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14/19

俺は、書き換える

 翌朝、目が覚めて最初にしたのはノートを開くことだった。

 昨日のバグC発見の記録が、確かにそこにあった。書きたかったから書いた。だが今朝、寝起きの頭で読み返すと、自分の字が他人の字のように見えた。

「俺は、相手の中の『俺』を、書き換えた」

 その一行が文字として残っていることが、いちばん怖かった。

 偶然だったのか、本物だったのか。

 今日、確かめないといけない。

 大学に行く途中、駅前のコンビニに立ち寄った。

 ペットボトルの茶を選んでレジに持っていった。

 昨日と同じ若い店員だった。研修中のシールはまだ胸についている。

「これ、今日もいいですよね」

 俺はいつもなら言わない一言を口にした。

 いや、本当は別の言葉を準備していた。

 でも、口が勝手に違う言葉を選んだ。

「あ、はい」

 店員はバーコードを読み取りながら答えた。

 俺は次の言葉を続けた。

「昨日、ここでお茶買ったの、覚えてます?」

「え、ええと」

 店員の目が少しだけ泳いだ。

 俺はそのまま、もう一段、踏み込んだ。

「俺、昨日も来てたんですけど、別の人にお会計してもらった気がします」

 言葉を吐いた瞬間、店員の表情がふっと止まった。

 ──彼の顔から、昨日の俺の記憶が、剥がれた。

 俺はそれを文字通り見ていた。

 目の奥にあった「あ、この人昨日来た」という小さな認識の光が、消えた。

「ですよね、私、昨日休みでしたもんね」

 店員は嘘を信じて嘘を返した。

 会計が終わった。

 俺は店を出た。

 胸の奥で、何かが薄く笑った。

 怖さと興奮と優越感と、それから嫌悪が混じり合っていた。

 ノートに書いた。

「実験:成功。バグC、再現可能」

 二限の講義の後、教授に呼び止められた。

 先週、提出を忘れていたレポートがあった。

 昨日まで、どう言い訳しようか考えていた。

 今日は、別の選択肢があった。

「先生、すみません。先週提出したレポートのことなんですけど」

 俺は教授の顔を見た。

 教授は六十代の男性で、温厚だが厳しい採点で知られていた。眼鏡の奥の目が、いつも少しだけ笑っているように見える。学生に対して優しいと評判だが、その優しさは「採点では決して甘くしない」という前提の上に成り立っていた。

「ああ、君、先週のあれね」

「はい。先生、たしかその時、受け取ってくださいましたよね」

 教授の目がほんの一瞬、合わなくなった。

 ──教授の中の「未提出」が、剥がれた。

「ああ、そうだったね。確認しておくよ」

 教授は何事もなかったように頷いた。

 俺は頭を下げて、その場を離れた。

 廊下を歩きながら、俺は震えていた。

 手のひらに汗が滲んでいた。

 心臓の音が、自分の胸の中で大きく響いていた。

 午後の廊下は静かで、遠くで誰かが講義室の扉を閉める音だけが聞こえた。すれ違う学生たちは誰も俺の異変に気づかなかった。気づくはずがない。俺は何も外見上は変わっていない。ただ、世界の事実を一つだけ書き換えただけだ。

 俺は世界を書き換えた。

 提出していないレポートを「提出した」ことにした。

 倫理的に、これは正しいのか。

 いや、倫理の話ではない。これはもっと根本的な話だ。

 俺は、世界の事実を自分の都合で改竄した。

 それができることが分かった。

 部屋に戻って、ノートに書いた。

 書きながら、独り言が口から漏れた。

「お前の中の俺を、書き換える」

 声に出してみると、それは決め台詞のように聞こえた。

 俺は笑いそうになった。

 誰に向けて言ったわけでもない言葉が、勝手に決め台詞めいて聞こえる。

 仮説:この能力は繰り返し使えば、もっと精度が上がる。

 仮説:この能力には、たぶん限界がある。すべての相手に効くわけではない。

 仮説:この能力を使うと、たぶん何かがどこかに記録されている。

 最後の仮説だけ、根拠はない。

 ただ、なんとなくそう感じた。

 ゲームのバグを使うと、ログに残る。たぶん、それと同じだ。

 俺はノートを閉じた。

 窓の外で、雀が一羽、鳴いた。

 いつもの朝の音だった。

バグC検証回。コンビニ店員と教授に対しての二段階の試し、書きながら主人公と一緒に手のひらに汗をかいていました。

レポート未提出を「提出した」ことにする一線、倫理を踏み越える瞬間です。決め台詞「お前の中の俺を、書き換える」もここで初出。

ラストの「何かが、どこかに、記録されている」直感は、後の伏線に繋がっていきます。

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