ルアン、家出する。
祭りの夜、タフィの町で瀕死の4名の人間(魔物との混血)が見つかり、いつも晴れることの多いお祭りの雨と関連づけて語られはじめた。
翌朝、アステルはルアンを探している。
「ルアーン おかしいな……」
アステルは城を隅々まで探している。
魔力で探知しながら、自らの足でも。
「トゥリ、ちょっとぼくを殴ってくれる?」
トゥリは間髪入れずにアステルの頬を平手打ちする。ミーロは、心臓が跳ね上がる。
(ボク以外、見ていない……!? 見ていないよね……!? 本当に父様を神様だって微塵も思っていないんだ……トゥリフェローティタ……何者????)
アステルは赤くなった頬をさすりながら、うつむく。
「おかしいな。やっぱり、ぼくと彼の接続は切れている。
ルアンは本当に、魔王城にいないみたいだ」
ミーロが朝、ベッドで昨晩をともに楽しんだスライムとゴロゴロしていたら急にアステルが訪ねてきた。ミーロは、昨日冷たくしたところなので気まずかったが……アステルはそれどころではなさそうで、「朝早くごめんね、ルアン来てない?」と言った。
ミーロには、トゥリが既にアステルのとなりに居る理由はよくわからなかったが、そこから3人でルアンを探している。
「ぼくに黙ってどこか行くなんて……帰ってきたら酷いんだから」
拗ねているアステルに、トゥリは聞く。
「どう酷いんですか?」
「え? うーん……」
アステルは「酷くする」とは言ったが、すぐにはルアンへのお仕置きを思いつかないようだ。
(すぐにお仕置きを思いつかないなんて、アステルはなっていないな)
トゥリはお仕置きされたら嬉しいので、ルアンもお仕置きされたら嬉しいと考えているようだ。
トゥリはあっけらかんと言う。
「アステル様が日々その調子なのでしたら、愛想尽かして、家出したんじゃないですか?」
「「ええっ!?!?」」
アステルとミーロは、トゥリの発想に驚く。
「そんなわけないよ、冗談きついよトゥリ。
ルアンだよ? ルアンがぼくから離れるわけがない」
「何か、心当たりないんですか?」
(心当たり……)
アステルの目の前に、トゥリがいる。
ルアンが嫌っている、銀髪の美少年。
(心当たり……ある!)
アステルだけが知っていた。
昨晩、トゥリフェローティタと添い寝したことを。
アステルは、アステルだけが知っていることだと思いたかった。だが、ルアンは夜遅く、アステルのところに帰ってきたのかもしれなかった。
(ルアン、トゥリと添い寝しているぼくを見たのかもしれない。それで――ぼくが約束を破ったから、ルアンは怒って、いなくなっちゃったのかも!)
アステルはひとりで、大慌てしだす。
ルアンは、タフィの町のタフィ教会にいた。
カラフルな祭壇の前。上座に、狼らしく座るルアンの前には、すこし離れてタフィ教会の長老をはじめとして、そうそうたるメンバーがいる。
全員がルアンに向かい、手を床につき体を低くして顔を伏している。
教会の中に魔石による灯りはない。彩光のための高窓からのみ光が差し込んでいる。祭壇に飾られた色とりどりの花々や鳥をモチーフにした飾りが、高窓からの光に照らされている。
狼のルアンはタフィ教会に、神獣扱いされている。いつのころからだったかルアンは覚えていない。昔は誰に気にされることもなく、タフィの町を闊歩できた。ここ200年ほどの間に、アステルと共にいるところを2度ほど目撃されてから――徐々に「アステル様の前触れ」「アステル様の御使い」と、有り難がられるようになっていった。
「これはこれは、なんとありがたい。
ルアン様が町まで降りていらっしゃるとは……」
ルアンは、見物しに来ただけだった。
アステルの悪口を言ったという若者たちをだ。
どんな顔をして、どんなことを言ったのか?
確かめにきただけだった。
「ええ、ええ、わかっております。
不届者たちのことですね」
縄でしばられ、猿轡をはめられた少年たちが4人、ルアンの前に運ばれてくる。
ルアンから見たら、相当なひよっこたちだ。
タフィ教会の者たちは、ルアンに頭を下げたままだ。長老が、ルアンに話す。
「さあ、ルアン様。どうぞ彼らに罰をお与えください」
ルアンは、困る。
ルアンは別に、アステルに実害がなければそれでいいのだ。
「ルアン様? この者たちはタフィ教徒として、口にしてはならないことを口にした者たちです」
ミーロから、何人かの魔物を経由するかたちで、タフィ教会に連絡がいったのだろうと、ルアンは察する。
だが、彼らが『彼らの神』を侮辱されて、心の底から怒っていようと……ルアンはべつに、怒ってはいないのだ。
だって、当のアステルは怒っていないのだから。むしろタフィ教に違った価値観がもたらされ、面白く思っているようだ。
ルアンがここに来たのは、ただ、単純な興味だ。それから、確認だ。本当にアステルに実害をもたらしそうな者でないかどうか。
それだけが、ルアンにとって大事なことだ。
ルアンは、紺色の大きな狼を見てガタガタ震えている『ひよっこたち』を見つめる。ルアンがかつて人間で、タフィの村の教師であったころの、教え子に近い年齢の者たちだ。
ルアンは祭壇の前に四つ脚で立ち、天に向かい、長く、遠吠えをする。
ビリビリ。
ルアンの声の大きさに、教会が揺れる。
ルアンは吠えたあと、あくびをひとつすると、もう一度、座り直す。
教会の中はシン……と静まり返る。
「おお、ルアン様。この者たちをお許しになられるのですか」
ようやく顔をあげた長老の目は、感動の涙に濡れている。
「みなのもの。ルアン様はお許しになる、とのことだ。寛大な御心に感謝し、この者たちの再教育は、我々にて行おう」
『再教育』とは、洗脳に近いものだろうとルアンは察する。もしかしたら、トゥリが知れば目を輝かすような拷問かもしれない。
アステルが知れば悲しむだろう。『やめろ』と言いたいルアンだったが、タフィ教がこうなのは今にはじまった話ではない。
ルアンが人間の頃から、タフィ教は苛烈な一面を持つ宗教だ。
アステルを守る砦でありながら、魔王に背く者に、アステルの意向を問わず、厳罰を与え続ける。
ひよっこたちが連れて行かれるのを、ルアンは悲しげに見送る。
ともかく、ルアンが許したのだ。
殺されはしないだろう。
「ルアン様の寛大な御心に感謝いたします」
ルアンの前に、ご馳走が運ばれてくる。
一般的な狼の魔物が好みそうな生肉ばかり。
ルアンは、しゅんとする。
「ルアン様、こちらに果物もございます」
(そうそう、これこれ)とルアンは機嫌を良くする。ガツガツと果物を食べる。
すごいはやさで2-3種類の果物を食べたところで、タフィ教徒たちと必要以上に馴れ合うべきではないと思い直す。
「こちらに、アステル様への捧げ物もありまして――あっ」
ルアンは、捧げ物のなかから甘いにおいのする包みを見つけると、口にくわえて教会を去る。
『ルアン様は肉には口をつけず、果物のみを食した。そして、我らの捧げ物を魔王様にお運びくださった。』
記録係が筆を走らせる。
『まさに、理想のタフィ教徒の姿を体現したようなお方だ。』
ルアンがタフィ教徒であったことなんて、ただの一度も、ない。
ルアンはずっと、アステルの従者で、親友だ。
ルアンはタフィの町を一望できる崖の上へ行く。そこで、捧げ物の包みを開ける。中身はルアンの思った通り、タフィ伝統の甘い菓子だ。
ルアンはそれを喜んで食べる。
アステルに渡したら「ルアンの体に悪い」と、取り上げられてしまう。そしてきっと、アステルは自分では食べずに誰かにあげてしまう。
下手したら、トゥリフェローティタにあげてしまうことだろう。アステルは、あの魔物の赤子を可愛がっているから。
ルアンは菓子を食べながら、タフィの町を見下ろす。
ルアンが人間として、そして子オオカミとしてタフィの村で暮らした時代から、長い長い年月がたった。
村は町になり、どんどん発展し、拡大していった。
結界に守られた町の拡大は、魔物たちの繁殖の成果でもあったが、魔物が魔物らしく外の世界で生きることが、困難な道であることの証明でもあった。
ルアンは、大きな町となったタフィの全景を眺めるたび、昔の、小さくてのどかな村の景色を思い出し、時の流れを感慨深く思った。
雲行きがあやしい、とルアンが空を見上げた途端、ぽつ、ぽつ、と雨が降り始め、瞬く間にひどい豪雨となった。
激しい雨に打たれ。
早く帰ればよかった、とルアンは後悔する。
近ごろ、天気がコロコロ変わりやすい。
ルアンは、タフィの町から去る。
遅くなってしまった、と魔王城へと走り――
「ルアン!!!!」
魔王城の敷地に入った途端、アステルが転移してすっ飛んできて、ルアンは度肝を抜かれる。
ぎゅううううっと、身を粉にされそうなくらいにハグされる。いつもの優しいハグではない。もうもうもう、絶対に逃さないぞ、というくらい、力のこもったハグ。アステルの手、それから腕の力強さに、ルアンは驚く。
こんなハグはいつぶりだろうか?
わあっとアステルは泣きだす。
土砂降りに呼応するように、わあわあ泣いている。なにごとだ。わけがわからずルアンは、ルアンの紺色の体を強く抱きしめたまま泣いているアステルに、気づく。
この豪雨は、アステルのせいだと。
「おじさま、よかった〜〜」
傘(魔法で傘を差した範囲が土砂降りの影響を受けないようにしているようだ)を差したミーロが、遅れてやってくる。なぜかトゥリフェローティタと相合い傘をしている。
「ほら、トゥリがおじさまが家出したなんていうから……」
豪雨で、ミーロの話が半分くらいしか聞こえない。
なんの話だ、とルアンは困惑する。
家出なんてするわけないのに。
トゥリの妄言をなぜアステルが信じるのかが、ルアンには理解できなかった。
理解できなかったが、魔王城に帰ってきて、ミーロ&トゥリと別れ、言葉少ないアステルと魔王城温泉に入ったあと、アステルの寝室に足を踏み入れ。
そこでルアンは、気づく。
ずっとアステルの様子がおかしかった理由。
アステルは、ルアンに黙ってトゥリを部屋に入れた。しかも、ベッドに寝かせた、ということに。
(……)
振り向きアステルを見ると、ぼそぼそ、と言い訳をしている。
「トゥリがお酒を飲んで寝ちゃったんだ。それで、その……きみとの約束を守ろうとしたんだけど、ええと、その……魔力が勝手に……」
声はどんどん小さくなり、最後の言葉は、狼の耳でなければ聴き逃していたことだろう。
アステルは、ルアンが久方ぶりに見るような、真っ赤な顔をしている。
『魔力が勝手に』
ルアンは呆れかえる。
心の底から、トゥリと添い寝したかったらしいアステルに。
「ごめんなさい、ルアン」
この場面をタフィ教会の面々が見たら、どう思うことだろう? とルアンは思う。
ただの狼の魔物に心から謝罪する、魔王がいる。しかも、赤子の魔物と添い寝したというおかしな理由で。
「……噛む?」
アステルはルアンに両腕を差し出す。
「ぼくのこと、噛んでもいいよ、ルアン」
アステルは、かすかに震えている。
以前、記憶に残るように、ひどく痛めつけたから。痛みへの恐怖から震えているようで、ルアンの胸は痛む。
アステルには、トゥリといた痕跡を消すことなんて、造作もなかったはずだった。
「……」
ルアンはぷいっと視線をそらして窓を見に行く。アステルを噛みはしなかった。
窓の外は、引き続き、雨が降っている。
ルアンは、アステルを振り返る。
困惑の表情だ。
アステルは、ルアンのそぶりに、気づく。
ルアンが以前ほど、トゥリを嫌っていないということを。
アステルの青い瞳は、きらっと輝く。
「ルアン……きみ、トゥリのこと、認めているの?」
ルアンは、否定しない。
「きみ、トゥリのこと、認めてるんだ!」
アステルは喜ぶ。
ルアンは雨が止んだことに、気づく。
急な土砂降り。急な晴れ。
空には綺麗な虹がかかっていることだろう。
なんて身勝手な、仕方のない、神様なのだろう。なんて仕方のない神様に、ルアンはアステルを、育ててしまったことだろう。
アステルはぎゅうっと、窓のそばのルアンをハグする。今度は、優しく。ルアンの、光に照らされるもふもふの毛に、そっと力をかけるように。
「そっか、そっか! えへへ……。
じゃあぼく、ぼくがトゥリと添い寝したとしても」
ガブリ。
ルアンは、アステルの肩を甘噛みする。
(それは嫌です、それはダメです)
というように。




