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未来の女王陛下、初恋の君と再会する  作者: 畑中希月
第五章 初恋の君

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三十一 ダンスの特訓

 王都ターリスからマルヴィナを迎えに現れたのは、王家の紋章である天馬が描かれた、四頭立ての豪奢な馬車だった。


 帰るだけにしてはちょっと豪華すぎないか、と思ったマルヴィナだが、従僕から渡された手紙を読んで、納得した。


 手紙は、ユリーズからのものだった。


『女公殿下がターリスに戻られたということを、国民に印象づけて下さい。

 具体的には、沿道の国民に、笑顔で手を振っていただければ結構。

 お帰りになりましたら、殿下のお披露目パーティーを催すことになっておりますので、そのおつもりでおいで下さい』


(お披露目パーティー!?)


 マルヴィナは戦慄した。生まれてこの方、パーティーには良い思い出がほとんどないのだ。唯一の例外といえば、初恋の君に優しくしてもらったことくらいか。


 そういえば、あの時、彼は戴冠式のあとの饗応には参加していなかった。多分、自分と会ったあとで、帰ってしまったのだろうけど、何のためにあの場にいたのだろう。

 本人に直接訊ければ良いのだが……。


(フィラスには訊けなかったけど、セオンになら……)


 うん、そうだ。セオンは帰省すると言っていたし、おそらく、パーティーにも出席するだろう。その時に訊いてしまえば良いのだ。


 戴冠式の時、わたしと会ったことがない? ――と。

 決意も新たに、マルヴィナはラティーシャとリオとともに、馬車に乗り込んだ。


 音楽室で、フィラスに同じ質問をするのに恐怖さえ感じてしまった理由は、未だによく分からない。

 あれから、いつも通り会話はしているし、フィラスのことは友人だと思っているけれど、正直、彼が帰省しないことに安心している自分がいるのも確かだ。


(わたし、一体、どうしちゃったんだろう。フィラスは何も悪いことをしていないのに)


 窓の外を眺めながら、マルヴィナは物思いにふけった。


 窓外の風景は移り変わり、エーレの街を出、途中、いくつもの村を通った。マルヴィナはユリーズの指示通り、馬車を見つめる人々に向けて、笑顔で手を振り続けた。


 初めは手応えを感じられなかったが、ターリスに入ると、沿道に人々が列を作って歓呼の声で出迎えてくれた。レオニス女公が帰ってくるという噂が、街中に知れ渡っているらしい。


 自分はそんなに有名人だったのか、とマルヴィナは群衆を見て、唖然とした。もっとも、顔には笑みを張りつかせたままである。


 やがて、馬車は貴族の邸宅が並ぶ街に入り、王宮の門を潜ると、大扉の前で止まった。従僕が馬車の扉を開ける。彼に手を取られ、マルヴィナは地面に降り立った。


 約三か月ぶりに、王宮に帰ってきた。マルヴィナの胸に奇妙な感慨が去来する。王宮で過ごした期間は短かったけれど、ここはマルヴィナにとって、帰る場所になりつつあるらしい。


 ここでも庭の一角を借りて、香草ハーブを育ててみようかな、と思いつつ、マルヴィナは門番たちによって開け放たれた大扉の中に入った。


 王宮内に入ってすぐ、マルヴィナは女官長によって出迎えられ、居間に通された。ラティーシャとリオとは、部屋の前で別れる。中で待っていたのは、叔父ドゥーガルドと国王クレメントだ。


「マルヴィナ、よく帰った」


 クレメントは立ち上がると、両手を広げた。ハグをして欲しいということだろうか。

 マルヴィナがクレメントに向けて歩き始めると、ドゥーガルドが立ち塞がった。


「陛下、わたしが先です」


(叔父さまったら、子どもっぽい)


 マルヴィナは苦笑すると、ドゥーガルドに抱きついて、頬にキスをした。そのあとで、クレメントにも同じようにする。二人とも、マルヴィナの背をぽんぽんと優しく叩き、再会を喜んでくれた。


 ソファーに座って、マルヴィナはラトーンでのことを二人に話した。卒業生であるドゥーガルドもクレメントも、現在のラトーンに興味があるようで、話を熱心に聴いてくれた。


「それで、セオンとフィラスが……」


 マルヴィナの話の最中に、唐突にノックの音がした。


「入れ」


 クレメントが許可を出すと、扉が開く。入室してきたのは、宰相ユリーズだった。


「お話し中、失礼致します、陛下」


「ああ、アスフォデル。ちょうど、そなたの子息たちの話をしていたところだ。そなたも加わるか?」


 クレメントの誘いに、ユリーズは首を横に振って答える。


「せっかくですが。わたしは、女公殿下にお話があるゆえ、参ったのです」


「え、わたしに?」


 マルヴィナが思わず反応すると、ユリーズの目がきらりと光った。


「さようです。殿下、わたしの手紙はお読みになりましたね?」


「はい。王宮までの道のりでは、閣下のおっしゃる通りにしたつもりですが……あ、もしかして、お披露目パーティーのことですか?」


「はい。パーティーは一週間後には開かれますゆえ、準備をしていただきたいのです」


「準備、とおっしゃいますと?」


「具体的には、スピーチとダンスですね。スピーチはわたしもご一緒に内容を考えますが、問題はダンスです。殿下、ダンスのご経験は?」


「……あ、ありません」


 マルヴィナは、舞踏会も行われるようなパーティーには出席したことがない。必要性がないからか、ドゥーガルドもダンスを学ばせようとはしなかったし、マルヴィナも習いたいとは思わなかった。

 当然というか、男ばかりのラトーンには、ダンスの授業などあるはずもない。


 ユリーズは静かに言った。


「まあ、よろしいでしょう。聞くところによりますと、殿下の運動神経は悪くはないそうですし、一週間もあれば、踊れるようになられるでしょう。そのためには特訓が必要です。今から殿下をお借り致しますよ、陛下、それに、シーダー」


「……ま、まあ、そういうことなら仕方あるまい」


 クレメントは、やや動揺しつつ頷き、ドゥーガルドは悲しげな瞳でマルヴィナを見た。


「すまないな、マルヴィ。こんなことになるなら、ダンスくらい習わせておけば良かった。宰相閣下の言う通りにするんだぞ。そうすれば、必ず踊れるようになるから……」


(え? え!? わたし、一体、どうなっちゃうの!?)


 混乱するマルヴィナだったが、他にどうしようもなく、ユリーズのあとをすごすごとついていき、ダンスの教師に引き渡された。


 ドゥーガルドやクレメントの態度から想像がついたが、ダンスの特訓はとにかくハードだった。朝から晩まで、休憩を挟みつつ、みっちりしごかれる。


 一見、優雅に見えるダンスが、こんなに大変なものだとは知らなかった。しかも、ダンスの前後に、スピーチの作成と練習、さらに礼儀作法のおさらいまである。


 ユリーズは時折、マルヴィナのダンスの習熟度を確認しに現れた。表情から感情が読み取れないところが、相変わらず怖い。双子の前でもユリーズはこんな感じなのだろうか。


 フィラスが帰るのを嫌がっていたから、そうなのだろうな……と、マルヴィナは双子に心から同情した。家の中にこんな人が座っていたら、気まずすぎる。


 それでも、ラトーンで勉強にゲームズにと頑張ってきたせいか、体力だけは身に着いていて、一日一日を何とか過ごすことはできた。


(王族って、大変だわ……)


 今日もお披露目パーティーの準備をこなしながら、心中でそう呟くマルヴィナであった。

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