5 領地への勧誘
「――さて、と……っ」
立ち上がろうとした黒軍服さんが、痛そうに顔を歪ませた。
「どうしたの?」
「ちょっと、古傷がね。前に膝を切られた事があって、傷は治っているんだが痛む時があるんだ」
いてて、と言いながらまた立ち上がろうとする黒軍服さんの袖を掴んだ。
「どうした?」
「私、たぶんそれ治せるよ」
黒軍服さんの動きが止まる。
「――っ本当か⁉︎」
「ひぇっ⁉︎近い近いっ‼︎」
ズイッと黒軍服さんの顔が近づく。
男の人なのに肌が綺麗で、睫毛も長くて、アイスブルーの髪はサラサラで、めちゃくちゃ整った顔してるんだから、不用意にそのお綺麗な顔を近づけないで欲しい。心臓に悪い。
「じゃあ、ちょっと見てみるね」
「あぁ、頼む」
期待のこもった青い瞳に見つめられながら、黒軍服さんの体をじっと見る。
普段は何も見えないんだけど、悪い所が無いか見ようと意識して見ると、問題のある箇所に黒くモヤがかかって見える。
「――見えた」
そして、黒軍服さんの言う通り、右膝には子供の拳大位の黒いモヤがかかっていた。
そのモヤを掴み、握り潰すようにグッと力を込めると、パァンと弾けモヤは消えた。
「はい、もう痛くならないと思うよ。動いてみて」
黒軍服さんが立ち上がり、膝の状態を確かめるように色々な動きをする。
「凄いな!全く痛みも違和感も無い!やっぱり君は聖女だ‼︎」
黒軍服さんは興奮冷めやらぬ様子のまま、私の手を取り立たせると、とある提案をしてきた。
「うちの領地に来ないか?」
「うちの領地?」
「あー、まだきちんと名乗ってなかったな。俺はハインツ・シャウマン、辺境伯家の者だ。君はニーナだな?」
「うん。辺境伯……あ、シャウマンっていうと」
「あぁ。この国、ゴルトベルクは東側が魔族領と面しているだろう?その面している領地を納めているのがうち、シャウマン辺境伯家だ」
私たちが暮らしているゴルトベルク国は東側を魔族領、北と南側が隣国、西側が海に面している。
隣国との関係は良好だし、領海のアーリア海も海の幸が豊富に獲れて、海に面した港町は観光客で毎日賑わっているらしい。大衆紙でよく特集される『一度は行きたい観光地ランキング』で一位を取ることも多い。
ただ、反対側のシャウマン領は魔族領と面しているから不人気、かというとそんな事はない。
シャウマン領には大きな火山のミアソ山があり、その裾野には雄大な自然が広がっていて山の幸が豊富に獲れるため、こちらも一度は行きたい観光地ランキングの上位によく入る。ミアソ牛が美味しいと有名で、オーグ二牛から取れる牛乳も濃厚で美味しいらしい。
「いいね、シャウマン領。魚も好きだけど、お肉はもっと好き」
「そうだろう?うちに来てくれるなら衣食住の保証はするよ。美味しい物もたくさんご馳走しよう。どうかな?」
すっごいキラキラスマイルなんだけど……。
「なんでそんなに好待遇で私を?」
うまい話には裏があるっていうし。