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未来の女王陛下、初恋の君と再会する  作者: 畑中希月
第六章 動乱の渦中

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四十三 マルヴィナの作戦

 マルヴィナは会議室にいた。平素は国の重鎮たちが、額を集めてまつりごとについて議論する空間に、今はマルヴィナとドゥーガルド、クレメントだけが座っている。


 長机の上には紅茶と数枚の書類が置かれており、一同はあと一人の到来を待っていた。

 五分程して、最後の一人――ユリーズがノックのあとに入室してきた。


「失礼致します」


 ユリーズはマルヴィナの前、ドゥーガルドの隣に座る。机の突端の席に座すクレメントが、話を切り出した。


「さて、アスフォデル。そなたをここに呼んだのは、他でもない。マルヴィナが、暗殺の実行役のリーダーを、見つけ出したからだ」


「ほう……誰です?」


 ユリーズに視線を向けられ、少し緊張しながらも、マルヴィナは書類を指し示した。


「そちらの書類をご覧下さい」


 ユリーズが書類を手に取る。マルヴィナは続けた。


「そちらに退職予定日が書かれている人物のうち、入職年月日が最近の者が、実行犯のリーダーだと思われます。その人物なら、容易にわたしを殺すことが可能ですから。おそらく、その人物は計画の続行を諦め、国内外に潜伏するつもりでしょう」


 ユリーズはしばらく書類に視線を落としていたが、やがて、「なるほど」と納得したように言った。


「では、女公殿下、これからのことは、全てわたしと叔父君に任せていただきます」


 立ち上がろうとしたユリーズを、マルヴィナは制した。


「お待ち下さい」


「……まだ、何か?」


「実行犯のリーダーを捕らえるには、退職日までにラトーンに赴く必要があります。そこで、わたしが考えた作戦を、みなさまに聞いていただきたいのです」


 マルヴィナは説明を始めた。実行犯のリーダーを特定してすぐに、頭に浮かんだ作戦案を。


 実戦経験のない者の、稚拙な作戦案かもしれない。だが、ドゥーガルドたちの力を借りれば、極めて成功率の高い、良い案に化けるのではないかという、不思議な確信があった。


「――以上です」


 作戦案を聴き終えた面々は、ユリーズを含めて、一様に驚きを隠せない表情をしていた。最初に口を出したのは、ドゥーガルドだ。


「マルヴィ、俺は反対するぞ。その作戦は危険すぎる」


「むろん、わたしも反対です」


 ユリーズが追従する。クレメントだけが、沈黙していた。

 反対されると予想していたマルヴィナは、却って落ち着きながら次の言葉を発する。


「みなさまの反対はごもっともです。ですが、わたしはラトーンで、『指揮官たる者は陣頭に立つべし』と教わりました。それこそが、レオニス女公たるわたしが果たすべき義務――ノブレス・オブリージュではありませんか?」


「それは、そうだが……」


 軍人であるドゥーガルドは言葉を濁した。もう一息だ、と思ったその時、ユリーズが鋭い視線でマルヴィナを見つめた。


「女公殿下、あなたは勘違いをしておいでです。仮にこの作戦を実行して、あなたに何かあった場合、次の国王は、ヴィエネンシス国王リュシアンということになります。

 それでは、結局、敵を利するだけではありませんか? そうなっては、わたしたちも、シーラムの国民も、誰一人として利益を得られない」


 マルヴィナは、一瞬、怖気づきそうになったが、負けじと反論する。


「ですが、彼らのリーダーを現行犯で逮捕できれば、リュシアン王に対する強力な切り札となりましょう。

 その上、リーダーに口を割らせることができれば、マレの王太子派をも牽制できます。そうなれば、宮廷の内部対立に悩むマレ国王に、恩を売ることができるかもしれません」


「そういう問題ではない」


 いつしか、ユリーズの瞳は怒りを帯びていた。あの、感情をほとんど面に表さなかったユリーズが。


「あなたは、シーダーや陛下――あなたを大切に思っている者の気持ちを、少しでもお考えになった上で、そのようなへ理屈をおっしゃっているのですか」


 マルヴィナは言い返せなかった。確かに、事件を解決してラトーンに戻ることにばかり意識が集中していて、ドゥーガルドやクレメントがどれだけ自分を心配するかを、想像すらしていなかったからだ。

 フィラスだって、この作戦を聞いたら、反対するかもしれない。


 さすがにマルヴィナがしょげていると、今まで黙っていたクレメントが発言した。


「それくらいにしてやれ。マルヴィナも反省しているようだ。……それはそうと、アスフォデル、そなたが感情を露わにするところを久し振りに見たな。感情論を述べるのは、さらに珍しい」


「……お見苦しいところを、お見せ致しました」


 いつもの調子に戻り、ユリーズは謝罪した。


「良い。そなたも人の親ということだ。だが、マルヴィナの言うことにも一理ある。他にやりようはいくらでもあるとはいえ、見返りが大きいことも事実だ。何より、マルヴィナが自分で発案した作戦だということが大きい」


 クレメントは、生徒を見守る教師のような目で、マルヴィナを見やる。


「予は、マルヴィナには自分の考えを持ち、責任を取れる王になって欲しい。それはそなたも同じだろう? シーダー」


「はい。ですが……」


「確かに、この策は危険を伴う。だから、優秀な護衛をつけることが必須だ。シーダー、心当たりがあろう」


「……アレクシス・エルム卿が適任かと思われます」


 ドゥーガルドは、渋々といった表情で応じた。クレメントは真摯な光を宿した目を、マルヴィナに向ける。


「マルヴィナ、王とは、その資格が本当にあるのか、常に周囲や民に示していかねばならぬ。自らを危険に晒してでも、この策を実行し、国や民に利益をもたらす覚悟と自信はあるか?」


 マルヴィナはクレメントの視線を、正面から受け止めた。あの作戦を発表した時から、覚悟は決まっている。


「はい、陛下」


「では、マルヴィナ。そなたに命じる。予の名代として、実行犯のリーダーを捕らえてみせよ。……ただし、必ず、無事に戻ってくるのだぞ」


 つけ加えられた言葉は、普段のクレメントと違わぬ、優しいものだった。クレメントに信頼されていることが嬉しく、マルヴィナは感に堪えながら、一言一句をはっきりと答える。


「はい。必ずや」


「時に、マルヴィナ。そなたが好きになった男とは、誰なのだ? シーダーが質問に答えたら、そなたも打ち明ける約束だっただろう?」


 マルヴィナは困った。何せこの場には、フィラスの父親であるユリーズもいる。


「あ、えーと、その、ですね……」


 マルヴィナは思いっきり迷いつつ、ちらりとユリーズのほうを見たあとで、半ばやけになったように心を決めた。


「フィラス・アスフォデルです!」


 宣言すると、ドゥーガルド、クレメント、ユリーズの三人は顔を見合わせた。


「そうか、フィラスか……」


「てっきりセオンかと思っていたが……」


「…………」


 ユリーズだけが沈黙したまま、話に加わらなかったが、やがて、彼特有の低い声を発した。


「陛下のご裁断ならば、仕方がございません。では、先程の女公殿下の案を、詰めて参りましょう。お前もそれで良いな、シーダー」


「ああ。こうなったら、少しでも成功率を上げるだけだ」


 二人の心強い言葉を聞きながら、マルヴィナは身が引き締まる思いだった。

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