表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未来の女王陛下、初恋の君と再会する  作者: 畑中希月
第五章 初恋の君

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
31/52

三十 帰省の承諾

 一学期最後の日曜日。今日は友人たちとは礼拝と食事の時に話をしただけで、フィラスは部屋で一人、読書をしていた。今日中に読み終えてしまいたい本があったのだ。


 それは、マルヴィナが貸してくれた本だった。フィラスは自分でも知らぬ間に、顔をほころばせた。


 彼女は冒険小説が好きらしい。好きな本の話をした翌日、「わたしの愛読書なの」と本を差し出してきた時のマルヴィナの表情を、フィラスはありありと思い出せた。


 早く感想を教えてあげたい。フィラスはページをめくる手を早めた。

 その時、静かな部屋に、扉をノックする音が響いた。

 日曜日に、わざわざ自分の部屋を訪れる者。何人かの顔が頭に浮かぶ。

 今一番きて欲しくない人物を思い浮かべたあとで、フィラスは手を止めた。


「どうぞ」


「フィラス、邪魔するよ」


 扉を開け、部屋に入ってきたのは、まさに、今一番会いたくない人物――兄のセオンだった。嫌な予感は当たるものである。


「何のご用でしょうか、兄上」


 兄の要件が大体分かった上で、しらばっくれるようにフィラスは尋ねた。

 セオンはにっこりと笑う。


「父上から手紙が届いた」


「帰って下さい」


 即座にフィラスが告げると、セオンは心外だとでも言うような表情をした。


「まだ、内容も言っていないじゃないか」


「聞かなくても分かります。どうせ、俺も一緒に帰ってこいというお達しでしょう」


「その通りだ。なあ、フィラス、一緒に帰ろう。お前が一緒でないと、父上にお小言を言われる上に、冷ややかな視線のおまけがついてくるんだぞ」


「いつも冷ややかでしょうが、あの人は!」


「そんなことはない。父上にだって、機嫌のいい時はある」


「例えば?」


 フィラスが問い詰めると、セオンは目を泳がせた。


 ちなみに、手紙がセオン宛てに届くのは、フィラスが父に手紙を一切、送っていないからだ。日曜日の手紙を書く時間、フィラスは乳母をはじめとした使用人たちに宛てて、手紙を書いている。


 それはともかく、兄が必死になる気持ちも、分からないでもない。

 宰相秘書官を目指す兄にとっては、父ユリーズの命令は将来を左右する至上命題なのだ。もし、父に「使えない奴」と認定されでもしたら、秘書官どころか、官僚への道すら固く閉ざされてしまうだろう。


 フィラスは、ふと妙案を思いついた。


「兄上は、いっそ、国王秘書官を目指されてはいかがです? 国王陛下なら、父上と違ってお優しいですし、頭ごなしに命令もなさいません」


 セオンは渋い顔をした。


「嫌だよ。父上の下で働くのは、わたしの子どもの頃からの夢だからな。父上の政治的手腕を間近で見て勉強できるんだ。素晴らしいじゃないか。国王秘書官を目指すのは、そのあとでも遅くはない」


「そうですか。俺は別に、父上の政治的手腕が優れているとは思いませんが」


 フィラスが皮肉を込めて言い放つと、セオンは眉をひそめた。


「フィラス、お前、まだ……。あの事件は、父上こそが被害者だと、何度も言っているだろう」


「一番の被害者は、母上ですよ」


 フィラスは断言した。自分と兄の、父への認識は違い過ぎる。これ以上話を続けても、水掛け論になるだけだ。


 セオンは仕方なさそうに、手紙を差し出した。


「お前の気持ちはよく分かった。せめて、手紙の内容を読み上げさせてくれないか」


 少しやり込めすぎたかもしれない。兄が何となくかわいそうになり、フィラスは譲歩することにした。


「まあ、それくらいなら……」


「そうか。ありがとう、フィラス。じゃあ、読むぞ。

『セオンへ。

 充実した学校生活を送っているようで、大変結構。

 さて、さっそくだが、本題に入ろう。冬期休暇にレオニス女公殿下が王都にお帰りあそばすにあたり、王宮では、殿下のお披露目パーティーを、大々的に催すことになった。

 ついては、フィラスも連れて、必ずパーティーに出席するように。間違っても風邪など引かず、屋敷に戻ってこい。

 ユリーズ・アスフォデル』」


(女公殿下の、お披露目パーティー、だと?)


 思わず、フィラスは反応した。表情を少し変えただけだが、生まれる前から一緒にいる兄は、その変化を目ざとく見つけたようだ。

 自分と同じ顔ににこやかな笑みを浮かべながら、セオンは言った。


「楽しみだなあ、フィラス。女公殿下はきっと、大層美しい装いでお見えになるに違いない。一目、見てみたくはないか?」


「別に見てみたいとは思いませんね。俺は王宮のパーティー会場など、訪れたくもないですし」


「そうか? だが、パーティーに招かれる男は、みんな殿下に心奪われてしまうかもしれないなあ。お前はそんな大事な時に、シュツェルツ殿下と二人寂しくお茶会でもするつもりか?」


(くっ……)


 兄の精神攻撃に歯噛みしそうになりながらも、フィラスは毅然とした態度を貫くことにした。


「その手には乗りませんよ。大体、女公殿下は、付き合って欲しいという誘いを、全て断っているそうではないですか」


 告白した末、玉砕して、自分の何が悪かったのだろうと落ち込む生徒の相談にも、フィラスは乗ってきたのだ。

 セオンは余裕ありげな表情を崩さない。


「それは、ラトーンでの話だろう。パーティーには、卒業生も、ラトーン以外の生徒も大勢出席するはずだ。もし、彼らが女公殿下のおめがねに適ったら、どうするつもりだ?」


「別に構いませんよ」と口に出そうとして、それができない自分に気づき、フィラスは舌打ちしたくなった。代わりに悔し紛れの言葉を口にする。


「仮に俺が出席したからといって、殿下が別の誰かに心惹かれない保証は、どこにもないでしょうが」


「大丈夫だ。わたしがちゃんとアドバイスをするから。大体、お前のほうが殿下と毎日顔を合わせている分、数段有利なんだぞ」


「兄上、俺は別に、殿下とどうにかなりたいと思っているわけでは……」


「自分の気持ちには、素直になったほうがいいぞ、フィラス。どうせ誰かが、将来は殿下の夫君になるんだ。それがお前で、なぜいけない?」


「全く兄上は……。年々、父上に似てきていませんか? そもそも、殿下のご意思というものがあるでしょう。それを無視して、勝手に話を進めないで下さい」


 ふう、とセオンはため息をつく。


「やれやれ……我が弟は、どうにも積極性に欠けるようだ。そこまで言うのなら――そうだ! 父上に頼んで、お前の代わりにシュツェルツ殿下をパーティーにお招きしよう」


 シュツェルツの名を出され、フィラスの胸はざわついたが、表面上は冷静を装った。


「馬鹿なことを。そんなことできるわけないでしょう」


「いいや、できる。国賓としてお呼びすればいいんだからな。女公殿下とシュツェルツ殿下がともに踊られる様は、さぞ見応えがあるだろうなあ」


 兄が、「ああ、楽しみだ」と言い終わらないうちに、フィラスは声を荒げていた。


「分かりました。帰りますよ。帰ればいいんでしょう!」


 自分でも不思議なのだが、シュツェルツがマルヴィナと踊ることを想像するだけで、胸がつかえたような気分になったのだ。


 おかしい。シュツェルツがマルヴィナに好意を持っているのは、ほぼ確実だろうが、それが自分に、どんな関係があると言うのだ。


 大体、マルヴィナは、分かりやすいシュツェルツの気持ちにすら、気づいていないようなのだ。それほど鈍感な彼女が、ともに踊ったからといって、シュツェルツになびくとも思えない。


 不可思議な気持ちの正体をじっくり考える暇も与えず、セオンが嬉しそうに言った。


「前言撤回はなしだぞ、フィラス。期日までに、帰るための準備を、きちんとしておけよ」


 用はすんだとばかりに、セオンは部屋を出ていく。自分と違う外見的特徴は、つむじの位置と身長だけという双子の兄の後ろ姿を、フィラスは忌々しい気持ちで見つめたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ