表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
10/11

ヤンデレの幼馴染みは世界を渡る (マヤコ)

アキートが異世界に飛ばされる前後の日本での話です。


本篇とは毛色が違って、少し暗い雰囲気かもしれません。

ミルファさんたちは出てきませんが、アキートの妹や思い出話は出てきます。

 新田明人。

 私の幼馴染みで、想い人。


 彼が交通事故に遭い、この世界から消えてから2年半が経った。

 でも、私は彼が生きていることを知っている。

 もうすぐまた会えるもことも。

 そのためにずっと準備をしてきたのだから。


 私はうれしくなって、忘れそうになっていた笑顔を浮かべた。


「私、やっと明人の所へ行けるようになったよ」



 幼い頃から人の考えていることがなんとなくわかった。

 はじめは両親から「気のつく良い子ね」と褒められたが、無邪気に周りにいる人の内心を言い当てて、すぐに気味悪がられる事になる。

 両親にまで恐れられたことは幼心に傷つき、不安からよく泣くようになり、鬱陶しがらせてさらに両親の愛情を失うことになった。

 感情の制御がうまくできず、他人に不信の目を向けられると怯えてそれを指摘し、それが周囲を警戒させるという悪循環に。

 ついには生まれた場所には住めなくなり、両親は嫌々ながら私を連れて故郷を離れることになったのも、仕方のないことだったのだろう。


 ようやくその頃になって、人が私の力を知るとどう思うのかを理解してきた。

 だから、できるだけ人の考えを口に出さないように気をつけた。

 でも、その頃の私の心がまだ未熟だったのは私自身にはどうしようもない事実だった。

 友達だと思っていた子と喧嘩をして、赤くなって黙るその子の心の中をつい口に出して非難してしまう。

 好きな女の子をいじめて悦に入る男の子に、憤りから容赦なくその子の気持ちを暴露して泣かせる。

 こうして、新しい土地でも私の居場所はなくなっていった。


 でも……引っ越し先の近所には明人が住んでいたのだ。


 明人は公園でひとり時間をつぶす私を見つけると、なんの迷いもなく近づいてきた。

 私が女の子だとか初めて見る顔だとかをチラリとでも思うことなく、遊び相手を見つけた喜びで顔を輝かせている。

 最初は変な子が寄ってきたなと思った私だったけれど、少し話せばお互いを気に入り、それから一緒に遊ぶようになった。


 川に行ったり、林の中を歩いたり、明人は私をあちこち連れ回した。

 クタクタになったけれど、楽しかった。

 久しぶりに私は子どもらしい時間を過ごすことができたのだ。

 思ったことはなんでも口に出す明人の単純さが、私にとってはつき合いやすかったおかげもある。


 それでもそれまでの経験から、私は明人にあの能力を知られないように十分に気をつけていた。

 友だちとして屈託なく接してくれる明人を失いたくはない。

 ずっとそう思っていたのに、あるとき子供っぽいやり取りの中で私は明人の心の内を言い当ててしまった。


 私はハッと気づいて、自分の迂闊な行動を呪った。

 ……また私の居場所が消えてしまう。

 私はその頃にはもう十分に孤独を味わいつくし、明人と過ごす時間を最後の拠り所にしていたのだ。

 明人の反応が恐ろしくて泣きそうになりながらうつむいた私に、けれども、明人がかけた声は明るかった。


「おー、すごいなマヤちゃん。ボクの考えてることわかるんだ。スゲー、スゲー」


 明人はそう言って驚いた。

 でも明人は、「どうやってんの、それ?」「ボクにもできる? 無理かぁ、しょうがないな」などとひとしきり興味を示した後、「よっし、じゃあ次はザリガニ釣りに行こうぜ」と普段通りに戻ってしまった。


 私の気持ち悪い力を知っても、私を「近所に住む仲良しのマヤちゃん」として変わらずに遊んでくれる明人。

 それから何度も私の能力を見せてみたけれども、明人が私へ向ける気持ちに変化はない。

 相手の考えが見える私だからこそ、わかった。

 明人にとって私の能力は、木登りがうまいとか魚が上手に捕まえられるとかの遊びの技能のひとつと何ら変わらない程度のものなのだ。


 私は最初理解できず、次に明人の呑気さに呆れ、最後には胸の奥がグッと詰まってなぜだか涙が出そうになった。


 私は気づいた。

 私にとっては悪意を発するだけだった他人の中に、はじめて一緒にいて心地良いと思える人をとうとう見つけたということを。

 明人だけは、私の能力を知ってもそれが私の一部に過ぎないとちゃんとわかってくれる、私の全てを知った上でなお一緒にいてくれる人なのだ。

 ……いや、別に難しく理屈をつけて明人を説明する必要はない。

 私は、変わらない明人が側にいてくれるだけで嬉しかった。


 そんな明人に対して、子供心に「この人が私の運命の人だ」という想いを抱くようになったのは自然なことだと思う。

 何年かすると、明人の妹のサトちゃんが一緒に遊ぶようになった。

 彼女もまた私の能力を知っても気味悪がらずにいてくれる人だった。

 けれども、明人への想いは特別で、日々強くなっていく。

 両親も含めて明人以外の他人に対する興味を、私は次第に感じなくなった。

 他の人の事はどうでもいい。

 明人さえ側にいれば嬉しいし、側にいないと寂しい。

 そう思うようになった。


 離れた所にいる明人を探すうちに、だんだんと目の前にいなくても明人の考えがわかるようになった。

 遠くにいる明人の「思念」を見つけ、たぐり寄せて覗き込む方法を覚えた。


 人の内にあるはずの「思念」は、ひとりひとりから湧き出て空へ吸い込まれていく。

 遠くで、近くで、たくさんの思念が立ちのぼる様は美しくすら感じられる。

 そんなものが目に見えるのは、けれども、きっと私だけなのだろう。


 目の前にいる人が私の事を考えれば、立ちのぼる思念の流れは私に突き刺さり、嫌でもその内容が私に入り込んでくる。

 はじめの頃は、ものすごい不快感と苦痛だった。

 中学生になった頃からは、男姓が向けてくる思念の多くに気持ちの悪い色がついていて、嘔吐感すら覚えた。

 目を背けたくてもできない、それらの思念は幼い頃から私を打ちのめした。

 少女になってからは私を穢し、心をすり減らす。


 そんな中で唯一、触れていて嬉しい、楽しい思念の流れ。

 それが明人の思念、明人の心だった。


 遠くで立ちのぼる他者の思念は私になんの影響も及ぼさない。

 でも、明人の思念だけは離れていても、むしろ離れているほど私には気になった。

 明人の思念には幸せを感じる色がついていて、遠くからでも見分けて感じることができる。

 これが第六感、遠くから明人の心を感じられるのは第七感とでも言えばいいのだろうか?

 ……なんでもいい。

 私はそれができる自分の能力を生まれて初めて喜んだ。


 中学生になる少し前くらいから、明人は恥ずかしがって私を名字で呼ぶようになり、あまり一緒に遊んでくれなくなった。

 でも、私のことを嫌っているわけでも気味悪がっているわけでもないから、気にはならない。

 私の能力は強力になり、明人がどんなに遠くにいても何を考えているか手に取るようにわかるようになっていた。

 逆に、他の人の思念は雑音のように私の頭の中を流れていくだけで、例えそれが私のことを考えていても、なにも感じないし、どうでもよくなった。


 高校受験の準備をはじめる頃から、明人の考えることにエッチなことが多くなってきた。

 アイドルの衣装がかわいいとか、今日は強い風が吹いて前を歩く女子のパンツが見えたとか、友人がエッチな本を貸してくれたとか。

 ……ちょっと私の口からは言えないようなこともあった。

 残念なことに、その中に私を対象にしたものは見当たらない。

 明人は私のことを女の子として意識してくれていなかった。

 でも、明人は自分の事をモテないと思っていたし、好きな子がいるわけでもなかったので、特に焦る程のことでもないだろう。


 高校生になったら、もっと近づこう。

 今度は男女の仲で。


 ちゃんと作戦は練っていた。

 高校はもちろん明人の行くところに合わせて受験した。

 担任はもっと良い高校にするよう勧めてきたが、担任自身のために言っているだけで聞くに値しなかった。

 サトちゃんとだけはずっと仲良くしていて、近所で会えば話をするし、たまに家にも遊びに行く。

 明人はいないことの方が多くて部屋には入れないけれど、明人が生活している気配を感じる事はできた。

 おじさんとおばさんも私の両親より表裏のない良い人たちだ。

 おばさんの「理想のお嫁さん像」がわかる私は、如才なく接していたから「早くお嫁に来てー」と思ってもらえるようになっている。

 もちろんサトちゃんだけでなく、おばさんにも明人を想う気持ちはバレている。

 あとは明人にどうやって女の子として意識してもらうかだけだった。


 そう思ってはいたものの、高校生になってしばらくは様子を見ることにしていた。

 明人がなにかクラブ活動をするのか、クラスメートを好きになったりしないか、近寄ってくる女子がいないか、……見きわめなければいけないことは多い。

 明人は流行のアイドルグループのひとりがお気に入りだったけれど、彼女にしようなどと思っているはずもなく、これはどうでもいい。

 明人に興味を持った女子がいれば、こちらは放置できないので、他の男子が気になるように誘導した。

 明人の悪い噂を流す方法は論外なので、その女子を気に入っている別の男子の心の内をさりげなく噂にして流すのだ。

 まだ恋愛に至っていない女子の気持ちは、この程度で簡単に操作できた。


 私自身は、男姓には極めて無関心、無愛想、無遠慮を貫いていた。

 明人に意識してもらうまでは、他の男性と変な噂が立つことは極力避けたかった。

 ところが、何を勘違いしたのか私を自分のものにしたいと言い寄ってくる男性が何人もいて、対応するのに時間を取られることになる。

 そういう奴らは私が冷たくすればするほど、情熱を燃やして私を自分の所有物にしようと努力する頭のおかしい連中だった。

 今では躊躇せずに使える能力を駆使して、私はそういう奴らの内心を暴いて完膚なきまでに叩きつぶしていった。

 久しぶりに明人に声をかけられた内容が「お前、あんまりやり過ぎんなよ」だったのは、私への思いやりが感じられて嬉しかったものの、私の怒りをより募らせる結果となった。


 季節がいくつか変わり、その時が近づいてきたと感じていた。


 明人が恥ずかしがって私を名字で呼ぶようになったように、サトちゃんは中学生になって明人とギクシャクするようになっていた。

 サトちゃんには悪いけど、そのことでたまに相談に乗ったりして明人と話をする機会が増やせた。

 登校時はもちろん、下校時間もクラブに入らなかった明人に合わせて同じ電車に乗るように心がけている。

 次第に、明人は登下校で私が一緒にいても違和感を感じなくなってきていると思う。


 明人、明人、あきひと、アキヒト。

 その頃になると、学校とか勉強とか家族とか友人とか、私にはどうでもよくて、常に明人のことばかり考えていた。

 自分の部屋で明人が考えていることに相づちを打ったり、たまに反論してみたり、明人の心に寄り添うのは私にとっての至福の時間だった。

 私の心を明人に伝えられないことだけが、もどかしく感じられた。


 もう少ししたら、定番のイベントを利用して私が女の子だと明人に思い出させよう。

 そうして私のことを意識させて、距離を縮めるのだ。

 恋人になれば、私のことをもっともっと明人に知ってもらえる。

 そうしたら私がどんなに明人のことを愛しているのかをわかってくれるはずだ。

 それから明人と契りを結んで、一生ふたりで一緒にいるのだ。


 そう思っていた。

 そう思って、これからという時に、明人は消えてしまった。


 あの雨の日。

 私は日直の仕事が長引いて、明人と一緒に学校を出られなかった。

 用事が終わって明人に追いつこうと学校を出たとき、明人は土砂降りの中で信号待ちをしながら、珍しくイライラしていた。

 イライラの中には私が一緒にいない事も少し含まれていて、嬉しいなと思いながら足を急がせた。

 このまま追いつけなくてもサトちゃんに会うことにして家に遊びに行こうかと考えながら、明人を追う。

 突然、明人の思念が滅茶苦茶に乱れた。

 はじめてのことに、私の体は感電したかようにビクリとその場ですくんだ。

 私に見えた最後の明人の思念は、横滑りして迫るトラックをなぜ?と思う気持ちと、サトちゃんのこと、明人の両親のこと、私のこと……。

 そこまでで、明人の考えは見えなくなってしまった。


 ……明人の心が、私に、見えない!


 私は少しの間呆然とその場に立ち尽くした後、傘と鞄を放り捨てて走り出した。


 嫌、嫌、嫌、イヤイヤイヤッ!


 明人の思念が感じられない!

 眠っているときでも薄く感じられる明人の思いが何も……。


 嘘、嘘、嘘よ!


 走りながら必死で明人の思念を探すが、見つけることはできなかった。

 どのくらい走ったのかわからない。

 ドクドクと胸が鳴り、自分の喉からゼーゼーと音が聞こえる中、私は明人がいたはずの交差点にたどり着いた。

 横転したトラックと、明人の鞄と靴の片方だけが見える。

 遠くからサイレンの音が聞こえた。

 私は明人の思念を探し続けながら、その場で意識を手放した。


 明人は発見されなかった。

 事故が起きた交差点は大きな川に架かる橋に近く、そこまで飛ばされたのかと大規模な捜索が川の下流までおこなわれたが、それでも明人は見つからなかったそうだ。


 倒れ込んだ私は、騒ぎの中で長時間発見されないまま雨に打たれ続け、肺炎に罹って病院に運ばれた。

 病室で意識を取り戻したのは、母親が入院の手続きを終えて面倒そうに着替えを置いて帰る時だった。

 一週間ほど入院した間、私は誰とも会話しなかった。

 サトちゃんだけは毎日お見舞いに来てくれたけれど、どちらも口を開くことはない。

 いつも病室に来てしばらくすると、サトちゃんは私にすがりついて泣いた。

 サトちゃんの頭をなでながら、私はずっとあることに集中していた。


 退院してしばらくした頃に明人の葬儀がおこなわれたが、私は出席しなかった。

 あたりまえだ。

 棺桶の中には明人が最後に持っていた鞄や靴の片割れ、花やお菓子や本やゲームが入っているだけで、明人はそこにはいない。


 入院中ベッドの中で身じろぎもせず、私はあるものを探しつづけていた。

 退院してからもずっと。

 明人の葬儀から数日経って、私はとうとう見つけた。

 幸せを感じる色をした、切れそうに細い糸を。

 人の思念と言うにはあまりにも儚いその感覚を、私は感じる事ができるようになっていた。

 明人は死んでいない。

 私の前から永遠に消え去ったわけではないのだ。

 それが理解できたとき、私ははじめて声をあげて泣いた。


 もし明人が死後の世界にいるのだとしても、明人として存在するならそこにたどり着けばいい。

 けれども、これまでに死んだ人からの思念を感じたことはないし、明人はどこか遠くで生きているはずだ。

 後は、どうやってその細い糸の先に私がたどり着くかを考えるだけだった。


 明人がこの世からいない事にされた後も、私は明人の元に行く方法を探し続けた。

 サトちゃんにだけは話した。

 私の話を聞いたサトちゃんは、泣き笑いのような表情をして、それから私に抱きついて泣いた。

 一時間経っても、二時間経っても。

 サトちゃんを抱きながら、私は明人の元に行く方法を考え続けた。


 本当はすべての時間を、明人の元に行く方法を探すことに費やしたい。

 食事や睡眠の時間さえ惜しかった。

 それが不可能なことはわかっていたので、私にできるのは今まで通りの生活を再開することだった。

 明人がいない高校に通い続け、適当な大学に進学もした。

 私には明人を探す時間を得るためのモラトリアムが必要だった。


 両親や同級生から見れば、私はこの世に生きていないかのような、幽鬼のような存在に見えたことだろう。

 明人のいない世界には楽しみもなく、ただ明人の元に行く方法を探す毎日。

 幸せを感じる色の糸に少しでも触れられることが慰めだ。


 そんな私を、サトちゃんだけがつなぎ止めてくれていた。

 周囲から見れば、私とサトちゃんは幼馴染みと兄を失って悲しみ、傷をなめ合うかわいそうな女の子たちに見えたことだろう。

 事実、明人の元に行く方法を考えながらだが、サトちゃんと明人の思い出話をする時だけ、この世界とのつながりを取り戻したかのように感じる事があった。


 ある日、私は唐突に気づいた。

 明人はこの地球上に、この宇宙に、もういない。

 明人の色の糸をたどっても、それはこの世界のどこにもつながっていないのだ。

 でも明人は生きている。

 それだけはわかる。

 それからの私は、世界を渡る方法を考えはじめた。


 明人が消えてしまってから2年。

 ようやく私は明人の元に行く方法を身につけようとしていた。

 明人の思念の糸を伝い私自身が世界を渡る。

 身も心も、私自身を一瞬にして思念の流れに変換して、糸をたぐって移動するのだ。

 すぐにでも実行したかったが、失敗は許されない。

 この世界でないどこかに旅立つのだ。

 失敗はそのまま死ぬことに、明人との永遠の別れにつながる。

 世界を渡る練習はできないけれども、この世界で思念の糸をたどる練習はできるはずだ。

 この世界には少しだけ明人と似た色の心を持つ、サトちゃんがいる。


 サトちゃんにその事を話したとき、サトちゃんは私のことを呆れることも、哀れむこともなかった。

 私の話を疑おうともしなかった。


「……もしお兄ちゃんが真綾子お姉ちゃんに会えるのなら、どんなことでも手伝います」


 そう言ってくれた。


 予想通り、はじめはうまくいかなかった。

 自分の部屋で待ってくれているサトちゃんの元へ移動しようとしたが、明人のものほどサトちゃんの思念をうまくとらえられない。

 何も起こらなかった。

 それでも練習を続けた。

 何度も、何度も。

 そのうちに変化が現れた。

 移動するためのコツのようなものがわかってきた。

 それでも、成功しなかった。

 うまくいったかに見えて、心だけがサトちゃんの元へ移動し、体は自室にとどまったまま分離してしまったときは、元通りに融合するのに半日ほどかかった。

 逆に、体だけが飛んでいったこともある。

 サトちゃんは意識のない私に驚いて半狂乱になり、危うく救急車を呼ばれそうになった。

 気が遠くなるくらい繰り返し練習をするうちに、ついにサトちゃんの元に移動することに成功した。

 サトちゃんは私の手を取って喜んでくれた。

 練習はそれからも続けた。

 やがて、サトちゃんの元へならばどこへでも移動できるようになった。

 と言っても、移動には衣服はついてこないから、私かサトちゃんの家以外で試すことは決してしなかったけれども。


 練習を始めてから半年近く。

 もうこの世界のサトちゃんの思念より、別の世界にいる明人の思念の方が身近に感じられるようになっていた。

 明人が考えている事の内容まではわからないけれど、喜んだり悲しんだりしていることはわかるようになった。

 ようやく明人の元に行ける確信が持てた。


 私は喜びで駆け出しそうになるのを抑えて、サトちゃんに会いに行った。



「サトちゃん、じゃあ私行くね」


「真綾子お姉ちゃん……」


「明人と一緒でなければ戻ってこないし、この力は二人には使えないと思う。だから、……元気でね」


「お兄ちゃんに会えたら……」


「わかってるよ。サトちゃんを悲しませたことをうんと叱っておくから」


「違うの! 真綾子お姉ちゃんにはわかってるはずでしょ……。私、……お兄ちゃんに謝りたい。お兄ちゃんは私のことを気にしてくれてたのに、ずっと仲良くできなかった……」


「大丈夫よ。明人は寂しがってたけど、サトちゃんのことを怒ってなんかいなかったから。兄離れしたんだなぁって笑ってたし」


「……私も、お兄ちゃんに、真綾子お姉ちゃんと一緒に行って、お兄ちゃんに会いたい!」


「ごめんね。わかってるでしょ。明人の所に行くのは私ひとりでないと無理なの。それにサトちゃんまでいなくなっちゃったら、おじさんとおばさんがもっと悲しんじゃうよ」


「それなら、お姉ちゃんだって!」


「私は大丈夫よ。お父さんもお母さんも私のことを怖がってるし、いなくなってもそんなに悲しまないわ。だから、サトちゃんにだけ教えてから行くの」


「本当に……、行っちゃうのね」


「そうよ。やっと、やっと明人に会えるの! もう絶対に逃がさないわ! サトちゃんの分までべったりと張りついてやるから心配しないで!」


「…………お兄ちゃんのことをよろしくお願いします。元気でね、真綾子お姉ちゃん」


「うん。さようなら、サトちゃん。あなたは私にとって明人の次に大切な人よ」


 最後にサトちゃんの顔を忘れないようによく見て、微笑んだ。

 それから、大好きな明人に向かって私は自分を移動させた。


 私の力はもう別世界からでも明人の心を感じられる程に増している。

 目の前に明人が現れた瞬間、増大した力のすべてで明人を感じられた。

 身も心もすべてが明人に包まれ、満たされ、私は幸せに震えた。



 セオルディア王国を支える二大貴族、姓を同じくするニータ公爵家とニータ辺境伯家が勇者アキートを祖とするのは、王国の民であれば誰もが知るところであろう。


 勇者アキートには6人の妻がいたことは有名で、勇者と同様に彼女たちにも数多くの伝記、逸話が残されている。

 勇者と彼女たちとのロマンスを元にして、今なお人気の歌劇や物語が作られ続けているほどだ。


 しかし、皆さんはご存じであろうか。

 勇者アキートには実はもうひとり、妻がいたかもしれないことを。

 歴史に名を残さぬ彼女こそがもっとも勇者に近い存在であった可能性を。


 近年、王立セオルディア王国史編纂局が「ミルファの手記」を発見したという興味深い報告をした。

 ミルファといえば、ニータ辺境伯家の母なる祖にして勇者アキートの正妻として知られる。

 編纂局は辺境伯家の許可を得て手記の解読をおこなった。

 その結果、その手記こそが勇者の7人目の妻で、勇者のもっとも近くにいた女性の存在を示唆しているというのだ。


 そんな馬鹿なと言う人が大半だと思う。

 老いても夫と仲睦まじい「ミルファ妻」という言葉は、勇者アキートが正妻ミルファを晩年まで愛したことが語源であるくらいなのだ。

 正妻ミルファよりも勇者に近い、他の5人の妻とは別の妻がいたなど、ありえないと考えるのが普通だ。

 最近まで筆者自身もそう考えていた。


 だが、これから記すことをお読みになった皆さんはどのようにお考えになるだろう。

 解読に成功した「ミルファの手記」から7人目の妻と目される人物を示す箇所を抜粋すると以下のようになる。


・勇者が妻たちと二人きりになる時間以外は、常に勇者に影のようにつき従っていた

・たとえなんらかの理由で離れた場所にいても、自分の意思で一瞬にして勇者の元に移動できた

・勇者以外とは言葉を交わさず、勇者とは大陸で知られぬ言語で会話した

・見ただけで相手の考えを看破し、それを勇者に伝えて自らが勇者第3の目となり、勇者を騙そうとする人物を許さなかった

・今も謎とされる勇者と同じ出身地で育ち、黒髪黒目だった

・艶やかで長い髪を持つ美しい女性だった

・なんらかの理由で聖人ファンヌとは対立することがあったが、基本的には6人の妻たちを尊重し、自身のことでは遠慮していた

・勇者のことを愛していた

・勇者も同郷で幼馴染みでもある彼女を大事にして側に置きつづけた


 いかがであろうか。

 大魔導師ミアでも不可能だった異能とも言える魔法についての記述がいくつかあり、手記の信憑性に瑕疵を与えていることは否定できない。

 しかし、ここにはあげていない多くの記述から、手記がミルファ本人によるものであることは証明されている。

 正妻ミルファその人が、勇者アキートに7人目の妻が実在したことを我々に教えているのだ。


 彼女が名を残すことなく歴史に埋もれた理由はわからない。

 おそらくは子をなさず、他の妻たちのように社会的な地位を築くこともなかったためだろう。

 案外、大陸では珍しい響きを持つ辺境伯領の主都マーヤの名に、なんらかのヒントが隠されているのかもしれない。


 読者の皆さんには、魔を打ち払い王国を発展させ続けた勇者と彼を愛して支えた今は忘れ去られし7人目の妻に、どうか思いを馳せてみてほしい。


 これまで皆さんが知っていた歴史に、別の色が加わって輝きだすのではないだろうか。



王立セオルディア大学教授 アダミ・シオーニク著

「セオルディア王国と勇者」より

お読みいただきありがとうございました。

活動報告で設定などを書きましたので、よろしければそちらもどうぞ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ