卒業まで、何も言われなかったら[文芸]
真剣な目で板書をしてるのかと思ったら、隠れて早弁してて、なんか笑えた。
それを帰り道で指摘したら、頬を赤くして目を逸らしてた。
私に見られてるとは思わなかったらしい。
彼が頬を掻きながら、急に進路の話をし始めた。
彼は学校を卒業したら、地元から出て行くことが決まっていた。
私は、親が決めたお見合い相手と結婚することになるだろう。
隣を歩く彼を見上げて、目を細める。
彼が首を傾げて見下ろしてきた。
あの時も、こんな感じで、少し居心地悪そうな表情をしていた。
そう、あの時の出会い。
彼に出会ったのはバス停だった。
屋根のないバス停で、急に雨が降り出して困っていた私に、彼が傘を差し出してくれたんだ。
戸惑って見上げた私に、傘を手渡して無言で走り去って行った背中。
その後、直ぐにバスがきて、傘をさしたのは一瞬だったけど。
小さく笑い声が出て、見下ろしてきている彼が、戸惑ったように頬を染めて、私から視線を逸らしてしまう。
下げられた彼の手に触れようとして、自身の手が行き場を無くした。
仕方が無いから、後ろ手に手を組んで、顔に微笑を浮かべ、彼に「頑張ってね」と声を掛けた。
いつものバス停まで到着して、私が立ち止まると、彼は複雑な表情で私を見たあと、また明日と言って歩き始めた。
遠ざかって行く彼の背中。
返しそびれている彼の雨傘を思い出す。
返さなくても、いいよね……。
卒業まで、何も言われなかったら、そういうことにしてしまおう。




