第8章 解散
※本作は架空の島・架空の戦争を舞台にしたオリジナル創作です。
特定の実在人物・部隊・出来事を直接描いたものではありません
新しい壕へ着いた翌日の夕方、学徒隊は集められた。
新しい壕は前の病院より狭く、入り口付近まで湿った土の匂いがこもっていた。壁に背をつけて座ると、冷たさが制服越しに伝わってくる。七人は無意識に互いの間隔を詰めていた。減った人数分だけ広くなったはずなのに、以前より息苦しかった。
残っていたのは七人の少女と昌子だった。
灯子。
千鶴。
澄江。
夏子。
律子。
初江。
朝子。
朝子は撤退の夜から咳が続き、額が熱かった。本人は「歩ける」と言い張ったが、声には力がなかった。
かなは死亡し、美代、富美、良子、文、節子は前夜の砲撃で行方が分からなくなっていた。
若い将校が紙を読み上げた。
「本日二十時をもって、青凪女子学徒看護隊を解散する」
読み上げた将校は若かった。灯子の兄があと数年年を取れば、このくらいかもしれないと思う顔だった。紙を持つ指が汗で濡れていた。
誰かを見捨てることに慣れた冷たい人間には見えなかった。
だから余計に怖かった。
悪い人間が一人いて、その人を止めれば終わる話ではない。困った顔をした若い将校が命令を読み、困った顔のまま少女たちを外へ放り出す。それでも命令は成立した。
夏子が灯子の袖を掴んだ。
「帰れるってこと?」
一瞬だけ、少女たちの顔が明るくなった。
昌子だけが動かなかった。
「解散後の避難先はどこですか」
将校は紙から目を上げた。
「各自の判断で行動してください」
「学校へ戻れるのですか」
「市街地は戦闘区域です」
「では民間避難壕へ?」
「安全を保証できる場所はありません」
「食料は」
「支給は本日までです」
「負傷した生徒がいます」
初江は片足を引きずっていた。
将校は目を伏せた。
「……各自で判断を」
律子が一歩前へ出た。
「私たち、言われた通りにやりました」
誰も止めなかった。
「学校を休んで、ここに来て、怪我した人を運んで、水も汲んで、死んだ人も……」
声が震える。
「全部、言われた通りにしましたよね」
将校は答えない。
「じゃあ、最後まで命令してください」
律子は泣いていた。
「どこへ行けば生きられるのか、命令してくださいよ」
将校の唇が動いた。
声は出なかった。
律子は理解した。
命令がないのではない。
答えがないのだ。
自分たちを働かせた組織にも、自分たちを生かして帰す方法がない。
いや、もうその責任を持つつもりがない。
解散とは自由になることではなかった。
灯子は「自由」という言葉から、校門を出たあとの午後を思い浮かべた。寄り道をして、母に叱られ、次の日また学校へ行く。それと今告げられた自由は同じ言葉なのに、まるで反対だった。行く場所を選べるのではない。行ってよい場所がどこにもないのだ。
守るべきものの一覧から、名前を消されることだった。
将校が去ったあと、夏子が言った。
「私たち、捨てられたの?」
夏子の声は、怒っているというより幼かった。
つい昨日まで負傷兵の血を拭き、死体を運び、命令されれば砲撃の中へ水を汲みに行った少女の声ではなかった。
家へ帰る道を見失った、十六歳の子供の声だった。
昌子はすぐには答えなかった。
やがて、少女たちの前へ座った。
「今からは、先生の命令を一つだけ聞いて」
全員が顔を上げる。
「生きること」
昌子は言った。
「何があっても、生きる方法を選びなさい」
律子が泣きながら首を振った。
「方法なんてないじゃないですか」
「なくても探すの」
「見つからなかったら?」
昌子は答えた。
「見つかるまで探す」――理屈ではなかった。それでも、その夜の少女たちには、理屈より必要な言葉だった。
「学校へ戻るのは?」
千鶴が聞いた。
「市街地を通る」
「海は?」
律子が聞く。
「開けていて見つかりやすい」
「じゃあ、どこなら安全なの」
夏子が言った。
昌子の指が土の上で止まった。
「分からない」
教師が「分からない」と言うのを、灯子はそれまでほとんど聞いたことがなかった。
不思議なことに、その言葉は絶望だけではなかった。分からないのに分かるふりをされるより、少しだけ息がしやすかった。
七人は、自分たちで行き先を選ぶことになった。自由になったのではない。安全な選択肢が一つもない場所で、選択だけを渡された。




