十五 友達
集会が終わると、馬上槍試合の時間になった。生徒たちは革など軽めの素材で作った鎧に着替えて、木製の武器を持って競技場に集結した。
本来、馬上槍試合は、甲冑を着込み、先端を鈍らせた武器で行うらしいが、まだ身体の育っていない生徒もいることや、大怪我をする危険性を考えると、この装備が妥当だろう。
それに、成長期の少年たちのために、いちいち特注の甲冑を作っていたら、莫大な手間と費用がかかってしまう。
マルヴィナは、見学ということでベンチに座る。
試合は、団体戦が行われた。二手に分かれて馬に乗り、槍を構えて突撃し合う。落馬したら退場し、残った者は馬首を返して再び突撃する。
セオンとフィラスは最後まで残っていた。ちなみにシュツェルツは、初戦で落馬した。あまり運動神経が良いほうではないらしい。単に、運が悪かっただけかもしれないが。
本来なら、残った人数が多いか少ないかで勝敗を決めるところだが、双方とも同人数が残っていた。最後まで落馬しなかった数人で、乱戦が行われる。
セオンとフィラスが最後まで勝ち残り、一騎打ちになる。武器を持ち替えて、木製の剣で何合も打ち合い、最終的にフィラスがセオンの喉元に刃を突きつけて終わった。
落馬して、観客に回っていた生徒たちの歓声がすごい。さっきの大講堂での拍手よりも、熱心なんじゃあるまいか。マルヴィナは少し複雑な気分になった。
それは置いておくとして、セオンもフィラスも文句のつけようがなくかっこよかった。ゲームズの成績だけが全てではないにしろ、彼らが監督生になったのも頷ける。
もし、この学院にマルヴィナ以外の女生徒がいたら、彼らの人気は大変なことになっていただろう。
馬上槍試合のあとは、双子に導かれるまま、学級ごとに分かれてプルクーラ語の自習をした。セオンによると、この時間に何をするかは、日によって違うらしい。
そのあとは待ちに待った自由時間だ。シュツェルツが、昼食後に何かを言いたそうにしていたので、ひょっこり現れるかな、と思っていたけれど、姿は見えなかった。お供と話しにいっているのかもしれない。
セオンとフィラスはちょっと用事があるとかで、二人してどこかにいってしまった。手持ちぶさたになったマルヴィナは、学院に早く慣れるためにも、敷地内を散歩することにした。
リオを連れ出すことができれば、喜んで跳ね回るだろう。でも、ここで飼うことも、宰相閣下に黙認してもらっているだけだから無理かな。そんなことを考えていると、声が聞こえてきた。
「大体さ、おかしいんだよ。いくら子どもがいないからって、大逆犯の孫を王位継承者に立てるだなんて」
自分のことを話している。マルヴィナは足を止めた。この先を聞いていても、何も良いことはないと頭では分かっていたが、身体が動かなかった。
声のしたほうを見ると、二人の生徒が中庭で話している。
「いや、でも、あの王女さま、可愛いじゃない。挨拶もきちんとしていたし――」
「顔だけじゃ、王位には即けないんだよ! あの挨拶だって、セオンとフィラスの入れ知恵に決まってるだろ。俺は認めないぞ。あんなの栄光あるレオニス公じゃない」
「それ、全部お父君の受け売りだろ」
「うるさいな!」
そこまで聞いた時、やっと身体が動き、彼らとは反対方向に、マルヴィナは駆け出していた。
グラウンドからは、ゲームズに興じる生徒たちの声が聞こえてくる。
気づくと、マルヴィナは学院寮の傍まできていた。乱れた息を整えていると、涙がこぼれた。
(……泣いちゃダメよ。分かっていたじゃない。ああいうことを言われる可能性があることくらい)
そう自分を叱咤してみたものの、涙はなかなか止まらなかった。
受け入れられた、と勝手に思っていた。だが、あの時、拍手に加わらなかった、或いは心の中ではマルヴィナを苦々しく思っていた人たちも、確かにいたのだ。
目元をごしごしこすっていると、声をかけられた。
「マルヴィナ?」
顔を上げると、自分と同じくらいの背丈のシュツェルツの姿が、そこにあった。
マルヴィナの顔を見て、シュツェルツの描いたような眉がつり上がる。
「どうしたの? 誰かに何か言われたの?」
「う、ううん。大丈夫」
「大丈夫なわけないよ。だって、何もなかったら、泣くわけないでしょう」
優しい声でそう言われたら、ますます涙が溢れてきた。
シュツェルツに促され、マルヴィナは寮から少し離れた楡の大樹の下に、彼と並んで座った。
シュツェルツがハンカチを渡してくれたので、マルヴィナは涙を拭う。
「――わたしね、大逆犯の孫なの。だから、大講堂での挨拶でも言ったけど、ずっと貴族社会から距離を取っていたわ。でも、国王陛下がわたしを王位継承者にと望まれて、わたしもそれがシーラムにとって最善の選択だと思ったから、レオニス女公になって、ここにきたの」
「うん」
「けれど、さっき、それを否定されるような話を聞いてしまって――わたし、一生、大逆犯の孫って言われ続けるのかな……」
マルヴィナが膝の上に顎を乗せると、シュツェルツは、しばらく間を置いてから言った。
「子ども社会は、大人社会の縮図だって、僕の侍医は言ってた。そういう陰口を叩く大人がいる以上、その子どもがそれを真似するのは、仕方のないことなのかもしれないね」
マルヴィナは目をしばたたいた。シュツェルツには、先程聞いた陰口を事細かに話したわけではない。それなのに、どうしてそこまで分かってしまうのだろう。
「でも、そいつらは全然君のことを分かっていないから、そう言うのさ。だから、気にすることなんてないよ」
そう言って、シュツェルツはにっこりと笑った。出会ってから数時間しかたっていないのは、彼もマルヴィナと同じはずだが、妙に説得力のある言葉だった。
「そうかしら」
マルヴィナが問うと、シュツェルツは自信ありげに答えた。
「そうだよ。ねえ、マルヴィナ。僕たち、友達になろうよ」
「え?」
隣国の王子と自分が友達になる。思ってもみなかったことを提案されて、マルヴィナはびっくりした。
シュツェルツは、まっすぐにこちらを見て続ける。
「僕、血筋だけはいいから、一緒にいれば、マルヴィナに箔がつくと思うんだ。だって、王朝の直系で、祖母がシーラムの王女、それに、母はイペルセの王女だもの。血筋だけなら、この学院の誰にも負けないと思う」
シュツェルツは、ラトーン内部の政治的なことまで考えて、友達になってくれると言うのだ。つまり、ラトーン内でのマルヴィナの立場を強化するために。
「血筋だけはいい」と彼は言ったけれど、とんでもない。今年で十四歳の少年としては、とんでもなく優れた政治的センスの持ち主だ。
「まあ、僕、生徒たちにあまり好かれていないから、マルヴィナにまでとばっちりがいくかもしれないけど、そこは勘弁してね」
そう言って笑うシュツェルツを、マルヴィナもまっすぐに見返した。
「どうして、わたしにそこまでしてくれるの?」
シュツェルツは薄く紅の差した頬を、人差し指で掻いた。
「君が親戚だから、ってことだけじゃダメかな? それに、マルヴィナって、すっごく可愛いし。だから、君に、僕の最初の友達になって欲しいんだ。……あとは、そうだなあ。僕の母に、名前が少し似ているから?」
「お母君は、何ておっしゃるの?」
「マルガレーテ。……あ、シーラムでは、マーガレットって発音するから、よく考えなくても全然違うか」
そう答えたあとで、シュツェルツは目を伏せた。間近で見ると、睫毛がとても長い。心なしか、国王クレメントに似ているような気がする。今日まで会ったこともなかった少年との血の繋がりを、マルヴィナは実感した。
シュツェルツが、こちらに瞳を向けた。
「名前といえば、マルヴィナは愛称ってあるの?」
「あるわよ。叔父は、マルヴィって呼ぶの」
「へえ、マルヴィかあ。可愛らしいね」
「シュツェルツの愛称は?」
「僕、そういうのはないんだ。あんなに長い名前が、ごてごてとあるのにね」
シュツェルツは笑ったが、何だか力のない笑みだった。考えるより先に、マルヴィナは口にしていた。
「じゃあ、わたしがあなたの愛称をつけてあげる」
「……え?」
シュツェルツは目を丸くしている。
「そうねえ、シュツェルツ・アルベルト・イグナーツだから……」
しばらく考え込んだ末に、ようやく名案がマルヴィナの頭に舞い降りた。
「ルズ! シュツェルツの語尾を取って、ルズっていうのはどう? シーラム風の発音だけど、呼びやすくていいと思うの」
「ルズ、か……」
シュツェルツは何度か呟いたあとで、気に入ったとでも言うように大きく頷いた。
「分かった。今から、僕のことはルズって呼んでよ、マルヴィ。これで、僕たちの友情は成立だ」
「ええ、よろしくね。ルズ」
二人はほほえみ合った。少し冷たい風が吹き抜け、自由時間の終了を告げる鐘の音が、辺りに響き渡っていた。




