第六章 7 この世は実に退屈だ
優斗の家は、事務所からすぐそばのところにある。
高校生一人で住んでいるくせに、立派に一軒家で、しかも仕事場である事務所まですぐと来た。
恵まれているやつをうらやむような趣味は俺にはないが、流石にここまで来ると少し羨ましい。
家の方まで向かうと、玄関に既に優斗が立っていた。
「こんばんは、鳴」
「お、おう……」
満面の笑顔で待機した上、語尾にハートマークでもついてそうなくらいの甘ったるい声で出迎えられたら、流石の俺でも困惑だ。
「とりあえず上がっていってよ、何か飲む?お茶かスープでもどっちでも」
「…って言ってもなお前、お茶だってこの間飲んだのはクソ不味かったし、スープなんてネット通販で頼んだよくわかんねえ怪しい奴だったじゃねえか」
「ふふ、正解。でもスープの方は意外と美味しかったじゃないか」
「口に入れた瞬間とんでもねえ臭みが口の中襲ってきたけどな、お前ほんとそういうの買うのはいいけど他人に振る舞うのやめろよ」
「肝に銘じておくね」
促されるまま、リビングへと足を運ぶ。
自他ともに認めるほどの変人なこいつだが、意外なことにリビング自体は結構普通だ。
「それで、話ってなんだよ。わざわざこんな時間に呼びつけたってことは、結構大事なことなんだろ?」
「うん、それで。もう本題から入っちゃおうか。遠回しな話はあまり好きじゃないんだ」
「嘘つけ」
と俺は言ったが、優斗の顔はいつもとは違って珍しく、真剣だった。
きっとあいつなりに真剣なのはそうなんだろう。
「恭平さんから聞いたよ。鳴がなんだか最近悩んでるって」
「恭平さんから?」
「ああ。鳴、自分の記憶について探ろうとしていただろ?鳴は秘密にしているつもりだっただろうけど、お見通しだよ」
……少なくとも、こいつにばれるのは想定済みだ。
「ああ、ある程度は知っている。俺が『有栖川鳴』なんて名前じゃなかったこともな。何でそんな名前になったのかは知らねえけど」
「…そこまではまだ思い出せてないかぁ。
まあ、わざわざ名前を変えたっていうのは、恭平さんの配慮なんだけどね。最初は君もすごく嫌がってたんだよ?」
「当たり前だろ、名前っていうのは人が自分のことについて一番強く意識する部分だ。それが変わるってことは、魂ごと変わるのと変わらねえ」
「魂ね……鳴にしては随分オカルトチックじゃないか」
「父親の受け売りだけどな」
そういや昔、父親がそんなことを言っていた気がする。……今までの俺は、そんなことも忘れてしまってたんだが。
「その父親も、今やどこに行ったのかわかんねえ。今頃何をどうしてるんだろうな」
俺がそんなことを言うと、優斗が何やらショックを受けたような顔をしていた。
まるで、何で何も知らないんだ、っていうような顔で。
「君の記憶の中では、そういうことになってるんだ……」
そうだ。俺はあの日、家に押し入った謎の亜人によって母親を殺され、俺自身も殺されかけた。
そこを救助したのが、当時まだ中1だった頃の優斗と睦海で。
そこまでは合っているはずだ。だとしたら、何だ?
俺が見落としているのは何だ?
「じゃあ、鳴。君に全部話してあげようか。あの日に起きたことの真実と、それと。
僕が君に惹かれてしまった理由をね」
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この世は実に退屈だ。
それが、13歳にして悟ってしまった真実のうちの1つ。
周りのみんなは僕よりも頭が良くないし、
世にあふれている物語はほぼ全てが結末の予想できる予定調和だけ。
そんな、退屈ばかりの人生を、僕は送っていた。
「あんた、またなんか変な溜息ついてるけど、それやめなさいって」
「痛っ、足音もなく背後から近づくのはやめてくれないかな?」
いきなり背中を本で叩かれた。まったく…その小さい足音で近づかれると、びっくりするから勘弁してほしいんだよなぁ。寿命が縮む。
よくあることと言っても、背後から近づかれるっていうのはなかなか慣れるもんじゃない。
「いやぁ、なんというか。僕の周りって頭悪い人ばっかりでさ。学校の同級生なんて、中学に上がったばかりでも子供みたいにはしゃいでて。
あの狭い校庭で走り回ったところで何が得られるんだろうね?」
「あんたのそれ、多分中二病って言われるやつよ。何中1で発症してんのよ」
「皆わかってくれないんだもんなぁ。恭平さんも同じこと言ってたし」
「あの人がそれ言うんだったら、もうそうなんでしょ」
「睦海ってさ、大人の言うこと全面的に信用してるタイプ?」
「そういうわけじゃないけど、恭平さんならある程度は。信用してなきゃこんな事務所いないし」
生意気にも僕に憎まれ口をたたくこの女の子は、他所の事務所から昔ここに移動してきたんだったか。
とはいえ、僕は彼女については全く興味がない。顔はそれなりに良い方だと思うけれど、どうにも性格が合わないんだ。
「睦海、君はほんとに一言多いよね」
「あんたは一言どころじゃないくらい多いけどね、可愛げってもんがないのよ。もう少し素直に振る舞ったらどう?」
「その言葉そっくりそのまま君に返すよ」
「あんた相手だから素直な振る舞いしてないだけよ。そうだ、この間借りた漫画返すわよ」
睦海から一冊の漫画が手渡される。テレビアニメにもなって、かなり人気のある漫画だ。
僕はテレビアニメには興味がないけれど、知名度が高いっていうのは何となく理解している。
「いや、返さなくていいよ。それもう読まないから」
「え?面白かったのに。何がそんなに気に入らなかったのよ」
目を大きく見開いて、睦海は僕の顔を見る。
「展開があまりにも予想通りでね、だから退屈さしか感じなかった。漫画ってどうしてこうも予定調和で終わっちゃうんだろうね。
それならまだ現実の方がよっぽど面白いさ」
「予定調和でもその結末で終わった方が平和じゃない。ひねくれてるわね。ところで……」
彼女はキッ、という音がしそうな勢いで、僕の方を睨みつけてきた。
「まさかそれ私に押し付けるつもりじゃなかったわよね?」
「正解。でも面白かったならいいじゃないか。漫画だってそういう人に読んでもらった方が嬉しいはずさ」
「前にもこういうことがあったのをすっかり忘れてたわ……面白くないなら買わなきゃいいのに」
「いつか面白い漫画に出会えると信じてるからね」
「あんたの趣味に合う漫画ね……そんなのあるのかしらね」
そんなやり取りをしていると、事務所のドアが開け放たれ、一人の男の人が部屋に入ってきた。
事務所の所長である佐久間恭平さんだ。もう30代も後半になるというのに、いつまでも若々しい外見を保っている。
噂じゃ、歳を経るごとに若返ってるなんて話まであるはずだ。
「単刀直入に言う、お前ら。仕事だ」
彼の鶴の一声と共に、僕たちの亜人狩りの仕事が始まった。




