第27話:物理学者アイザックの「熱力学の壁」
ノアール中央研究所、最深部。
そこは、私が大陸全土から徴収した「魔力消費税」を投じ、次世代のエネルギー革命を成し遂げるために設立した場所だ。
だが、その責任者として私が招聘した男――アイザック・ニュートン(※仮名)は、私の完璧な事業計画書を、あろうことか「焚き付け」にして珈琲を淹れていた。
「……アイザック所長。私の許可なく、次四半期のロードマップを燃料に変換するのは、極めて不採算な行為だとは思いませんか?」
ボサボサの髪に、染みだらけの白衣。彼は私の声に顔も上げず、フラスコの中で踊る液体の温度計を眺めながら答えた。
「エリシア総裁。……あんたの帳簿は美しい。だが、致命的に『不自然』だ。……あんたは、世界を一つの巨大な永久機関に作り替えようとしている。だがね、この宇宙にはあんたの命令を聞かない絶対的な『独裁者』がいるんだ」
「『独裁者』? 私以上の権力者がこの大陸にいるとでも?」
「ああ。名前は『エントロピー』。……熱力学第二法則だよ」
アイザックは、煤けた黒板にガリガリと数式を書き殴った。
$$dS \geq \frac{\delta Q}{T}$$
「魔法も、経済も、エネルギーだ。……あんたがどれほど効率を高め、無能を排除してシステムを最適化したところで、エネルギーを変換するたびに、必ず『無駄な熱』が出る。……世界という箱の中の『無秩序さ』は、増え続ける一方なんだ」
彼は、ひび割れた魔石を私に放り投げた。
「あんたが『魔力消費税』で魔法を節約させた結果、何が起きたか知ってるか? ……魔法を使えない連中が物理的な労働を増やし、その結果として食料消費が増え、土地が痩せ、摩擦熱で世界の寿命が加速した。……帳簿上は黒字でも、物理的な『宇宙のバランスシート』は、かつてないほどの赤字(債務超過)だ」
私は、アイザックが提示した「魔力熱力学データ」を凝視した。
確かに、ノアールが効率化を推し進めれば進めるほど、大陸全体の「温度」が微増し、魔力の純度が低下している。
「……つまり、私は『穴の空いたバケツ』の中で、水を効率的に移し替えていただけだと言うのですか?」
「その通り。……あんたに必要なのは、バケツの中の水を管理することじゃない。……バケツの外側、つまり『真空』からエネルギーを引っ張ってくるか、あるいは『熱』そのものを再資源化する、物理法則の再定義だ」
セラフィナが、アイザックの言葉に震える。
「……お嬢様。……もしこれが本当なら、私たちの経済圏は、あと数十年で物理的に焼き切れてしまうわ」
「……面白いですね」
私は、アイザックが汚した黒板の横に立ち、ペンを執った。
「アイザック所長。……貴方の理論が正しいなら、私のやるべきことは決まっています。……経済学で宇宙を支配できないのなら、**『物理法則そのものを買収』**すればいい。……貴方の研究に、予算を十倍出します。……その代わり、来年までに『エントロピーを減少させる術式』のプロトタイプを提出しなさい」
「……あはは! 狂ってるね、このお嬢様は! 宇宙の法則に投資しようっていうのかい?」
「私は、不可能な負債(赤字)を認めない性質なものですから」
私は眼鏡の奥の瞳を冷たく、しかし情熱的に光らせた。
私の帳簿に、ついに「宇宙」という名の、最大の取引相手が書き込まれた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
「法」と「金」で世界を統治してきたエリシアの前に現れた、
「物理的限界」という名の最強の壁。
エントロピー増大という絶望に対し、彼女が出した答えは
「物理法則への追加投資」でした。
知的なスケールが一段階跳ね上がった新章、楽しんでいただけたでしょうか。
次回、第28話。
世界中の富と知恵を集結させた『万国博覧会』が開催。
新大陸の使節に対し、エリシアは「規格」と「科学」の力で、
彼らの「命の通貨」がいかに旧式であるかを証明します。
この「宇宙の赤字を許さない物語」の投資家の皆様、
ぜひブックマークと評価(☆☆☆☆☆)をお願いいたします!
皆様の応援が、エリシアの「研究開発費」となります。




