9.幸せに気づく
「俺はみんなのことを女性として愛しています。こんな俺で良かったら結婚してください」
そう言い切った俺は、ミルファさんを見つめたまま返事を待った。
待った。
待った……。
待っ……た……。
みんなから返ってきたのは、無。
無言、無音、無反応。
たっぷりと待ったが、しわぶきひとつ聞こえないし、誰も微動だにしない。
あれっ?
やらかしたか、俺?
ここは誰か一人を選んでその人の前で跪いて言うべきだった?
それともやっぱりみんなの冗談で、俺が結婚とか烏滸がましかった?
表情の変わらないミルファさんと見つめ合ったままダラダラと汗を流しはじめた俺だったが、無を打ち破って最初に俺を助けてくれたのはやっぱりミルファさんだった。
ミルファさんはすっと立ち上がり、テーブルを回って俺の方に歩いてきた。
立ち上がってからはうつむいていて表情が見えない。
俺の前まで来ると立ち止まって顔を上げ、俺を見た。
ミルファさんの瞳は涙で潤み、痛みに耐えているような、それでいて幸せそうな、俺が生まれて初めて見る女性の表情だった。
「あなたの優しい瞳が好きになりました。あなたを愛しています。よろしくお願いします」
ミルファさんがそう言うと、その目から涙がつうっと流れる。
綺麗に微笑んでから、ミルファさんは俺の胸に額をつけて肩を振るわせはじめた。
俺の心の中にものすごい達成感と何とも言いがたい幸福感が湧き上がってくる。
俺がミルファさんの肩を抱くのと、キャロリンの「あたしもー」と言う声と一緒に腰のあたりに衝撃を受けるのがほぼ同時だった。
視線を上げると、呆然としていたファンヌとミアとゲルダの3人が「待ってくださいー」「ちょっと、忘れるなぁ」「しまった、出遅れた」と言いながら、慌てて俺の方に向かってくるところだった。
◇
その後、俺は結婚することになった。
6人と。
そう、6人とである。
ミルファさん、キャロリン、ファンヌ、ミア、ゲルダ、それからトリーニア。
……なぜかトリーニアも入っているのである。
トリーニアは滅茶苦茶押しの強い女だった。
ある意味お姫様らしいわがままさを持っていたとも言える。
名指しをせずにかました俺のプロポーズを逆手にとって、「わたくしもあの場にいたのですから、結婚するのは当たり前ですわ。王族への求婚をなかったことになどできません」などと屁理屈をこねまくった。
そんな話がまかり通るならあの場にいた侍女とも全員と結婚しないといけないだろ、と思ったのだが、口に出すと本当にそうなりそうで怖くて言えなかった。
トリーニアのことはミルファさんとキャロリンはすぐに認め、次にゲルダ、ファンヌの順で同意した。
ミアは最後まで抵抗していたが、トリーニアがなにやらボソボソとミアの耳元でささやいた後、陥落した。
俺の結婚には女性陣の同意が必要なようだが、俺自身の意見が聞かれることは最後までなかった。
トリーニアと結婚しないために国外逃亡まで企てていたのは、いったい何だったのだろうか?
勇者の制度はミルファさんに懇切丁寧に教えてもらった。
勇者そのものは一代限りの立場だが、次代、つまり俺の子は好きな爵位につけるらしい。
意味がわからないが、トリーニアの話では普通に考えれば公爵になるそうだ。
トリーニアは勇者と王族の血を合わせて残す功績から、自分自身が女性では非常に珍しい公爵位に叙せられそうになっていたが、なんと断った。
自分と対等の者に愛されたいという思いは本物だったようで、公爵になどなってしまうと俺や他の妻たちとの間に壁ができてしまうからという理由だった。
公爵位を断るなどそれだけで不敬になりそうだが、王は彼女の父だし、なにより気さくなおっさんなので笑っていた。
結婚した後どこで暮らすかは迷ったが、俺は辺境に開拓村を興すことにした。
ミルファさんやキャロリンのために街に居続けることも、トリーニアやファンヌ、ミアのために王都に行くことも考えたが、やはり自由気ままな冒険者生活に近いことがしたかった。
魔王を倒した後忘れそうになっていたが、俺はこの世界では最強に近い力を持っている。
なによりそれを少しでもなにかに役立てたかった。
妻たちは「あなたの好きなようにしてください」と言って、文句を言うことなくついてきてくれた。
開拓村は自分たちの屋敷と募集に応じてついてきてくれた開拓者たち数世帯のごく小さな集落から始まったが、俺がどんどん魔物を倒していったのと、周辺から良い木材や鉱石がたくさん産出されたためたちまち大きくなった。
ミルファさんは正妻兼勇者の秘書兼開拓村冒険者ギルドの初代ギルドマスターとして働いてくれた。
平民のミルファさんが正妻になるのを、トリーニアはなんのわだかまりもなく受け入れた。
王族のトリーニアが正妻になるのが普通だが、そこは俺の気持ちを優先してくれたらしい。
まわりは結構うるさかったろうに、そういう所もトリーニアはすごい女だと思う。
一応は貴族の令嬢らしいファンヌとミアも、トリーニアに習ってミルファさんが正妻になることになにも言わずにいてくれた。
キャロリンは彼女の2番目の兄と一緒に村で新しい宿屋を開店して、冒険者たちの拠点を作り腹を満たした。
開拓村の発展とともに宿の規模も大きくなり、今では本家のボノボノ亭よりも立派な宿になった。
キャロリンが本当の意味での妻になるまでには何年か待たなければならなかったが、ずっと俺に抱きつくのが好きなかわいい妻として尽くしてくれた。
ファンヌ、ミア、ゲルダの3人は俺と共に魔物の討伐に精を出し、村の拡張と安全のためにがんばった。
後にファンヌは開拓村の教会開設、ミアは辺境魔術師協会の設立に尽力し、ゲルダはミルファさんの次の冒険者ギルドのギルドマスターとして長く働いてくれた。
まあ3人とも、いつまでも俺のことをいじり倒すのをやめてくれなかったが。
トリーニアは領主としての政治向きの仕事をすべて引き受けてくれたので、俺は楽をできて助かった。
彼女は末っ子として王太子で次期王でもある兄にかわいがられていたので、その立場を遺憾なく利用して開拓村への便宜を引き出してくれた。
押しが強いわりにはトリーニアが妻たちの中では一番不器用で甘えべただったが、それでもずっと俺に寄り添って仲良くしてくれたし、俺も対等の相手としていつまでも彼女を愛した。
余談としてだが、妻たちがいろんな組織のトップに立ったことから、開拓村は王国で一番女性の社会進出が盛んで、後の世まで女性の権利が守られる場所として有名になった。
開拓村はその後も発展を続け、俺の子が公爵位をもらう前に俺は勇者と兼任で辺境伯に叙爵された。
辺境伯はミルファさんとの子に受け継がれ、公爵はトリーニアとの子に与えられる予定だ。
妻たちとの間には合計20人の子供ができたので、これからもずっと辺境伯領となった開拓村を発展させていってくれるだろう。
◇
「ミルファさん」
「なぁに、あなた」
「ずっと聞きそびれてたけど、なんではじめて会ったときにあんなに良くしてくれたんだ?」
「どうしたの、急に? ……そうね、もう言ったことがあるかもしれないけど、あなたの瞳がね、とっても優しそうだったの。それを見てたらなんだかお節介をしたくなっちゃって。一目惚れだったのかもしれないわね。でも、自分の心のままに振る舞って本当に良かったわ。私、今とっても幸せだから」
「……ありがとう、ミルファさん。俺のことを見つけてくれて。ミルファさんに出会えただけで、俺はこの世界に来て幸せだよ」
「あら、他の奥さんたちもでしょ」
「そうだな。みんなに出会えて、みんなを好きだと気づけて本当に良かったよ」
「うふふっ、これからもよろしくね、あなた」
「うん、よろしくミルファさん」
本篇はこれにて完結です
最後までお読みいただき、ありがとうございました
閑話を掲載しましたので、よろしければそちらもどうぞ