十六 一日を終えて
午後の八時半。夕食を終えたマルヴィナは、セオンとフィラスにつき添われ、離れに戻ってきた。もう九月だから、既に日は暮れている。実はシュツェルツもついてきたそうにしていたが、フィラスが「これは、我々の仕事なので」と言って阻止したのだ。
マルヴィナとしては、シュツェルツがついてきても一向に構わない。だが、仲の悪いフィラスとシュツェルツを一緒にしたら、セオンに迷惑がかかるし、自分もはらはらしてしまうだろう。
離れの前で、マルヴィナは告げる。
「二人ともありがとう。また明日ね」
「はい。また明日お迎えに上がります。おやすみなさいませ、殿下」
セオンがにこやかに応じると、フィラスがぶっきらぼうに言う。
「……では、また」
マルヴィナは双子の背中を見送った。ノッカーを叩くと、ラティーシャが出迎えてくれる。
「ただいま!」
マルヴィナと目が合うと、ソファーに座っていたドゥーガルドがほほえんだ。
「お帰り、マルヴィ。学校はどうだった?」
「聞いて下さい、叔父さま。わたし、さっそくお友達ができました」
「へえ、どんな子だい?」
「マレの王子殿下です。かなり変わっているけれど、いい子です」
マルヴィナが胸を張って答えると、ドゥーガルドとラティーシャは、無言で顔を見合わせた。そのあとで、ドゥーガルドは笑い出す。
「……まあ、リオを手懐けた時もそうだったが、マルヴィらしいといえば、らしいか。宰相閣下から何か言われているかもしれないが、そんなことは関係なく、友達は大切にするんだぞ」
「はい、もちろん」
足元に駆け寄ってきたリオを両の掌に乗せながら、マルヴィナは答えた。
ドゥーガルドが立ち上がる。
「ところで、俺はこれから、校長の屋敷で休ませてもらう。朝にはここを立つ予定だから、授業のあるお前とは、すれ違いになってしまうね」
「叔父さま……」
ドゥガールドと離れるのは、何度も経験したことだ。だが、それに慣れることは今までもなかったし、これから先もないだろう。
マルヴィナがじっとドゥーガルドを見つめていると、叔父は笑って見せたあとで、真剣な表情になった。
「元気でな、マルヴィ。お前はまじめだけど、頑張るあまり、無理はするんじゃないぞ。それと、日曜日に家族に手紙を書く時間があるはずだから、俺と陛下に、ちゃんと手紙を書いて、近況を報告するように。それと……」
別れ際に口うるさくなるのは、ドゥーガルドの癖だ。それを悪いことだと思っていないマルヴィナは、「はいはい」と苦笑して頷きながら、叔父の言葉を聞いた。
「じゃあな、マルヴィ」
「叔父さま、お元気で。冬休みには王都に帰ります」
暗闇に消えるドゥーガルドに手を振り、マルヴィナはしばしの別れを告げた。そのあとで、歯を磨き、寝間着に着替えると、ラティーシャとアレクシスたち護衛に就寝前の挨拶をして、リオとともに部屋に入った。
「はあー、疲れたー」
リオを下ろして、簡素なベッドにもぐりこんだマルヴィナは、思わずそう口にしていた。今日は授業は受けなかったけれど、初対面の人たちとたくさん会って、気疲れしたというのもあるだろう。
リオが毛布の中に潜り込んでくる。リオの身体を撫でながら、マルヴィナは今日あった出来事を思い返す。
初恋の君とおぼしきセオンとフィラスに会ったこと、シュツェルツと友達になったこと。
彼らと出会い、全校生徒の前で挨拶をしたことで、今まで薄ぼんやりとしていたレオニス女公としての自覚が、ずいぶん促されたような気がする。これが、ユリーズの言っていた、帝王学の効能だろうか。
(どうせなるなら、いい女王になりたいな……)
そう思ったあとで、マルヴィナは考え込む。良い女王とは、どんなものだろう。
王国を繁栄に導き、全ての民に安寧を与える。
そのためには周辺国との関係に心を砕きながら、外敵の侵入を防ぐ必要がある。統治に気を配り、内乱も防がなければならない。産業を促進させ、聖職者たちとの関係にも気を遣わねば。
領地ひとつを治めるだけでも大変なのに、本当にそんな遠大なことが、自分に可能なのだろうか。
でも、目指さなければならない。自分が選んだのは、そういう道だ。この学院で過ごす三年に満たない月日の間に、少しでも多くのことを吸収して、理想の女王に近づきたい。
そのための第一歩は、「大逆犯の孫」という意識から自由になることだ。
シュツェルツは第二王子だというけれど、将来はどんな人になりたいのだろう。一度、彼とそういう話もしてみたい。
マルヴィナは、リオを押し潰してしまわぬように気をつけながら、寝返りを打つ。
思考が最後に辿りつくのは、双子のどちらが、七年前に優しくしてくれた少年だったのか、ということだ。
にこやかで親切なセオンと、不愛想で事務的なフィラス。多分、セオンではないかと思う一方で、フィラスかもしれない、と心のどこかで思う。ユリーズに似ているフィラスは、初恋の君とはあまりにも印象がかけ離れていて、そう思う自分はおかしいのかもしれないけれど。
まだ、一日しか、ともに過ごしていないのだ。自分が知らない彼らの表情が、もっとあるのだろう。
(そのためには、情報収集ね)
明日、シュツェルツに訊いてみよう。彼は頭が良いから、きっと耳寄りな情報を教えてくれるはずだ。
その際に、七年前のことを話す必要があるかもしれない。少し恥ずかしい……。
そこまで考えたところで、意識は途切れていき、マルヴィナは眠りに落ちた。




