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鬼のユメ  作者: 縹まとい
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幕間・凪ノ壱

 俺は、酷いエゴイストだ。

 どんなに苦しめても、どんなに涙を流させても、俺は自分だけを見ていて欲しい、他の誰にも目を向けて欲しくない。誰よりも、何よりも、俺は 京の全てを独占したい。

 その為なら、俺は、何でもする。

 例えどんなに悲しませても、俺は京に決して忘れさせない傷を付ける。

 俺は、京の涙が好きだ。

 俺は、京の美しい泣き顔が好きだ。

 俺が初めて京に出会った時も、京は涙を流していた。息をするのも忘れるほど、俺はその美しさに心を奪われた。

 陶器のように滑らかで透き通るほどに白い肌、黒く艶やかな髪、吸い込まれれそうなほどに深く美しい漆黒の瞳。

 薄氷のように儚げなその姿は、不釣合いな荒れ果てた岩場にゆらりと佇み、吹き付ける強い風が髪を乱し、その瞳からはハラハラと涙を散らせた。

「ごめんなさい…」

 心を抉るほどに悲しみに満ちた言葉。

「ごめん…なさ…い…」

 嗚咽が言葉を遮る。

「なぜ、泣くの?」

 俺はその時まだ数えで五つになったばかりで、とても不思議だった。何故、喰人鬼が人を喰らった後に泣くの?どうして謝るの?

 何故?

「どうして、悲しいの?」

 もし、この場で泣く者が居るのだとしたら、それは俺ではないのか?親代わりに俺を育ててくれた師匠を手もなく殺された俺ではないのか?

 その美しい鬼は俺の姿を認めると、一瞬驚いたように目を見開き更に大粒の涙を流して消え入りそうな声で呟いた。

「ごめんなさい…」

 あたりに吹き付ける風が一層強くなり、濃い闇と瘴気を連れてきた。涙に濡れた美しい鬼はその中に溶けこむように消えていく。

「待って!」

 追い縋ろうとした俺の小さな手は宙を切った。もう、二度と会えないのかと思うと酷く悲しく、キリキリと心臓が締め付けられて痛かった。一緒に消えてしまいたかった。

 だが俺はその時、ふと師匠が今度の退魔の仕事を請けた時の言葉を思い出した。『十八年ごとに現れては人を喰らう鬼』を滅するのだと。

 ならば十八年後、俺は再びこの場に立つ。

 強くなる。強くなって見せる。

 俺はあの涙する美しい鬼を他の誰にも渡したくはない。

 ダカラ

 俺ハ

 誰ヨリモ

 強クナル。

 それからの俺は、ただひたすらに美しい鬼の面影を追い続け、修行と退魔の修練を積んだ。少しでも面影が重なれば禁を冒して女を抱いた事もある。

 だが、日を追う毎に心は掻き毟られ苦しさだけが募った。焦りが脳裏を過ぎる。

 会いたい、会いたい、会いたい、会いたい。

 今頃、あの美しい鬼は何をしているのだろうか?また涙を流しているのだろうか?傍に行きたい、触れてみたい。

 それが例え自然の慣わしに背いたとしても、神に背いたとしても、構わない。

 俺は、あの美しい鬼が欲しい。

 長い十八年が過ぎた。どんなに待ち望んだ事か、どんなにこの時間に焦がれた事か。

 俺は再びあの岩場に立っていた。

「出てこい、居るんだろう?人を喰らう、鬼」

 あの時と同じ、濃い闇と瘴気を含んだ風が吹き抜ける。

「何故、私を呼ぶ…?」

 闇の中から追い求めた者の姿が、ゆらりと現れた。心臓が高鳴って、今にも口から飛び出しそうなほどに早鐘を打つ。

「お前を退治しに来た」

 知らずと笑みがこぼれる。

「最初に聞きたい。鬼、お前の名前は?」

 酷くうろたえ、困ったように今にも泣き出しそうな顔をする。

「…名など、ない」

「そうか。ならば、お前の望みは何だ?何故人を喰らう?」

「それは…」

 唇をかみ締め、俯く。

「…人に、なりたいから。人を喰らえば、人になれると聞いたから」

「そうか。人になりたいのか。でも、何故?」

「分からない。でも、私は人になりたい…」

 着物の袖を握り締め、必死に訴えるその表情はあまりにも真摯で純粋だった。俺はこの時、永遠にこの美しい鬼を手に入れる方法を思い付く。

 ただ単純にこの世界から消し去ってしまうのはあまりにも容易い。だが、この鬼に俺を恋焦がれさせ永遠に求め続けさせる事が、本当に手に入れる事なのではないか?

「ならば、俺を喰え。これから先、ずっと、何回でも俺はお前の為にだけ生まれてこよう。その代わり、決して俺以外には手を出すな。十八年に一度、必ず俺の体をお前にくれてやる。これから先ずっと、永遠にだ」

 俺以外の他の誰かに触れるなんて許さない。俺以外を求めるなんて許さない。

「そんな…」

「もし、その約束を守れるのならば、十八年の間、限りなく人間に近い生活が出来るようにしてやろう」

「…出来るの?そんな事が、本当に?」

そう、俺以外の為に涙を流すなんて許さない。

「出来るさ。…守れるんだな?」

 俺は戸惑いながらも、嬉しそうに頷く鬼に『京』と名を付けた。俺は京と血の契約を交わし、この日のために学んだ退魔流派中秘中の秘である禁呪を使った。永遠に京を俺だけに縛り付ける呪法。

 そう…永遠に、俺だけに。

 俺は京と共に居るためならば、手段を厭わない。

 どんな事でもしてやる。

 例えそれによってどんな苦しみが訪れようとも構わない。俺は、京と生きる道を選んだのだから。

 だから、待っていてくれ。京が望む限り俺は必ずお前の元に戻ってくる。

 必ず、京の元に…。


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