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夏芽が咲いたら  作者: 坂江快斗
1/2

夏が終わる。

〈いちばんぼし〉



都会からくるまにのって朝陽から夕暮れまでを眺めたあと、

ぼくはビルもコンビニも電車もないところにおりた。


まわりにみえるのは、木、木、木、のら犬、木・・・。


足の下は靴を履いていても鉄板みたいに熱くてばたばたと

足踏みしてないと焼肉になっちゃいそうだった。


じっとしていても汗がでてくるから、ぼくはむやみにくるまの周りを歩いた。


おとうさんは誰かに電話をしていて、

おかあさんは扇子で自分とぼくを交互に扇いでくれた。涼しかった。


みんみんみんみんって鳴いてるセミを探してもどこにいるのかわからない。

夕日が沈んだのに、セミは元気だった。


助手席に座っているおかあさんの膝の上で一緒にセミをさがしていると、おかあさんが、「あっ!」って声を上げた後、藍色の空に向かって人差し指をつきだした。


そのさきにみえたのは、いちばんぼし。


おつきさまの隣でかがやくいちばんぼしだった。


月には負けないぞーって言ってるみたいにきらきら輝いている。

ぼくとおかあさんは、おとうさんの電話がおわるまでずっとそのいちばんぼしを眺めてた。


ぼくには、そのいちばんぼしとおつきさまが「おかあさんとぼく」みたいに見えてなんだかうれしかった。


おとうさんが戻ってきてなんで笑ってるんだ?って聞いてきたけど、

ぼくたちは秘密だよっ!って答えたんだ。




そのあと、ぼくたち家族はいちばんぼしに見守られて、

小さな病院へと向かったんだ。




その日はおかあさんが、まっきがんっていう病気だってことを知った日だった。




〈おつきさま〉



いつもこの部屋から見えるおつきさまは、いろんな表情でわたしをみつめてくれる。

にらめっこしても、おつきさまには勝てないな。


今日も、この部屋からひとり、おじさんが運ばれていった。

昨日までいっぱいいっぱい笑わせてくれたおじさん。

おもしろいお話をいっぱい知ってるおじさんだった。


でも今日の朝、おじさんにおはようって言っても目を覚まさなかった。

またいつものおふざけかな?って思ったけど、おじさんは真夏なのに雪みたいに冷たくて、わたしはどうにかおじさんをあたためたくて両手でほっぺたを包んだけど

ちっともだめだった。


おじさんがいなくなって、今日からわたしはこの部屋でひとりきりだ。


ひとり、きりだ・・・。


夜になればおばあちゃんがきてくれる。

お昼はおばあちゃんも忙しいからわたしはひとり。

おとうさんとおかあさんは、わたしに命を預けてかみさまに会いにいったって

おばあちゃんがいってた。


もしかしたら、おかあさんにもうすぐ会えるのかもしれない。


2人に命を返しにいけるかもしれない。

寂しくてもそう思えば、ほんの少しだけ、心があったかくなった。


おつきさまは今日もわらってる。

そのとなりで、元気いっぱいのいちばんぼし。


きみは、ひとりじゃないんだね。それなら、わらっていられるね。


どんなおはなしをしているのかな?わたしのことみているのかな?



ねえ、おつきさま。




いまのわたしは、わらっていますか?




〈おひさま〉




「こんにちは」


その女の子に出会ったのは、おかあさんが病室に入ったとき。

うすぐらい部屋の中で女の子は、月を見ていた。

月の光が女の子の顔を白く、照らしているのがちらっと見えたあと女の子は

ぼくたちのほうをふりむいた。


「・・・こんばんは」


そうか、今はもう夜なんだ。うっかりしてた。


「こ、こんばんは」

ぼくは、言い直す。すると、女の子はぷぷっと笑った。


「いいなおさなくてもいいのに。同部屋なんですね、よろしくおねがいします」


女の子がぼくのおかあさんにむけて言う。

おかあさんは、にっこり笑ってよろしくねと言い返した。


ぼくとおとうさんはその日、おかあさんの入院準備を済ませると、

おじいちゃんのお家に泊まった。


夜、ぼくはなかなか眠れなかった。

おかあさんのことと、おんなのこのことを考えていたから。

蚊帳っていう網のそとでぶーんって蚊が飛んでる。その音のせいもあるけど。


・・・まっきがんってどんな病気なんだろ・・・。


おかあさん、げんきになるよね・・・?


あのおんなのこは、どうしておかあさんと同じ部屋にいるんだろ。

ぼくとおなじくらいの見た目なのに。


どうしてだろう・・・。


*****


朝は突然やってきた。

おじいちゃんが飼っているにわとりが朝が来たことを教えてくれた。

ぼくはいつのまにか寝てたみたい。


ぼくとおとうさんはおばあちゃんがつくる朝ごはんを食べた後、病院に向かった。


病院へ向かう途中、車の窓をあけてちょっぴり顔をだす。

おとうさんに「あぶないからやめなさい!」って言われたけど。


夏のにおい。

このにおいはどんなにおいって聞かれたらきっとそう答えると思う。

そういうにおい。

ぼくはいっぱい夏のにおいを嗅いだ。


一瞬、山のほうにキランっと光ったものがみえた。

よくみると、それは石碑みたいで太陽の光に反射して光ったみたいだ。


「ついたぞ」


おとうさんの言葉にぼくはびっくりして窓の枠で頭を打った。すごく痛い・・・。

おとうさん、わらいすぎだよ。


病室にはおかあさんと、あの女の子。

二人とも、具合はよさそうでぼくたちが来るまでお話してたようだ。


「こんにちは」


女の子が挨拶をしてきてくれた。

ぼくは昨日の借りを返すときがきたと思い、

「おはようございます」っていった。


そしたら女の子もおかあさんもぷはって吹きだして笑った。

ぼく、なにかへんなこといったかな・・・?


「ふふ、そうだね、おはようございます」


女の子がベッドの上でぺこりとお辞儀をする。

そのあと、また笑った。「きみは面白い男の子だね」


・・・そう、かなぁ・・・。


ぽりぽりと頭を掻くぼくを見ておかあさんとおとうさんがまた笑う。


なんだかいっぱいわらっている。ぼくもなんだか嬉しくなった。


おかあさんのおひさまみたいな笑顔がだいすきだから。


その日は、ずっとぼくたち家族と女の子でお話してた。


女の子の名前は、 なつき あきらちゃん、っていう名前だった。



その日の帰り道。


ぼくはおとうさんに聞きたいことがあった。

それはお医者さんがお話してたこと。


ぼくには難しい言葉ばっかりだったから。


「ねえ、おとうさん、よめいってなに?」


おとうさんは車を止めた。


ぼくはじっとおとうさんを隣で見てた。

ハンドルを握る手にはいっぱい血管が浮いてた。


「・・・おかあさんが、かみさまに会いに行く日のことだよ」

「・・・おかあさん、かみさまにあえるの?すごい!いいなあ、うらやましいなぁ」


ぼくはおとうさんの気持ちなんて知らない、わからないからそんなことを言っていた。ほんとうにすごいとおもっちゃったから。


ハンドルを握ってた手が今度はおとうさんの顔を塞いだ。


う、うっ、っておとうさんが震えたのを見てぼくはおとうさんが泣いているのが分かったんだ。


「おとうさん・・・?だいじょうぶ・・・?どこか、いたい?」


車はいつまでも止まったまま。

夕焼けの空をカラスが飛んでいた。


きもちよさそうに、飛んでた。




〈夏芽の花〉



わたしのお母さんがまだ生きていた頃、こんなお話をしてくれたことがある。


「夏芽」っていうお花にまつわる伝説。


この町のどこかに夏芽が咲く。

そのお花は1年に1度、夏の季節にしか咲かないお花。


夏芽は、かみさまが撒いた種からしか咲かないから

誰も見たことが無いお花なんだって。


だから、夏芽を見た人は願い事が叶うの。


そんな言い伝えがこの町にはある。


私がその話をすると、男の子たちの家族はみんな不思議だ~って言って顔を見合わせてた。


私がお母さんからもらった数少ないお話。

お母さんも夏芽の花の伝説を信じていて、私の為に探してくれたりした。


でもお母さんとお父さんは夜、高熱を出した私を病院に連れて行くために

車を運転していたら事故にあって、私だけが生き残った。


病気の私が生き残り、健康だったお父さんとお母さんが死んだ。


それから私はずっとこの場所にいる。


6つあるベッドのうち、一番窓に近いベッド。


最初はそこしか空いていなかった。でも、だんだん他のベッドが空いていった。


私にはおばあちゃんがいたからいつもお見舞いに来てくれて、

美味しい果物を食べさせてくれたりもした。



あの子たちが帰ったあと、私はまたいつものようにおつきさまを見上げる。

今日は少しだけ雲がかっていて、お月さまがマフラーしているみたいだった。

夏なのに。


「・・・ななせと、仲良くしてあげてくれるかしら?」


向かいのベッドから、男の子のお母さんが声を掛けてくれる。

ななせ・・・。あの男の子の名前は、そごう ななせ くんと言った。


「あの子、ああいう性格だからなかなか友達も出来なくて」


ななせくんのお母さんは目を細めて言う。なんだか疲れているみたいだった。


「・・・仲良くしますね。わたしもななせくんみたいな性格だからいいおともだちになれると思います」


私がそういうと、ななせくんのお母さんは満面の笑みを見せてくれた。

その笑顔が、私にとっても懐かしい笑顔に思えて私は目を逸らす。


ここに来る人、つまり入院する人たちがどういう人たちなのかを私は知っているから、胸が締め付けられそうになる。


みんな、いつも最後は笑うんだ。


お願いだから、そんな風に笑わないで。

お願い、だから。



おつきさまは、全部雲に覆われて空に光が無くなった。


明日も、ななせくん、くるかな・・・。



〈 きせき 〉



まだうすぐらい朝の時間。ぼくとおとうさんは電話の音で目をさました。

その電話は、病院からでおとうさんの目がどんどん赤くなるのが分かった。


おかあさんのいしきがなくなった。


おとうさんはそういうと、大急ぎでパジャマを着替えてぼくも洋服に着替えた。

何も食べずに病院にいった。



朝陽が見えた頃、病院に到着する。

病室にはお医者さんが2人、看護師さんが2人、あきらちゃんはもう起きていて目を閉じたまま反応しないおかあさんのことをじっとみつめてた。


ぼくはあきらちゃんと目が合う。あきらちゃんはすごく寂しそうな目をしてた。


「先生、妻は・・・」

「大変申し上げにくいのですが、このまま意識が戻らない可能性が・・・」


ぼくには何が起きているのか分からない。

だって、おかあさんは寝ているだけじゃないの?

昨日の夜までげんきだったよ?


どうしてみんな、そんなにかなしい顔をするの?

どうして、おとうさんはまた泣いているの?


「奇跡を信じるしか、ないかもしれません」


お医者さんは、そんなことを言ってから4人とも出て行った。


ぼくも、おとうさんも、あきらちゃんも、

ただ何も言えずにおかあさんのことを見つめるしかできない。

おかあさんの手を握る。まだ温かい。

おかあさんの手は柔らかくていつもあたたかくて大好きだった。

でも、今のおかあさんの手はとても痩せていて硬い。


ぼくはその硬くなった手をぎゅっと握った。


「・・・きせき・・・」


ふと、あきらちゃんが呟いたのが聞こえた。

そのあとで、あきらちゃんが点滴の管をはずしていく。


「なに、してるの?」

「ちょっと、外の空気を吸いに」


そう言うと、あきらちゃんはゆっくりとふらふらな歩き方で病室から出て行った。

病室には、ぼくたち家族だけになった。



〈山の頂上〉


朝、わたしのことを起こしたのはぴーーーという電子音。

聞き覚えがある。これは、心臓が止まったときになる音だ。


ぼんやりとした頭がはっきりすると、わたしはすぐに先生を呼んだ。

ななせくんのおかあさんの心臓が止まっていた。


すぐに先生が来て、救命措置をする。

先生の必死が伝わったのか心臓が動き出したことを伝える電子音が同じテンポで

ぴっぴと鳴った。


そのあとすぐに、ななせくんたちが病院にやってきた。

ななせくんは何がなんだか分かっていないみたいだ。


意識が戻らない可能性が・・・・・。


先生の宣告に私も目を瞑る。

昨日の笑顔が頭をよぎった。


どうして、みんなわたしの前からいなくなっちゃうんだろう。

どうして、最後に笑顔になるの?

どうして・・・


「奇跡を信じるしか、ないかもしれません」


わたしはハッとする。


先生の言葉が響く。

奇跡を・・・?

奇跡って、なに?

奇跡が起きれば、あの笑顔が最後じゃないってことになる?


わたしは、どうしてもあの笑顔を最後になんてしたくなかった。

もしかしたら、またこの病室でひとりになるのがこわいからかもしれないけど。


ななせくんが、力強くおかあさんの手を握っている。


このあと、大切な人の死が待ち受けていることを彼は多分知らない。

知ってしまったら、彼の笑顔は・・・。



わたしはかんがえる。きせきのありかを。


そして、遠くからその声は聞こえた。


――・・・夏芽

――ここだよ



「・・・きせき・・・」


あの山の頂上だ。


わたしはすぐに点滴を外す。わたしにはあまり意味が無い点滴だ。

長い間、ベッドの上での生活だったから立ち上がるのも一苦労。


それでもなんとか立ち上がり、歩き出す。

一歩一歩が不安定。


「なに、してるの?」

「ちょっと、外の空気を吸いに」


咄嗟に思いついたうそを許してほしい。


急ごう。


もし、あの場所に奇跡があるのなら

わたしは、それを確かめたい。



誰にもみつからないように病院を抜け出して、裏山へと入っていく。

山頂までの道は整っているから道なりに進んでいくだけ。


それでも、わたしは何度も転んだ。足の筋肉はかなり衰えていた。


近くに木の棒が落ちていて、杖代わりにする。少しだけ楽になった。

入院してから初めての外出。外の空気はとても澄んでいておいしいと思った。


太陽は燦燦だけど、木が影を作ってくれるから涼しい。

でも、喉は渇く。朝起きてからずっと何ものんでない。

限界が近づいていたとき、かすかに聞こえた沢の音。

わたしはその音に向かってまた歩く。

沢に辿り着くと、両手ですくうようにして水を飲んだ。綺麗な水だった。


また歩き出す。

歩く。歩く。まだ歩く。

永遠に思える坂道を、1歩ずつ。



どのくらい歩いただろう。

朝、病院を出たのにもうあたりは夕暮れだ。

きっとみんな心配してるかな。

そごうさんは、まだ大丈夫だよね。


はやく、行かなくちゃ。


頂上へ・・・。


いそが・・・なく・・・・ちゃ・・・・。



〈ねがいごと〉



あきらちゃんが帰ってこないと、ぼくがお医者さんに言うと何人かのお医者さんと

看護師さんが慌てて飛び出していく。


ぼくもしんぱいになって、おとうさんの言うことを無視して外へ出た。


辺りはもう夕焼けで、ヒグラシが鳴いている。

どこにいっちゃったんだろう。

ぼくは病院の外をぐるりと見渡してみる。


すると、山のほうでキラッと光ったのが見えた。あの石碑だ。


「あきらちゃん・・・」


ぼくの記憶にあきらちゃんがしてくれた言い伝えの話が思い浮かぶ。


「・・・夏芽・・・!?」


なんとなく、ぼくはあきらちゃんがあそこにいると感じた。

ぼくたちのおかあさんのために、探しにいったんだ。


ぼくは山に向かって思い切り走り出す。

かけっこはいつもビリだ。それでも転んだことはない。


頂上へ続く山道をぼくは必死に駆け上がる。

足がどんどん重たくなる。

立ち止まる。


また走る。走る。走る。


夕日が沈んで、オレンジ色が無くなった。

急ごう、真っ暗になる前に!


大きく手を振って、出来るだけ足を前にのばして。


あと少し、もう少しっ!!



「はあ・・・はあ・・・っ」




ぼくの視界が開けた。


月の明かりが差し込む頂上。


夜とは思えないくらいに明るい。


ぼくにメッセージを送ってくれた石碑の前に

あきらちゃんが倒れていた。


「あきらちゃんっ!」


ぼくはよろよろの足であきらちゃんに駆け寄る。


「あきらちゃん!だいじょうぶ?どうしてここに?」


あきらちゃんはゆっくりと目を開ける。

ぼくと目が合うと、ちょっとだけ笑った。


「・・・みて・・・」


指を差した方向。

満月の真下。



オレンジ色の綺麗な花が、ひとつだけ咲いていた。



「なつめ・・・さいてる・・・よ」


あきらちゃんはぼくの肩を借りて立ち上がると、花の前に向かう。


ぼくも見たことが無い、綺麗な花だった。


花の前にぼくらはしゃがむと、あきらちゃんが手を合わせて何かを呟いた。

ぼくには何も聞こえなかった。


そして、あきらちゃんはその花を地面から引き抜いた。


「・・・帰ろう、ななせくん。これできっとあなたのおかあさんは大丈夫」



〈 夏芽 〉



頂上に辿り着いたとき、わたしの意識は遠くなった。

やっとここまでこれたのに。


何度も体を動かそうとしても言うことを聞いてくれなかった。

今の瞬間まで、自分が病気だということを忘れていた。


夢中になって歩いたのに夏芽を見つけられなかった。

悔しくて涙が出る。泣いたのはいつぶりだろう。

そのままわたしは気を失っていった。



「・・・ちゃん!」



誰かがわたしを呼んでいる。誰かな。


「あきらちゃん!だいじょうぶ?どうしてここに?」


この声は、ななせくんか。

・・・来てくれたんだ。


体は動かない。でも、わたしの目には確かにそれが映った。

本物かどうかなんて分からない。見たことが無いから。

言い伝えでしかないから。


それでもわたしにはその花が「夏芽」だってことがわかった。


ななせくんに助けを借りてお花の前に。


このお花はかみさまのものだから願いを叶えてくれる。そういう言い伝え。



わたしのお願い事。



ななせくんのおかあさんが、げんきになりますように。



みんなが笑顔でいてほしいです。



・・・ななせくん、夏芽を届けよう。


2人で、いっしょに。



〈夏に出会った少女〉



あの日から、1ヶ月。

おかあさんの体の調子は見る見るうちによくなって、

お医者さんも本当に奇跡がおきたって言っていた。

まっきがんっていう病気もなくなったみたい。


今もおかあさんのベッドのところには夏芽が元気いっぱいに咲いている。

辞典で調べたけど、やっぱりどこにも載ってなかった。


あきらちゃんは、あの日に無理をしすぎたせいで寝ていることが多くなったけど

起きているときは折り紙をしたり、ぼくの学校でのお話をしたりした。


そうしている間、あきらちゃんはいつも楽しそうに笑ってくれた。



そして、おかあさんの退院が決まった。

退院の前日、ささやかな退院祝いをぼくらとあきらちゃんでやった。



***



「ななせくんは、なつやすみの宿題、もう終わったかな?」

「えーっと・・・」

「なんだー、ナナセ!お前来週から学校だぞ?」

「えーっと・・・」

「もうナナセったら。・・・本当にありがとうね、アキラちゃん」


おかあさんがわたしの手を握る。

本当に温かい手。やわらかくて優しい手。

多分、そごうさんはこの花のことを信じているからわたしに対してすごく申し訳ない気持ちを持っているんだって分かった。


そうじゃなきゃ、泣かないよね。


笑ってください。

その笑顔は最後じゃないって分かるから。


わたしも笑うよ。


病室には、ずっと笑い声が響いてた。


***


楽しかった夜が明けて、そごうさん一家がこの町を出て行く日。

朝早くから、ななせくんが来てくれた。


「これ、お水かえてくるね!」


ななせくんは夏芽の花瓶のお水を替えてくるとパンパンと手を合わせて何かを願う。


「なに、おねがいしたの?」

「えっとね、あ、おねがいごとは人に言っちゃうと叶わなくなっちゃうから

 ひみつ!」

「え~。どうせ宿題がおわりますように、とかでしょ~」

「ちがうよっ!」


頬を膨らませて強がっているななせくん。


そんな彼をみていると、なんだか胸の辺りが苦しくなった。

いろんな想いが、あふれてくる。


ななせくん。


・・・ありがとう。いつも笑わせてくれて。

・・・ありがとう。たくさんお話してくれて。

・・・ありがとう。お友達になってくれて。

・・・ありがとう。出会ってくれて。


・・・ありがとう。願いを、込めてくれて。



「おーい、ナナセ~」


ななせくんのご両親がやってきた。わたしたちは最後の挨拶を交わして、

お互いに握手する。


ななせくんからお手紙をもらった。

おかあさんからは思い切り抱きしめられた。

おとうさんからは頭を撫でられた。


この家族のやさしさとあたたかさが、わたしを包んでくれる。



だから、お願い、もう行って・・・。

最後の最後で泣いちゃうから・・・。



ぜったいに、笑って見送るんだ。



バイバイ、ななせくん。


ばいばい、あきらちゃん。



病室の窓から身を乗り出して、大きく大きく手を振った。

ななせくんも、そうしてくれた。


彼らの車が見えなくなるまで。


見えなくなるまで、涙はこぼさないよ。






じゃあね、さようなら。





〈夏が終わる。〉



「ねえ、おかあさん」

「・・・なあに?ナナセ」


「どうして、泣いてるの?寂しいの?」

「・・・ごめんね・・・あきらちゃん・・・」

「あきらちゃん?・・・ねえ、またあきらちゃんには会えるよね?」

「・・・うぅッ・・・」

「だって、おかあさんのびょうきもなおったんだよ?ぼく、夏芽におねがいしたもん!」



――あきらちゃんと、またあえますように。――



おかあさんは、ぼくを強く抱きしめる。

助手席の窓から、あの石碑が見えた。


もう、それはキランっと光らなかった。



車は進む。


ぼくらが住む街に。



今年も夏が、終わる。

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