張する。自意識過剰か?
たまたま乗り合わせた見知らぬ人でも、ただの友達でも。
私だけ?やっぱり自意識過剰ね・・・。
緊張むなしく店のあるB3Fに到着。
カウンターに案内され並んで席につく。