第28話 選ばれてしまった少女
東方の銀の森は、朝靄に包まれていた。
銀の葉を揺らす風が、光を細かく砕き、森の奥にたたずむ神殿へと降り注ぐ。
光の神殿。
人間の信仰の中心地
その貴賓の間で、ルシアは目を覚ました。
瞼を開いた瞬間、天井の彫刻がいつもより遠く感じられた。
「……?」
かすかな声。
傍らで看護していた治療士が、はっと息を呑んだ。
「ーー三賢人様を!」
慌てて部屋を飛び出していった。
残された静寂の中、ルシアはゆっくりと瞬きをした。
身体中に違和感があった。
熱でも痛みでもない。
何かが、ずれている。そんな感じだ。
まず、手を見た。
白い指。
長い。
関節が細く、爪の形も変わっている。
「……白くて長い……?」
呟きは、幼い響きのままだ。
少しふらつきながら身体を起こす。
「あたしは、色黒のはずなのに……?」
寝台の端に足を下ろすと、床が遠い。
視線が高かった。
胸元に重みがある。
赤毛が、金色になって肩よりも長くなっていた。
心臓が早く打つ。
(あたし、八歳のはずなのに……?)
「いったい、何があったの?」
混乱が広がる。
扉が、静かに開いた。
入ってきたのは、白衣に金糸を織り込んだ法衣の男だった。
三賢人のひとり、ティルグレイだ。
年齢を感じさせない灰色の瞳が、冷静にルシアを観察する。
「……やっと目覚めたか?」
その声に、感情はなかった。
安堵も喜びも。
ただ、確認だけだ。
ルシアは視線をそらした。
明らかに、動揺を隠せない。そして困惑も。
「わたし……どうして……?」
問いは途中で止まる。
ティルグレイが一歩、距離を詰めて来たのだ。
「あなたは、光の加護によって身体が急成長した特異な存在なのです」
淡々と告げる。
「神意は明らかになった」
外から、鐘の音が響く。
重く、荘厳に。
「今後は、聖女として、ここ光の神殿で、光の象徴として生きていくことになります」
それは説明ではなかった。
決定事項の通達。
声が冷たい。
これは“お願い”ではなく、命令だと、ルシアの胸が締めつけられる。
「せいじょ……?」
その言葉の意味さえ知らなかった。
神に選ばれた象徴?
光の象徴?
奇跡を体現した……?
ルシアには分からないことだらけだった。
「あたしは、冒険者見習いよ。大きくなったら冒険者になるのよ。聖女なんて知らない!」
震える声。けれど、しっかりと意思は伝えた。
ティルグレイの瞳が、わずかに細まる。
「選ばれる側に、選択権はない」
断定だった、
外の鐘が一段と大きく鳴る。
神殿前の広場では、すでに人々がたくさん集まっていた。
『聖女誕生』の報せは、森を越え、国を越えて広がっている。
ルシアは、立ち上がろうとしてよろめいた。
支えられない……
自分の身体なのに、重い。
成長した肉体に、幼い心が追いつかないのだ。
鏡が運ばれてきた。
そこに映るのは、見知らぬ少女。
いや、少女ではない。
十八歳くらいの娘だ。
整った顔立ち。
神々しい銀色の瞳、金髪の巻き毛の知らない姿がそこにいた。
「……これが、あたし……?」
自分ではない。別人のようだ……
ティルグレイは静かに告げる。
「光の神イリアスは、あなたを選んだ」
その名は、ルシアも知っていた。
西域地帯でも信仰されている、光の神の名前だ。
「人類は象徴を必要としている。あなたには、その器となってもらおう」
器……?
その言葉に、胸が痛んだ。
その頃。
大陸の南方の先端で――――
触れても奪わない力を手にした半魔の王が、静かに立っていた。
選んだ者と。
選ばれた者。
鐘の音が、森に満ちる。
ルシアの小さな拳が、震えた。
巫女の衣を差し出される。
八歳の自分には、とても大きな衣だったが袖を通してみると、それはぴったりと身体にあっていた。
彼女は、また知らない。
彼女が人間に利用される側であることを……




