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未来の女王陛下、初恋の君と再会する  作者: 畑中希月
第二章 ラトーン学院
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十四 次期女王のスピーチ

 マルヴィナとシュツェルツ王子は、ふたつ並んで空いている席へと移動した。

 椅子を引く前に、突然、シュツェルツが恭しく名乗る。


「お初にお目にかかります、レオニス女公殿下。わたしはマレ王国の第二王子、メッサナ公シュツェルツ・アルベルト・イグナーツと申します。以後、お見知りおきを――失礼ですが、お手をよろしいですか?」


「え? はい……」


 気圧されたマルヴィナは思わず頷き、マナー通り、彼の前に右手を差し伸べる。シュツェルツは身体を屈めてマルヴィナの手を取り、甲に軽く口づけた。


(ひええー!)


 高貴な女性に対する完璧な礼だが、マルヴィナにとっては初めてのことである。周囲の視線が痛い。

 固まっていたマルヴィナは、しばらくして正気を取り戻すと、片膝を折りスカートの両端を摘まむ。


「……初めまして、シーラム王国の王女、レオニス女公マルヴィナ・クロティルダと申します。殿下は既にわたくしのことをご存知でおいでですのね。大変光栄に存じます」


 自己紹介が終わると、シュツェルツが上座の椅子を引いて、マルヴィナに座るよう促した。


「え? ですが……」


「お気になさらず。この学院の女王はあなたですから。……ところで、この話し方、そろそろやめにしない? 僕、堅苦しいのは苦手なんだ」


 開けっ広げなシュツェルツの物言いに、マルヴィナは笑いを誘われた。


「そうね。わたしたち、せっかく親戚同士なのだし」


「あ、可愛い。笑っていなくても可愛いけど、笑うとさらに可愛くなるね」


 普通だったら口説かれているのかな? と勘違いしてしまいそうなところだ。だが、シュツェルツの中性的な容姿と、マルヴィナと大して変わらない彼の身長も相まって、全くドキドキしない。

 マルヴィナが「そうかしら」と流しつつ、腰かけると、シュツェルツは座りながら、桜色の唇を尖らせた。


「……おかしいなあ。こう言うと、たいていの女官は喜ぶのに」


 この子、国でどんな生活をしていたんだ。マルヴィナはシュツェルツの将来が若干、心配になった。


「それはそうと、シュツェルツ殿下は幾つなの?」


「シュツェルツでいいよ。僕も君のこと、マルヴィナって呼ぶから――歳はね、来月で十四歳だよ。今、三年生なんだ。マルヴィナは十五歳だよね?」


 十三歳とは言わずに、来月で十四歳、と言ってしまうところが、背伸びをしているようでほほえましい。二学年違うけれど、実際はほぼ一歳違いか。


「わたしの歳なんて、よく知っているわね」


 マルヴィナが指摘すると、シュツェルツは得意そうな顔をした。


「だって、君が学院に入学するって聞いてから、必死で情報を集めたもの。僕、楽しみにしていたんだ。マルヴィナは僕の再従姉はとこだっていうし、何より女の子だからね。ほら、ここって男ばっかりでしょ? いい加減、むさ苦しくって」


 周りの少年たちが微妙な表情をしている。賛同したいが、それも悔しいというところか。


「嬉しいわ。そんなに楽しみにしてくれていたなんて」


 マルヴィナがそう応じた時、ちょうど給仕が食事を運んできた。ラトーンでの雑用は、こうした学院に雇われている使用人がするものと、生徒たちが自分たちでするものとに分かれているようだ。


 テーブルの上に並べられた皿の中身を見て、マルヴィナは愕然とした。

 ローストされた少なめの肉。付け合わせの野菜。具の少ないスープ。パンが一切れ。葡萄が数粒。


「え!? これがお昼……?」


 マルヴィナは思わず叫んだ。成長期の子どもたちに、この質素すぎる食事はどうなんだ。食事には期待しないほうがいい、とフィラスが言っていた意味が、ようやく腑に落ちる。


(叔父さまが粗食好きになるわけだわ……)


「そうなんだよねえ。僕も最初は驚いたよ。まあ、きちんと三食出るし、そのうち慣れるよ」


 食にあまり執着がないのか、シュツェルツはあっさりしたものだ。

 ダイエットになると思って、諦めるしかないらしい。もしも発育が悪くなったら、この食事のせいにしようと考えつつ、マルヴィナはお腹いっぱい食べられる休暇を待ち遠しく思った。


 神々に祈りを捧げたあと、食事が始まり――すぐ終わった。

 味は悪くない。というより、かなり美味しい。だが、味の良さが圧倒的に足りない量を補えるかというと、それは、また別の話だ。

 物足りなくてため息をついていると、シュツェルツが声をかけてきた。


「ねえ、マル――」


「女公殿下」


 シュツェルツの声をかき消すように、フィラスがうしろから、静かに呼びかけた。その隣にはセオンもいる。


「昼休みが終わりましたら、大講堂で校長のお話があります。その際、殿下を皆にご紹介なさりたいそうなので、我々とおいで下さい」


「僕のほうが先に、彼女に話しかけたんだけど?」


 シュツェルツが不服そうにフィラスを見上げる。


「それは失礼致しました。ですが、我々は急いでおりますので、またあとにしていただけますか」


 フィラスは慇懃いんぎん無礼に返した。彼には悪いが、その表情と口調は、父親のユリーズそっくりだ。


「それくらいにしておけ、フィラス。シュツェルツ殿下、非礼をお詫び致します。マルヴィナ殿下を、少しの間、お貸しいただけませんか?」


 いつの間に、自分はシュツェルツのものになったんだ、とマルヴィナは思った。が、不機嫌を顔に張りつけていたシュツェルツが、まんざらでもなさそうな顔になったので、突っ込むのはやめにする。自分と宰相の子息が原因で、マレとの国際問題に発展したら大変だ。


 それにしても、犬猿の仲のフィラスとシュツェルツの間に入らなければならない、セオンの苦労が思いやられる。

 シュツェルツは、仕方なさそうに送り出してくれた。


「……分かったよ。じゃあね、マルヴィナ」


「シュツェルツ、またあとでね。それじゃあ、いきましょうか。セオン、フィラス」


     *


「ずいぶん、シュツェルツ殿下に懐かれたようですね」


 食堂から大講堂へ移動する際中、セオンがそんなことを言った。


「え? 殿下はいつもあんな感じじゃないの?」


 フィラスが相手の時は別として、という言葉は呑み込んで、マルヴィナは尋ねた。


「いいえ。本来、シュツェルツ殿下は、他の生徒とは積極的に話そうとはなさらない方です。自由時間になると、単独行動をなさるか、お供の方のお部屋にいってしまわれるか、そのどちらかですね。ですから、正直、驚いております」


「そう、なんだ」


 親戚だから、とか、マルヴィナが女の子だから、とか色々言っていたが、それだけ彼は、自分と会うのを楽しみにしてくれていたのだ。マルヴィナは胸の奥が、じんわり温かくなるのを感じた。


(でも、彼が他の生徒と仲良くしようとしないのは、やっぱり問題な気がする)


 セオンの話に何かつけ加えるでもなく、フィラスはむっつりと黙り込んでいる。

 双子に導かれて大講堂の中に入ると、演壇から、こちらに気づいたカミーリア校長が手招きしてきた。マルヴィナたち三人は演壇に上る。

 カミーリアは、温和な顔で言った。


「話は、もう二人から聞いておいでですかな。実は、殿下をご紹介するだけでなく、皆の前でご挨拶のお言葉をいただきたいのです」


「え!?」


 マルヴィナはびっくり仰天した。自分を除いた全校生徒八十二名及び教師たちの前で、挨拶をする……。緊張に耐えられるだろうか。

 マルヴィナの心を読み取ったかのように、カミーリアは続けた。


「なに、将来即位なされば、もっと大勢の前でお話をするなど、日常茶飯事でしょう。その練習とお思いになってはいかがですかな。かのアン女王も、入学なさった時、それはご立派なご挨拶をなさったという記録が残っております」


「では、国王陛下もご挨拶を?」


 マルヴィナが問うと、カミーリアは頷く。


「そう聞き及んでおります。わたしがラトーンに校長として赴任致しましたのは、その数年後ですので、直接拝見できなかったのが残念ですが」


 どうやら、次期国王の挨拶は、この学院の伝統行事のようなものらしい。ならば、自分だけ辞退するというわけにはいかないだろう。


「……分かりました。挨拶させていただきます」


 マルヴィナはため息をつくように了承した。できれば、もっと早くに言って欲しかったけれど。


 あれやこれやと挨拶の中身を考えていると、「こんなのはいかがでしょう」と、セオンが協力してくれた。セオンは弁が立つらしく、助言も的確だ。お陰で、集会が始まる五分前には挨拶の言葉が完成した。

 ちなみに、フィラスは、ひとつふたつ案を出しただけだったが、良い言葉だったので採用させてもらった。


 教師たちや生徒たちが大講堂に集まり始め、セオンとフィラスが彼らと合流すべく演壇を下りてしまうと、一気に緊張が高まった。


 袖で出番を待っていると、カミーリアが中央に出て話を始めた。今日の午後の予定は、ゲームズの時間に行われる馬上槍試合と自習らしい。

 その他にも細々とした指示を出したあとで、カミーリアは言った。


「さて、わたしからの話はこのくらいにして、今日から諸君と学ぶことになったレオニス女公殿下にご登壇いただこう」


 きた。心臓がドクンドクンと音を立て始まる。マルヴィナはカミーリアの隣に進み出た。緊張のあまり、頭の中が真っ白になりかけながら、口を開く。


「――初めてお会いする方にも、そうでない方にも改めてご挨拶致します。レオニス女公マルヴィナ・クロティルダと申します。この度、縁あって、ここラトーン学院に入学することに相成りました。ご存知の方もいらっしゃるでしょうが、わたくしは長い間、貴族社会とは距離を取っておりました」


 マルヴィナはいったん言葉を切り、大きく息を吸った。


「ですが、わたくしは今こうして、皆さまの前に立っております。これは、運命神ロサシェートがわたくしに授けて下さった機会だと思っております。すなわち、わたくしが皆さまと対等な友情を結ぶ機会です。今現在も、わたくしが即位する遠い未来も、この国に必要なのは、皆さまの力だと、わたくしは信じております。この国と、そして同盟国をも含めた、全ての国民の、より良き未来のために、どうか、ともに歩んでいこうではありませんか」


 マルヴィナはふうっと息を吐いた。


「わたくしからは以上です」


 小さな拍手が起こる。それは次第に波濤のように広がっていき、大きな拍手となった。マルヴィナは片膝を折り、頭を下げてそれに応えた。


(わたし、本当にレオニス女公になったんだわ)


 代々のレオニス公が、この挨拶を務めた理由が、今なら分かる。これはいわゆる儀式だ。入学したレオニス公の、王位継承者としての自覚を促し、意識を高めるための。


 席を見下ろすと、こちらを見上げて拍手をするセオンとフィラス、それにシュツェルツの姿があった。

 マルヴィナは照れくさい気持ちで、万雷の拍手の音を聞いていた。

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