第29話 勇者になりし者
光の大神殿、その地下。
選定の間と呼ばれる円形の広間は、地上の荘厳さとは別の静けさに包まれていた。
壁面には古代レトア文字が刻まれ、中央の床には巨大な紋章が描かれており、まるで世界そのものを封じたようだった。
その周囲に、七人の若者が立っていた。
十代後半から二十歳に満たぬ者たち。
剣士、魔術師、神官見習い、騎士の子。
誰もが緊張を隠せない。
地上では今まさにーー聖女誕生の鐘が鳴っている。
大神官が杖を打ち鳴らした。
「神の御加護により、聖女が誕生した。勇者も選定せよとの神託だ」
ざわめきが走る。
大陸の南方に追い込まれた魔族との戦いに備えてなのか……?そこにいた若者たちは、思った。
「大規模な討伐が行われるのですか?」
若い騎士が声を上げる。
大神官は、静かに首を振った。
「滅ぼすか否かは、見定める、と」
討て、ではない。
試せ。
空気が重くなる。
その中で、一人の青年は黙って立っていた。
茶髪。鋭い瞳。
レオン・ディポルド。
辺境の村の出だ。
魔族の襲撃で家族を失った。
炎の匂い。
倒れた父。
叫ぶ母。
忘れたことは一度もない。
我らを『餌』としか見ない魔族。
憎むべき存在のはずだ。
だが神託は、討伐ではなかった。
大神官が杖を掲げる。
「これより、光の加護を受けし者を選定する」
床の紋章が輝き始める。
白い光が七人の足元を巡る。
一人。
また一人。
光が灯り、そして消える。
落胆の息。
小さな悲鳴。
やがてーー
レオンの足元に、眩い光が満ちた。
消えない。
むしろ、強まる。
空気が震え、背に熱が走る。
息が詰まる。
『ーー問う』
頭の奥に、直接響く声。
光の神イリアス。
『魔族を前にしたとき、お前は何を選ぶ』
剣を握る手に汗が滲む。
当然だ。
仇だ。
魔族は滅ぶべき存在。
そう教えられてきた。
だが――
討て、と神は言わない。
選べ、と言う。
レオンの胸に、奇妙な静けさが落ちた。
「……守る者かどうかを、見る」
自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。
「守らぬ魔王なら、斬る。守る王なら、斬らない」
沈黙。
永遠のような一瞬。
そしてーー
光が爆ぜた。
背に、焼けるような痛み。
紋章が刻まれる。
勇者の印。
他の候補たちが膝をつく。
大神官が深く頭を下げた。
「勇者レオンよ。光は汝を選んだ」
地上では、聖女が白衣を纏う。
地下では、勇者が印を刻まれる。
レオンは拳を握る。
これは、ただの神託ではない。
討伐ではない。
これは、試練。
見定めるのだ。滅ぼされる種族かどうか……
憎しみに流されぬように。
そのとき、地上からかすかに鐘の余韻が降りてきた。
聖女誕生の鐘。
光は、二つの器を選んだ。
光はイーリャを裁くのではない。
試すのだ。
だがその試練が、世界を救うのか壊すのかは――
まだ、誰にも分からない。




