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黒の章 第五話 いつもと違う朝

一日振りの教室がいつもより広く感じたのは、クラスメイトが5人も居ないからだ。


朝のホームルームで、担任の高田先生は事件を事故として説明した。


内容は随分と脚色されていた。


理科準備室で小火があり、小さな爆発で毒ガスが発生して、それを吸ってしまったクラスの五人が病院へ運ばれた、というものだった。


それでも皆、ショックを隠せないでいた。


殆どの生徒が休み時間になると少人数で集まり、いろいろな憶測を立てていた。


公彦はというと、席に座ったまま頬杖を付いて昨日できた頬のアザを撫でていた。


夕べは彩香から電話が掛かってくるのを一晩中待っていた。


ルール違反だと判ってはいたが、以前、奥原菜月が携帯で彩香の携帯番号を表示しているのを盗み見た。


休み時間に大きな声で独り言を言いながら、後ろに座っていた公彦に見え易い角度でその画面を出した時があって、気付かれないように必死に覗き込んで、素早く暗記して自分の携帯に登録しておいたのだった。


しかし電話する機会も無く、そのメモリーを見るたびに虚しくなるだけだった。


が、遂に夕べ、電話をかけてみた。


彩香の携帯に公彦の番号が登録されているはずも無く、電話に出るかどうか、また、出てもどうして知っているのか、説明に詰まる恐れも十分あったのでかなり緊張してボタンを押したのだが、結局留守電だった。


「俺、中澤だけど。みんな心配してるぞ。何があったんだ?おれ・・・連絡待ってるから」


メッセージはそこで時間切れになった。


上手く言えたか、変な声になっていないか心配だったが、それ以上に返事を待つ夜の長さを始めて経験した。


事件の内容について一切口外しないようにと、先生と刑事から厳重に口止めされていたし、現場から搬送されるクラスメイトを直接見てしまった公彦にとっては、彩香が何かとんでもない大きな事件に巻き込まれているのではないか、と今まで感じたことの無い大きな不安に押し潰されそうになりながらの、とても長い夜だった。


一昨日の、おっさんの方の刑事は教えてくれそうもないし、若い刑事ならどうかな?警察はやっぱり駄目だろうな。


病院へ一緒に行った岡野先生なら何か知っているかも、でも担任が口止めしていることを教えてくれる筈も無いか。


等と色んな考えを巡らせながら、頬杖を付いた姿勢で黒板の一点を睨むように見つめていた。


「ねえ、ちょっといい?」


振り向くと、エミリが珍しく一人で居た。


「なに?」


「ちょっと来て」


「此処じゃ駄目?」


「いいから来て」


いつもの事だが、なぜか上から目線で物を言う。


断ると余計にうるさそうなので、仕方なくエミリに従った。


階段を降り始めて何処まで行くのかと思っていると、踊り場で急に立ち止まった。


「博物館でのこと、刑事に話したでしょ?あの子なんて言ったの?」


「見たままを話したよ。変に疑われても嫌だからな」


素っ気ない返事に、エミリは少しムッとしたのか唇を噛んだ。


キレイだが冷たい印象の顔だ。


「気が付いてたんだけど?」


「なにが?」


「博物館であの時、体は動かなかったけど意識はあったの。だから分かってたの」


「へぇ、そうだったんだ。って何が?」


「あの事、言いふらしても良いんだけど?」


「だから何をだよ!」


「私の胸を触ったってことよ!」


「はぁ?俺は先生を呼びに行ってたから何もしてないって!」


「うそだね。見えてたんだから」


「俺じゃないって」


「こんなこと皆が知ったらどうなるかしらね?イメージガタ落ちでファンが居なくなるよね、絶対に!」


語尾と目に相当な力が入っている。


「学校の人気者を気取ってるけど、本当はただの変態でした。なんて皆が知ったら・・・、考えてみなよ、人気者だった分、逆に嫌われるんだよ!」


そう言うエミリの顔は勝ち誇っていて、まさに鬼の首を取った顔そのものだ。


「べつに・・」


「あいつが知ったらなんて思うかナ?」


「え!?」


あいつ、にピンときた。


まぎれもなく一倉彩香のことを言っている。


誰に何を思われても全く構わない、自分に真実があれば何を言われても怖くはない。


しかし、一倉に幻滅されるのは断固回避しなければいけない。


公彦の顔から瞬時に赤みが消えた。


その表情の変化をエミリは見逃さなかった。


「ムカつく!黙っててほしいなら今日の放課後ちょっと付き合って」


「えぇぇ?」


「そんな嫌な顔しないでよ!とにかく放課後、いいわね!」


鋭い眼光とその言葉を残してエミリは走り去っていった。


足音が遠ざかっていくのをぼんやり聞いていると、普段より大きな音で鳴るチャイムに公彦は我に返った。


慌てて踵を返し教室へ向き直ったが、エミリの目力のある眼差しは残像となり脳裏から離れなくなっていた。


混乱したまま教室に戻り席に付くと、頭を抱えて猫毛の髪をグチャグチャにした。


「何だよそれ・」



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