12 場違い
――― 一年生大会当日の朝。
杉裏と岩水と小島は、大会会場である府立体育館の別館の前にいた。
現在、別館は無くなっているが、当時は本館と比べて格が落ちる小さめの体育館も使用されていた。
それが別館である。
杉裏たちはまず、他校の選手たちの出で立ちを見て驚いていた。
杉裏たちは制服で来たのだが、他校の選手たちはみな、ジャージを着ていた。
「私らも学校のジャージで来たらよかったな・・」
杉裏がポツリと呟いた。
「ほんまや・・」
岩水も同調した。
「別に制服でやるわけやないんやから、ええやん」
小島が言った。
しかし・・彼女たちは、まだ大事なことに気がついてなかった。
そう、ユニフォームのことだ。
ラケットやラバーのことばかりに気を取られて、ユニフォームのことなど忘れていた。
というか・・そもそも、知らないのだ。
「ほな、入ろか」
他校の選手たちが、どんどん先に入って行く中、小島が先頭を切って歩いた。
杉裏と岩水は、キョロキョロしながら小島の後に続いた。
中へ入ると、もう練習している選手もいた。
「あれ、なにやってるんやろ」
杉裏が言った。
杉裏たちが見たのは、自分たちが描いていた練習というレベルではなかった。
スコーンスコーンと音を立て、真っすぐ飛んでいくボールの速さは、彼女たちが初めて見る光景だった。
「なんか・・すごいな・・」
杉裏が言うと「あんなん・・でひきんわ・・」と岩水が言った。
「あんたら、着替えた方がええで」
杉裏たちの不安をよそに、小島があっさりと言った。
そして、「更衣室、探してくるわ」と続けてそうも言った。
杉裏と岩水は、返事もせず呆然としていた。
「おはようございます!」
「いや~久しぶり!」
「今日は負けへんよ」
といった声があちこちから聞こえてきて、杉裏と岩水は早くも場の空気にのまれていた。
するとそこに、ある一団が現れたかと思ったが早いか、さっきまで挨拶を交わしていた選手たちは、息をのむように一歩下がった。
「いやぁ・・浜琵さんやわ・・」
「越本さんも来てはる・・」
このような声がヒソヒソと挙がった。
浜琵と越本を先頭に、六人の一年生が整然と並んで現れたのだ。
彼女たちは大阪でもダントツに強い、三神高校の選手たちだった。
浜琵は「行きなさい」と、一年生たちに練習するよう指示した。
「はい」
六人は同時に返事をし、足早に会場内へ入って行った。
三神高校から間を置いて、また一団が現れた。
「あ~あ」
一団の一人があくびをしながら、「だっるいわあ~」と言った。
「ほんまやで。一年生大会なんか、私ら関係ないやん」
と、連れの女子がだるそうに言った。
「監督、なに考えてんねん。私ら自分の練習したいのに」
「ほんまにな」
後ろにいた五人の一年生は、二人の顔色を窺うように小さくなっていた。
「ほら、あんたら、練習せんかいな」
「はいっ・・」
一年生たちは、走って中へ入って行った。
その様子をずっと見ていた杉裏は、あくびをしていた女子と目が合った。
「あんた、なんやの」
女子は杉裏を睨んだ。
「え・・いえっ・・」
杉裏は焦って言葉も出なかった。
「見学かいな」
女子は制服のことを言った。
「いえ・・見学じゃありません・・」
「えっ、出るん?」
「はい・・」
「あはは!出るもんが制服てか。なあ?」
女子は連れにそう言った。
「勝つ気、ないんやろ」
連れの女子もバカにして笑っていた。
「あんたら、更衣室、こっちや」
そこに小島が戻って来た。
「どしたん」
小島はすぐに不穏な空気を察した。
「いや・・なんでもない・・」
杉裏が情けない表情で答えた。
「まあまあ~呑気でよろしいなあ~」と、あくびをした女子が言った。
「ちょっと、なんやねん」
小島が迫った。
「あんた、誰に口きいてんのや」
「あんたこそ、偉そうになんや」
「彩華・・止めとき・・」
岩水が小島の腕を引っ張った。
「どこの馬の骨かもわからんあんたさ、その制服どこやねん」
「桐花や」
「桐花あ?聞いたことないわ」
「あんたこそ、どこの高校やねん」
「わ・た・し・ら・はっ、山戸辺高校や」
「山戸辺?知らんわ」
「彩華・・もうええやん・・」
今度は杉裏も小島の腕を掴んだ。
「あっはは!山戸辺知らんのは、もぐりやな。アカン、腹がよじれるわ」
そう、山戸辺高校は、三神高校に及ばないまでも、大阪で二位なのだ。
この二人は、山戸辺のエース島乃倉友子と、二番手の鶴見多恵子だった。
当然、小島も杉裏も岩水も、そんなことは知るはずもなかった。
「友子、アホらしいわ。行こ」
「せいぜい、お気張りやすな」
島乃倉は小島に捨て台詞を吐いて、二人は立ち去った。
「なんや、あれ」
小島は怒り心頭かと思えば、案外そうではなかった。
「ほら、着替えに行かな」
意外なほど冷静な小島を見て、杉裏と岩水は驚いていた。
やがて二人は体操服に着替え、会場内へ入ると、回りの者がクスクスと笑った。
杉裏と岩水の体操服は、白のTシャツに紺の短パン。
おまけに胸のあたりには「一年三組 杉裏」「一年五組 岩水」と書かれてあった。
笑い声を気にする二人に、小島は「笑いたいやつには笑わせとけ」と言った。
杉裏と岩水は、なぜ笑われているのかにさえ気がついてなかった。
そして杉裏と岩水は、練習することすら出来ず、やがて開会式を迎えた。
役員の挨拶が終わり、みな、それぞれに散らばって行った。
小島は役員の案内通り、受付で組み合わせ表を受け取っていた。
そして杉裏たちは、体育館の隅で座って待っていた。
「えっと、杉裏は・・」
杉裏たちの元に戻った小島は、組み合わせ表を確認した。
今日の参加者は三百人を超える、大人数だった。
探すのも一苦労だ。
「あったあった」
「どこ・・?」
杉裏は表を覗きこんだ。
「えっと、相手は小谷田の堀川や」
「ええ~~!」
そう、小谷田の堀川といえば、卓球専門店で会った、あの堀川だ。
「嘘やん~~!」
杉裏は、なんと運が悪いんだろうと思った。
「知ってるん?」
「知ってるというか、一回しか会ってへんけど・・」
「ほんで、岩水は・・」
小島は岩水の名前を探した。
岩水も表を覗きこんだ。
「あったあった。相手は桜西高校の、城中や」
「桜西高校・・知らんな・・」
「ま、相手も決まったことやし、やるしかないで」
「私・・どうしょう・・」
杉裏はまだ、相手が堀川だということを気にしていた。
「なんやの」
「小谷田って・・強いねん・・」
「ベスト4ってか」
「うん・・」
「前にも言うたけどな、ベスト4やったら偉いんか」
「そうやないけど・・」
「同じ高校生やんか」
「そうやけど・・」
「杉裏は8コート、岩水は13コートや。ほら、行くで」
そしてこの後、いよいよ二人に勝負の時がやって来るのであった。




