第10章 死にたくない
※本作は架空の島・架空の戦争を舞台にしたオリジナル創作です。
特定の実在人物・部隊・出来事を直接描いたものではありません
その夜、七人と昌子は農家から少し離れた岩陰に身を寄せた。
夜露で岩は冷え、制服は昼間の汗を吸ったまま肌へ貼りついていた。森の向こうでときどき火が上がる。そのたび木々の影が大きく揺れ、人が立っているように見えた。灯子は何度もそちらを見た。誰もいないと分かっていても、目を離すことができなかった。
砲撃は遠くなった。
だから安全なのではなかった。
ただ、今は落ちていないだけだった。
朝子の熱は上がっていた。
水は残りわずか。
食料は乾パンが数枚。
「死ぬのかな」
夏子が言った。
律子が顔を上げた。
「やめて」
「でも」
「やめてよ」
夏子は黙った。
しばらくして、また言った。
「私、死にたくない」
今度は誰も止めなかった。
「嫌だ」
夏子は泣いた。
「ただ帰りたい。家で寝たい。お母さんに怒られたい。こんなところで死にたくない」
千鶴も泣いた。
「私も」
初江が言った。
「私も」
朝子は目を閉じたまま、小さく頷いた。
律子は何も言わなかった。
肩だけが震えていた。
灯子は口を開いた。
「私も死にたくない」
先生になるとか、将来どうするとか、そんなことを言う余裕はなかった。
ただ死にたくなかった。
胸の中にあったのは理念でも覚悟でもなく、もっと獣のような感情だった。息をしたい。朝になっても目を開けたい。自分の手が温かいままでいてほしい。灯子はその欲望の幼さに、初めて安心した。みんな同じだった。
十六歳で終わりたくなかった。
昌子が最後に言った。
しばらくして、夏子が灯子へ小声で聞いた。
「私、うるさかった?」
「何が」
「ずっと冗談ばっか言ってたから」
灯子は考えた。
「うるさかった」
夏子が顔をしかめた。
「でも、黙られた方が嫌」
夏子は鼻をすすって、少しだけ笑った。
千鶴は灯子の肩へ頭を預けた。学校ではそんなことをしたことがなかった。互いの汗と土の匂いがした。
「帰ったら、今日のこと話せるかな」
千鶴が言った。
「分かんない」
「私も」
二人とも、それ以上先のことを言わなかった。
「先生もよ」
それだけだった。
誰も立派なことを言わなかった。
誰も国のためとは言わなかった。
誰も死を受け入れなかった。
しばらく全員で泣いた。
泣いても状況は変わらなかった。
水は増えなかった。
朝子の熱も下がらなかった。
空襲も終わらなかった。
それでも、泣き終えたあとに生きるための話をした。
南に沢があるかもしれない。
海岸沿いは避ける。
朝露を取る布を分ける。
朝子は交代で支える。
白いリボンは目立つから外す。
全員が考えた。
間違っているかもしれない。
それでも考えた。
努力すれば助かるという保証はなかった。
助からないと決まったわけでもなかった。
その中間に、ただ長い夜があった。
眠る者はいなかった。目を閉じると砲声を聞き逃しそうで怖く、目を開けていると暗闇の形が次々と人影に見えた。灯子は膝を抱えたまま、自分の心臓が打つ回数を数えた。百まで数えても生きている。もう百数える。それを何度も繰り返した。




