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燼滅のプロメテウス  作者: 漣リラ


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29話 腐海⑥ 雷轟・紫電響也

 鋼鉄の天井を幾重にも貫通して降り注いだ金色の雷光。

 その光の残滓がプラズマとなってパチパチと弾ける中、響也はゆっくりと動き出す。


 焦げたような鋭い匂いが、プラント内に充満していた腐敗の悪臭を一掃する。

 響也の視線が、床に倒れ伏す奏斗の黒く変色した右腕や、火傷だらけで膝をつく順、息を切らす怜と夜霧の姿を静かに捉えた。


「……随分と、派手にやられちまったな」


 響也の口調は静かだった。だが、その声の底には、決して触れてはならない逆鱗に触れられた、静かでドス黒い怒りが煮えたぎっていた。


 彼が軽く足首を回すと、軍靴の底からバチッ!と強烈な電磁パルスが放たれ、周囲の腐肉の床を瞬時に炭化させた。


「やれやれ……。罠に落ちたネズミが、泥にまみれて這い上がってきたのかい」


 腐界が白骨の顎を鳴らし、錆びた大鎌を響也へと向けた。


 下層で待ち受けていた無数の特異虚獣たちを一掃してきた響也の力には警戒しつつも、使徒としての絶対的な自負は揺らいでいない。


「どんな派手な雷を纏おうと、私の瘴気に触れれば等しく――」


「御託はいい」


 腐界の言葉が最後まで紡がれることはなかった。


 ドンッ!! という空気が破裂するような轟音。


 響也の姿が、完全に『消失』した。


「なっ……!?」


 腐界の視界から、標的が消え失せた。


 いや、消えたのではない。響也の能力『迅雷』――自身の神経網を超高電圧の生体回路へと変質させる「ゼロ秒思考」と、足元から放つ電磁パルスの爆発的な推進力。


 それは、人間の動体視力はおろか、使徒の超感覚すらも置き去りにする、文字通りの『神速』だった。


 バキィィィンッ!!


 凄まじい衝撃音が鳴り響いたのは、腐界の背後だった。


 響也の回し蹴りが、腐界のローブの背中側に深々とめり込んでいた。


「ガァァァァッ!?」


 防ぐ間もなく、腐界の長身が砲弾のように前方に吹き飛ばされる。


 腐敗の瘴気を纏う暇すらない。響也の放つ電磁加速された打撃は、瘴気が細胞を侵食するより早く、圧倒的な物理的破壊力で対象を粉砕するのだ。


「遅え。そんなチンタラした動きで、誰を腐葉土にするって?」


 吹き飛ぶ腐界を追い越し、響也は再び先回りして待ち構えていた。


 今度は、強烈なアッパーカットが白骨の顎を下から跳ね上げる。


「ギ、ギィィィ……ッ!!」


 空中に打ち上げられた腐界に対し、金色の稲妻が三次元的な軌道を描いて縦横無尽に飛び交う。


 上、下、左、右。


 響也は空中の何もない空間を蹴り、電磁パルスの反作用を利用して空中で急制動と軌道変更を繰り返す。


 打撃、打撃、打撃。


 一発ごとに雷鳴が轟き、腐界のボロボロのローブが引き千切れ、白骨の身体に無数の亀裂が走っていく。


「す、すげえ……」


 壁に寄りかかりながら、奏斗は呆然と上空の惨劇を見上げた。


 自分たち四人がかりでも、触れることすら困難だった第十三使徒。それが今、サンドバッグのように一方的に蹂躙されている。


 これが、六戦神。霊対室の最強の戦士の一人。


「おらァッ!!」


 ズドォォォォンッ!!


 響也の踵落としが腐界の胸部にクリーンヒットし、鋼鉄の床に深々と叩きつけた。


 床がクレーターのように陥没し、衝撃波で周囲の緑色の瘴気が完全に吹き飛ぶ。


「ハァ……ハァ……ッ」


 土煙の中、腐界がよろめきながら立ち上がった。


 白骨の肉体は一部が崩れ、自慢の大鎌も半ばからひしゃげている。これまで余裕の嗤いを浮かべていた死神の姿は、見る影もなく惨めなものだった。


「おのれ……おのれェェェッ! たかが人間風情が……!」


 腐界の中で屈辱と激怒の炎が燃え上がった。

 彼の全身から、これまでの比ではない超高濃度の、黒く濁った猛毒の瘴気が間欠泉のように噴き出し始めた。


「ああああああああああっ!! すべて腐れ!! すべて土に還れェッ!!」


 腐界が残った大鎌を頭上で激しく回転させると、黒い瘴気の竜巻がプラントの通路全体を飲み込むように膨れ上がった。


 それは無差別の広域殲滅攻撃。触れれば鋼鉄すら一瞬で砂に変わる、文字通りの死の暴風。


「響也さん、危ない!」


 順が悲鳴を上げる。


 だが、響也は逃げなかった。


 彼は右手の拳を強く握り込み、そこに全身の電磁エネルギーを限界までチャージし始めた。


 バチバチバチッ! と、プラズマの球体が響いた右腕に形成され、周囲の空気が高熱で歪む。


「……腐れ肉の分際で、偉そうに吼えてんじゃねえぞ」


 響也の瞳が、黄金色に鋭く発光した。


「『迅雷・天裂てんれつ』ッ!!」


 響也が右拳を真っ直ぐに突き出した瞬間、極大のレーザーのような雷の奔流が放たれた。


 それは単なる電気の放出ではない。電磁力によって極限まで加速された、プラズマの砲撃。


 ドッッッバアアアアアアン!!!


 金色の雷撃が、迫り来る黒い瘴気の竜巻のド真ん中を真っ向から貫き、強引に『消し飛ばした』。


 超高熱のプラズマが毒素の分子構造を瞬時に焼き切り、腐敗の概念ごと物理的に吹き飛ばしたのだ。


「バカな……私の瘴気が……力押しで……!?」


 驚愕する腐界の胸部を、雷撃の余波が容赦なく貫通した。


「ガァァァァァァァァッ!!!」


 腐界の身体が大きくくの字に折れ曲がり、数十メートル後方の壁まで吹き飛ばされて激突する。


 壁が崩落し、大量の瓦礫が死神の身体を生き埋めにした。


 シュー……と、雷撃の余熱が通路を白く染める中、響也はゆっくりと拳を下ろした。


 圧倒的。その一言に尽きる。


「……おい、お前ら。生きてるか」


 響也が振り返り、奏斗たちに声をかけた。


「……ええ、なんとか」


 奏斗が火傷だらけの右腕を押さえながら、苦笑して立ち上がった。


「相変わらず、デタラメな力ですね」


「ハッ、お前らに言われたかねえよ」


 響也は鼻で笑い、夜霧や怜、順の無事を確認して小さく息を吐いた。


 だが、決着はまだついていなかった。


 ガラガラ……と、瓦礫の山が崩れる音が響いた。


 土煙の向こう側、半壊した壁の奥で、信じられないほどの骸粒子の濁流が渦を巻き始めていた。


「……ククク……許さない……絶対に……」


 瓦礫を吹き飛ばして立ち上がった腐界の姿は、もはや人型を保っていなかった。


 崩れた身体から、無数の黒い肉の蔦が触手のように伸び、周囲の鋼鉄の壁や床に深く突き刺さっていく。


「私をコケにした罪……万死に値する。……ならば、この箱庭ごと、貴様らを喰らってしまおう」


 腐界の怨念に満ちた声と共に、放棄海上プラント『海神』全体が、まるで生き物のように不気味な脈動を始めた。


「チッ……往生際の悪い野郎が」


 響也が舌打ちし、再び金色の電光を立ち昇らせる。


 追い詰められた第十三使徒の最後の悪あがき。


 それは、この巨大な人工島すべてを巻き込んだ、破滅へのカウントダウンの始まりだった。


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