三十一 ダンスの特訓
王都ターリスからマルヴィナを迎えに現れたのは、王家の紋章である天馬が描かれた、四頭立ての豪奢な馬車だった。
帰るだけにしてはちょっと豪華すぎないか、と思ったマルヴィナだが、従僕から渡された手紙を読んで、納得した。
手紙は、ユリーズからのものだった。
『女公殿下がターリスに戻られたということを、国民に印象づけて下さい。
具体的には、沿道の国民に、笑顔で手を振っていただければ結構。
お帰りになりましたら、殿下のお披露目パーティーを催すことになっておりますので、そのおつもりでおいで下さい』
(お披露目パーティー!?)
マルヴィナは戦慄した。生まれてこの方、パーティーには良い思い出がほとんどないのだ。唯一の例外といえば、初恋の君に優しくしてもらったことくらいか。
そういえば、あの時、彼は戴冠式のあとの饗応には参加していなかった。多分、自分と会ったあとで、帰ってしまったのだろうけど、何のためにあの場にいたのだろう。
本人に直接訊ければ良いのだが……。
(フィラスには訊けなかったけど、セオンになら……)
うん、そうだ。セオンは帰省すると言っていたし、おそらく、パーティーにも出席するだろう。その時に訊いてしまえば良いのだ。
戴冠式の時、わたしと会ったことがない? ――と。
決意も新たに、マルヴィナはラティーシャとリオとともに、馬車に乗り込んだ。
音楽室で、フィラスに同じ質問をするのに恐怖さえ感じてしまった理由は、未だによく分からない。
あれから、いつも通り会話はしているし、フィラスのことは友人だと思っているけれど、正直、彼が帰省しないことに安心している自分がいるのも確かだ。
(わたし、一体、どうしちゃったんだろう。フィラスは何も悪いことをしていないのに)
窓の外を眺めながら、マルヴィナは物思いにふけった。
窓外の風景は移り変わり、エーレの街を出、途中、いくつもの村を通った。マルヴィナはユリーズの指示通り、馬車を見つめる人々に向けて、笑顔で手を振り続けた。
初めは手応えを感じられなかったが、ターリスに入ると、沿道に人々が列を作って歓呼の声で出迎えてくれた。レオニス女公が帰ってくるという噂が、街中に知れ渡っているらしい。
自分はそんなに有名人だったのか、とマルヴィナは群衆を見て、唖然とした。もっとも、顔には笑みを張りつかせたままである。
やがて、馬車は貴族の邸宅が並ぶ街に入り、王宮の門を潜ると、大扉の前で止まった。従僕が馬車の扉を開ける。彼に手を取られ、マルヴィナは地面に降り立った。
約三か月ぶりに、王宮に帰ってきた。マルヴィナの胸に奇妙な感慨が去来する。王宮で過ごした期間は短かったけれど、ここはマルヴィナにとって、帰る場所になりつつあるらしい。
ここでも庭の一角を借りて、香草を育ててみようかな、と思いつつ、マルヴィナは門番たちによって開け放たれた大扉の中に入った。
王宮内に入ってすぐ、マルヴィナは女官長によって出迎えられ、居間に通された。ラティーシャとリオとは、部屋の前で別れる。中で待っていたのは、叔父ドゥーガルドと国王クレメントだ。
「マルヴィナ、よく帰った」
クレメントは立ち上がると、両手を広げた。ハグをして欲しいということだろうか。
マルヴィナがクレメントに向けて歩き始めると、ドゥーガルドが立ち塞がった。
「陛下、わたしが先です」
(叔父さまったら、子どもっぽい)
マルヴィナは苦笑すると、ドゥーガルドに抱きついて、頬にキスをした。そのあとで、クレメントにも同じようにする。二人とも、マルヴィナの背をぽんぽんと優しく叩き、再会を喜んでくれた。
ソファーに座って、マルヴィナはラトーンでのことを二人に話した。卒業生であるドゥーガルドもクレメントも、現在のラトーンに興味があるようで、話を熱心に聴いてくれた。
「それで、セオンとフィラスが……」
マルヴィナの話の最中に、唐突にノックの音がした。
「入れ」
クレメントが許可を出すと、扉が開く。入室してきたのは、宰相ユリーズだった。
「お話し中、失礼致します、陛下」
「ああ、アスフォデル。ちょうど、そなたの子息たちの話をしていたところだ。そなたも加わるか?」
クレメントの誘いに、ユリーズは首を横に振って答える。
「せっかくですが。わたしは、女公殿下にお話があるゆえ、参ったのです」
「え、わたしに?」
マルヴィナが思わず反応すると、ユリーズの目がきらりと光った。
「さようです。殿下、わたしの手紙はお読みになりましたね?」
「はい。王宮までの道のりでは、閣下のおっしゃる通りにしたつもりですが……あ、もしかして、お披露目パーティーのことですか?」
「はい。パーティーは一週間後には開かれますゆえ、準備をしていただきたいのです」
「準備、とおっしゃいますと?」
「具体的には、スピーチとダンスですね。スピーチはわたしもご一緒に内容を考えますが、問題はダンスです。殿下、ダンスのご経験は?」
「……あ、ありません」
マルヴィナは、舞踏会も行われるようなパーティーには出席したことがない。必要性がないからか、ドゥーガルドもダンスを学ばせようとはしなかったし、マルヴィナも習いたいとは思わなかった。
当然というか、男ばかりのラトーンには、ダンスの授業などあるはずもない。
ユリーズは静かに言った。
「まあ、よろしいでしょう。聞くところによりますと、殿下の運動神経は悪くはないそうですし、一週間もあれば、踊れるようになられるでしょう。そのためには特訓が必要です。今から殿下をお借り致しますよ、陛下、それに、シーダー」
「……ま、まあ、そういうことなら仕方あるまい」
クレメントは、やや動揺しつつ頷き、ドゥーガルドは悲しげな瞳でマルヴィナを見た。
「すまないな、マルヴィ。こんなことになるなら、ダンスくらい習わせておけば良かった。宰相閣下の言う通りにするんだぞ。そうすれば、必ず踊れるようになるから……」
(え? え!? わたし、一体、どうなっちゃうの!?)
混乱するマルヴィナだったが、他にどうしようもなく、ユリーズのあとをすごすごとついていき、ダンスの教師に引き渡された。
ドゥーガルドやクレメントの態度から想像がついたが、ダンスの特訓はとにかくハードだった。朝から晩まで、休憩を挟みつつ、みっちりしごかれる。
一見、優雅に見えるダンスが、こんなに大変なものだとは知らなかった。しかも、ダンスの前後に、スピーチの作成と練習、さらに礼儀作法のおさらいまである。
ユリーズは時折、マルヴィナのダンスの習熟度を確認しに現れた。表情から感情が読み取れないところが、相変わらず怖い。双子の前でもユリーズはこんな感じなのだろうか。
フィラスが帰るのを嫌がっていたから、そうなのだろうな……と、マルヴィナは双子に心から同情した。家の中にこんな人が座っていたら、気まずすぎる。
それでも、ラトーンで勉強にゲームズにと頑張ってきたせいか、体力だけは身に着いていて、一日一日を何とか過ごすことはできた。
(王族って、大変だわ……)
今日もお披露目パーティーの準備をこなしながら、心中でそう呟くマルヴィナであった。




