二十三 レオニス女公のお茶会
お茶会当日。招待客として現れたのは、ラティーシャもおなじみの、セオン・アスフォデルとフィラス・アスフォデル、マレの第二王子シュツェルツ、それに、他の三人と比べると、いまいち地味さが拭えない褐色の髪の十七、八歳の少年が一人だった。
事前に聞いていたが、どうやら彼が双子の幼なじみのイーニアス・スピリアンらしい。侯爵家の嫡男だということだ。
マルヴィナは主催者として、四人に挨拶をし、ソファーに座ってもらった。ラティーシャは五人にお茶を淹れ、お茶請けに自分で焼いたアップルパイを出した。この離れには、キッチンもついているのである。
ちなみにマルヴィナを含めた四人には、王宮から送ってもらった最高級の紅茶を出したが、シュツェルツだけは香草茶である。
なんでも、故国から取り寄せた香草茶を切らしてしまったシュツェルツが、「紅茶紅茶紅茶! どうして、シーラム人は朝から晩まで紅茶を飲むのさ! 僕、いい加減、マレの香草茶が飲みたい!」と、軽く癇癪を起していたので、マルヴィナが領地で育てていた香草を送ってもらったのだ。
紅茶は香草茶より遥かに高価な飲み物で、上流階級しか手に入れることができない。だが、たとえ王族といえど、飲み慣れたもののほうが口に合うらしい。
おかげで、シュツェルツはご満悦だ。
「この香り、カモミールティー? ありがとう、マルヴィ。生き返るよ」
「喜んでくれて嬉しいわ、ルズ。そのカモミール、マレのものではなくて悪いけど、領地でわたしが育てていたものなのよ」
「え、本当? 嬉しいなあ」
その様子を見て。ラティーシャはほくそ笑む。
(お嬢さまは、本当にお優しい……)
紅茶の香りを味わっていたセオンが、マルヴィナに顔を向ける。
「この紅茶も、果実に似たよい香りがしますね。実家にいた時に飲んだことがあります」
「俺は飲んだことがないな。もしかして、この紅茶、王宮から取り寄せて下さったものですか?」
そう質問したのは、スピリアンだ。一見、地味に見えて、この男、かなり明敏らしい。
マルヴィナが笑顔で答える。
「ええ、実はそうなの。良質な紅茶といえば、やっぱり王宮かなと思って」
「さすがですね、女公殿下。こういうものは伝手がないと飲めませんから。素晴らしい経験ができました」
スピリアンは、さりげなくマルヴィナを持ち上げる。地味なくせにそつがない。
一方、未だに発言のないフィラスは、リオを膝の上に乗せて、いつもの気難しさはどこへやら、頬を緩ませている。
そうか、リオが目当てでここにきたのか……と、お茶会の準備を手伝い、お菓子を焼いたラティーシャは残念な気分になる。
ただ、ここまで短期間でリオを手懐けたのは、今まではマルヴィナだけだったことを思うと、感心もしてしまう。フィラスは一日おきにマルヴィナの送迎にくるたびに、リオと接して、少しずつ慣れさせたのだ。
でも、頼むからリオには、そのアップルパイを上げないで欲しい。動物の身体には悪いから。
リオがテーブルに前足を乗せ、アップルパイの匂いを嗅ごうとした。即座に、フィラスが止める。
「リオ、それは食べてはだめだよ。お前の身体には毒だからね」
フィラスは動物のことをよく分かっているらしい。それよりも、口調がいつもと違い過ぎて、若干気持ち悪い。
「フィラス、カゼヨミイヌに構うのもいいが、そろそろお茶をいただけよ。そうしないと、俺たちがパイを食べられない」
スピリアンがフィラスをたしなめる。気の置けない感じが、いかにも幼なじみだ。
「……分かった」
フィラスは仕方なさそうに、紅茶を一口飲んだ。
「おいしいですね」
フィラスがマルヴィナに向けて個性のない感想を述べた直後、セオンとスピリアンのまとう雰囲気が変わった。鋭い視線をアップルパイに向けると、フォークでパイを崩し、素早く口に運ぶ。
「うまい」
同時にそう漏らすと、二人はあっという間にパイを平らげてしまった。
生徒の食事は、ラティーシャが普段食べている使用人用のものより、量がずいぶん少ないことはマルヴィナから聞いているが、ここまで彼らに飢餓感を抱かせていたとは。そのわりには、フィラスとシュツェルツはのんびりとパイを口に運んでいる。食に対する執着の違いか。
マルヴィナも上品さを装いつつ、パイを平らげている。お嬢さま、申し訳ありません。パイは五等分に切り分けたので、お代わりはないのです。
(でも、これで良かったかも。もしパイが余っていたら、戦争が起きるところだったわ)
品の良い彼らが、たかだかアップルパイを巡って争う姿は、できるなら見たくない。……いや、少し見たいかもしれない。
「あー、おいしかったー」
ナプキンで口元を拭いながら、シュツェルツが上機嫌で言った。フィラスも追随する。
「そうですね。焼き立てなのもあって、校内の売店で売っているものよりも、ずっとおいしかったです」
マルヴィナが得意そうに言った。
「みんな、このパイはわたしの侍女のラティーシャが焼いたのよ」
一同の目が、いっせいにラティーシャに集中する。思ってもみなかった注目に、ラティーシャは少しうつむきがちに片膝を折った。
「……みなさまのお口に合ったようで、光栄です」
「女公殿下はお幸せですね。こんなに料理の上手い侍女を、お持ちでいらっしゃるなんて」
セオンがにこやかにそう評した。マルヴィナやドゥーガルド以外に褒められることはあまりないので、何だかくすぐったい気持ちだ。
「ありがとう」
マルヴィナは自分のことのように嬉しそうな顔をしたあとで、真顔になる。
「ねえ、みんな。わたし、ひと月に一度くらい、仲良くなりたい生徒とか、よく頑張っているな、って生徒を呼んで、お茶会を開こうと考えているのだけど、どう思う?」
「きっと上手くいくと思いますよ。女公殿下のお茶会に呼ばれるのは、名誉なことですし。ただ、その際は、是非わたしを呼んでいただきたいと思いますが」
スピリアンが言うと、セオンがいたずらっぽく片眉を吊り上げて笑う。
「抜け駆けするつもりか? どうせ、ラティーシャの作ったお菓子目当てだろう」
セオンの口から自分の名が出て、ラティーシャは少しどきりとした。
(いけないいけない。わたしにはドゥーガルドさまという方がおいでなのだから。……片想いだけど)
一同はそれからもパイの話で盛り上がっていたが、やがてお茶会はお開きとなった。招待客が帰ったあと、ラティーシャは片づけを始めた。
「わたしも手伝うわ、ラティーシャ」
マルヴィナはそう告げると、皿を手に取る。ラティーシャは慌てた。
「そういうわけには参りません。わたしが片づけます」
「いいえ、このお茶会は、あなたと二人で用意したものだもの。わたしに最後まで関わらせて」
マルヴィナに笑顔でそう言われてしまえば、ラティーシャには断る術がない。
(お嬢さまは、ラトーンにおいでになって、少し変わられた気がする……)
元から、ラティーシャをはじめとした使用人たちに心を配ってくれる令嬢だったが、よりそれが顕著になった。それに、自分から進んで何かをすることが、入学前より増えた。同じ年頃の少年たちと接し、何人も友人ができたせいだろうか。
マルヴィナの変化を少し寂しく思う気持ちもある。けれど、喜ぶ気持ちのほうが格段に大きい。
やっぱり、お嬢さまは素晴らしいお方だ。ラティーシャは、マルヴィナに負けない笑顔でこう返した。
「かしこまりました。では、まずお皿を片づけてしまいましょう」




