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第十二話 召喚勇者は謀略家!

ギャグまでの前置きが長くなってしまいました。



「四神流! 四神烈風陣!」


 神殿の一室に暴風が吹き荒れる。

 その暴風に巻き込まれた者は、その(ことごと)くが地を()う事となった。


「後……、一人!」


 特待生が息も絶え絶えに言う。

 特待生は、全身数か所に投げナイフが突き刺さり、切創(せっそう)の数は数えきれないほどだった。


「治らない⁉ 何でなの⁉」


 特待生の背後に(かば)われる形の新聖女が悲痛に叫ぶ。

 新聖女は、暗殺者の凶刃に倒れた彼女の護衛を必死に治療しようと試みているが、護衛達は目を覚ます様子が無い。


「新聖女様……。落ち着いてください」


 特待生が声を掛けるが、新聖女は闇雲に癒しの力を使うばかりだった。

 特待生は油断なく暗殺者の様子を窺う。

 封鎖されたドアの外から何者かの声が聞こえる。

 ドアを突き破ろうとする破壊音も響いていた。

 満身創痍の特待生にも、そして、暗殺者にも時間は残されていない。


「四神流……」


 特待生が構えをとる。

 それに合わせて、暗殺者は両手にナイフを構える。

 一瞬の睨み合いの後、特待生が突進する。

 そして、それと同時に、暗殺者がナイフを投擲(とうてき)した。

 暗殺者の顔が勝ちを確信した様に不気味な笑みを浮かべる。

 ナイフは、特待生の背後、新聖女目掛けて投げられていた。

 だが、特待生の顔に(あせ)りはない。

 特待生が両腕を大きく広げる。

 特待生の両の(てのひら)にナイフが突き刺さった。


「四神流! 白虎六式!」


 一切の(ひる)みも、一切の苦痛も感じさせない声を響かせ、特待生が踏み込む。

 瞬間移動じみた凄まじい踏み込みだった。

 そして、その勢いを乗せた蹴りが暗殺者の腹にめり込む。

 暗殺者が吹き飛び、壁に激突した。

 それと同時だっただろう。部屋のドアが破壊され、幾人もの兵が突入してくる。


「無事か⁉」


 そう叫びながら、王太子が姿を現す。

 それを見届けた瞬間、力を使い果たしたかのように特待生の身体が崩れ落ちた。


「特待生さん!」


 崩れ落ちる特待生を駆け寄った公爵令嬢が支える。

 だが、特待生には、既に一握りの力さえ残されてはいなかった。

 ただ、浅い呼吸を繰り返すばかりだ。


「ッ! 治療を!」


 公爵令嬢が叫ぶ。


「頼む! 護衛達の治療を先にしてくれ!」


 公爵令嬢の叫びに重ねる様に、北の第三王子が叫ぶ。

 北の第三王子は悲痛な表情で、新聖女の護衛達の肩を必死に揺さぶっていた。


「貴様っ! 誰が一番重傷か見れば分かるだろう‼」


 王太子が怒鳴るが、北の第三王子は目を伏せるだけだった。

 なおも王太子が怒鳴ろうと口を開くが、特待生の声がそれを(さえぎ)る。


「……優先、される、命じゃ、ない事くらい、分かっています」


 息も絶え絶えの言葉に、彼女の肩を抱く公爵令嬢の手に力が入る。


「聖女、様。呪毒、です。呪いと、毒、両方、治さないと、いけません。……あの人達を、助けて、あげてください」

「………………」


 特待生の言葉に、無言のまま聖女が護衛達の元へ向かう。

 その表情は悔しさに歪んでいた。


「王太子、殿下……」

「ここにいるぞ!」


 王太子の声に、特待生が力なく笑う。


「報酬……、家族に、届けてください」

「約束する!」

「私……、弟が、五人、妹が、一人、いるんです」

「特待生さん! しっかりしてください!」

「皆、育ち盛りで、よく、食べるんです」

「しっかりしろ!」

「報酬、貰えたら、一緒に、美味しい物、食べに行こうって……」


 特待生の顔色は蒼白で、既に目の焦点も合っていなかった。

 何も映す事の無い瞳から、涙が流れる。


「ごめん、って、伝えてください……」


 その言葉に、王太子は自身の力なさを(なげ)く様に拳を強く握る。

 公爵令嬢は、そうしなければ逃げてしまうとでも言うかの様に、特待生の肩を強く抱いていた。


「聖女、様」

「助けます! 助けますから! 頑張ってください!」


 護衛達の治療を進めながら聖女が叫ぶ。


「私、もう一人、妹が、いたんです」

「………………」


 もう、誰も声を掛けられる者はいなかった。

 ただ、特待生の言葉だけが静かに響く。


(さら)われ、たんです。……守れ、なかったんです」


 誰もが悲痛な表情で話を聞いていた。

 懺悔(ざんげ)にも聞こえる彼女の後悔を聞くしかなかった。


「あの子の、泣き、叫ぶ、顔が、忘れられません」


 言葉が終わる。

 それでも、(かす)かに呼吸する音が聞こえる。

 そして、最後の力を振り絞る様に特待生が言葉を発する。


「今度は……、守れ、ましたか?」

「大丈夫です。きっと、貴女も……」


 言葉を詰まらせる聖女に、特待生が微かに笑う。

 そして、何も話さなくなる。

 呼吸が小さくなっていく。

 皆、顔を伏せた。

 もう、何もできない。

 そう思っていた。

 だが、一人。公爵令嬢だけは顔を上げた。

 そして、特待生に言い聞かせる様に、言葉を掛ける。

 ハッキリとした、良く通る声だった。


「追加報酬が出ます」


 特待生の呼吸が止まった。

 石像の様に身動き一つしなくなる。


「追加報酬が出ます」


 再びの言葉に特待生がピクリと反応する。

 いち早く状況を理解した王太子が追撃を仕掛ける。


「具体的には金貨百枚」


 特待生の首が異様な動きで回り、その両目で王太子の姿を凝視する。

 目の焦点はしっかりと合っていた。


「北の第三王子……」


 そう、声を掛けて、王太子が北の第三王子を凝視する。

 公爵令嬢も聖女も凝視していた。


「えっ……?」


 北の第三王子が、思わずといった風に声を上げる。


「………………」

「………………」

「………………」


 三人は無言である。

 だが、視線は雄弁に語っていた。

 そう、『金くらい出せよ』である。


「じゃ、じゃあ、我が国からも金貨百枚」


 無言の圧力に屈したその言葉に、特待生の身体が跳ねる。


「金貨……、二百枚!」


 死にかけのわりに金勘定(かんじょう)はできるらしい。

 その反応に、王太子が畳み掛けに入る。


「新聖女の護衛任務で報酬交渉したがっていたな? 金貨三十枚を五十枚でどうだ? こんな事があったんだ。一度、達成という事で支払うぞ?」

「金貨、二百五十枚……!」


 特待生が上体を起こす。

 ここまでくると、いっそ、見習いたい程の金銭への執着(しゅうちゃく)である。


「神殿からも金貨五十枚!」


 聖女から声が上がる。

 彼女も畳み掛けるべきと判断したようだ。


「金貨、三百枚……!」


 特待生が(ひざ)立ちになる。


「私のポケットマネーから金貨五十枚!」

「公爵家からも金貨五十枚です!」


 ここぞとばかりに王太子と公爵令嬢の追撃。

 特待生が立ち上がろうと力を込める。


「金貨四百枚!」


 叫びと共に特待生が力強く立ち上がる。

 その顔色は赤みが差しており、目は爛々(らんらん)と輝いていた。


「我こそは四神流正当伝承者!」


 そう叫び、左手に突き刺さったナイフに手をかける。


「呪い如きに!」


 一気にナイフを引き抜く。


「毒如きに!」


 右手のナイフを引き抜く。


「敗北などあり得ない!」


 身体に突き刺さったナイフを片っ端から抜き捨て、特待生が高らかに宣言する。


 特待生、完全復活の瞬間だった。


 その様を見て、公爵令嬢が涙を流す。


「特待生さん……!」


 公爵令嬢のその声は喜びに満ち(あふ)れていた。

 そんな公爵令嬢の肩を優しく抱いて、王太子が宣言する。


「私達の友情の勝利だ」


 否、金の勝利である。

 こんな金貨の飛び交う治療行為は前代未聞。

 治療だったかも怪しいものだ。


「本当に良かったです……」

「ああ。もう、いつもの特待生だな」


 二人の視線の先には、毒も、呪いも、傷さえも感じさせぬ特待生が高笑いしていた。

 そんな特待生に王太子が声を掛ける。


「ところで、特待生」

「はい! 元気いっぱい! 特待生です!」


 そう言って、元気よく振り返った特待生が王太子を見た瞬間に固まる。

 そして、満面に冷や汗を浮かべる。


「君の投げ捨てたナイフが全て私に命中した件について話がしたいのだが?」


 そう、王太子の頭部に何本ものナイフが突き刺さっていた。

 頭部だけ、まるで針鼠の様だ。


「不幸な事故という事には……?」


 恐る恐るといった風に特待生が口を開く。

 そんな特待生に、王太子は深々と溜息を吐いた。


「まあ、良いだろう。不問にする」


 いや、駄目だろう。

 呪毒だか何だか知らないが、ヤバい毒の付着したナイフを王族にぶつけておいて、あっさりと許されるのはどうかと思う。

 あと、そんな毒を受けておきながら、何故、王太子は平然としているのか?

 もはや、頑丈だとかそういう次元の話ではなくなっている。


「とりあえず、こう言っておこう」

「?」


 王太子の言葉に、特待生は疑問符を浮かべるが、それに構わず、王太子は拳を握り、力強く叫ぶ。


「おのれ! 暗殺者め!」


 全て暗殺者の責任にする事にしたらしい。

 確かに罪を(なす)り付けるには打って付けの存在である。

 その事にすぐさま気付いた様子の特待生も拳を握る。

 そして、王太子と共に叫ぶ。


「「おのれ! 暗殺者め!」」


 そんな二人を公爵令嬢は優しい眼差しで、聖女は呆れた様な目で、そして、北の第三王子は完全にドン引きした目で見つめていた。






「あの暗殺者は、東の帝国が送り込んだ者達だった様だ」


 会議室で王太子が言う。

 会議室には、王太子、公爵令嬢、聖女、特待生、新聖女、北の第三王子が席についていた。


「暗殺者の目的は、聖女、新聖女の暗殺。そして、先の襲撃は、その最大の障害となるであろう特待生を排除するのが目的だった様だ」


 王太子の言葉に特待生が驚愕(きょうがく)に表情を崩す。


「私を殺すのが目的だったんですか⁉」

「ああ。一の矢で君を殺害し、二の矢、三の矢で、手薄になった新聖女、聖女を暗殺する予定だったようだ」


 そこまで言って、王太子が北の第三王子をチラリと見る。


「……申し訳ないが、北の隣国の用意した護衛が役に立たないのは分かった。あのまま特待生を見殺しにしていたら相手の思う通りになっていただろう」


 そう言った王太子に、北の第三王子は無言で目を伏せる。

 先の闘いでは、北の隣国が用意した護衛達は暗殺者を撃退するどころか何もできず、ただ、特待生に守られただけだった。

 言い返す言葉も無いのだろう。


「……ここで、良いニュースと悪いニュース。そして、どちらとも判断の付かないニュースがある」


 もったいつけた様な言い回しで王太子が言う。


「……では、悪いニュースからお願いします」


 聖女が話を(うなが)す。

 王太子は小さく頷き話し始める。


「東の帝国が勇者召喚を敢行(かんこう)した」


 その言葉に、その場にいた者全てが騒めく。


「勇者召喚は聖女の力を必要としたはずです」


 聖女の言葉に王太子は頷いて見せる。


「マジックアイテムを使用して、無理に召喚した様だ。……しかも、召喚された勇者に臣従を迫ったらしい」

「馬鹿な⁉ 勇者は一国の主をして対等という決まりがあるはず!」


 北の第三王子が声を荒げ、立ち上がる。

 この世界の者にとって、それくらいあり得ない事だった。

 だが、王太子は落ち着いた様子で続きを話し始める。


「帝国は、先に聖女に下された『魔王との争いを避けよ』という神託を虚偽(きょぎ)と宣言し、新たな神託を捏造(ねつぞう)して、勇者を先頭に我が国に攻め入るつもりだった」

「……だった?」


 特待生が、思わずといった風に首を傾げながら言った言葉に、王太子が頷く。


「ここから良いニュースになる。……帝国が崩壊した」


 王太子の言葉に、全員が再び騒めく。

 問題の帝国が崩壊したとなれば騒めくのも仕方ないだろう。


「原因は勇者だ」

「と、申されますと……?」


 先を促す公爵令嬢に対し、王太子は一度息を吐き、続きを話し始める。


「勇者の性格が悪い。クソほど悪い」


 とんでも無い言い草である。

 だが、勇者の性格の悪さが原因で帝国が崩壊したとなると、その内容が気になるところだ。


「勇者は強引な勇者召喚の際に神と接触している。その際に、状況を説明された様で、臣従を迫られた挙句、最下級の貴族並みの待遇をした帝国に不信感を持っていた様だ」

「………………」

「しかも、勇者は神から(いく)つもの力を授かっている。その中の一つが神罰の執行に関するものだ」


 全員が無言のまま王太子の言葉に聞き入っていた。

 内容を聞き逃すまいという様に、皆、真剣な表情だ。


「通常の神罰は神の力が強大すぎて周りまで巻き込むところを、勇者を介する事でそのリスクを無くした」


 王太子が一度言葉を切る。

 そして、大きく溜息を吐いた後、話を続ける。


「勇者関連の罪。神託関連の罪。それらの神罰を勇者は帝国にとって最悪のタイミングで下した。……そう、捏造した神託を皇帝自ら国民に宣言している最中だ」


 全員が驚愕の表情を浮かべる。

 確かに、考えうる最悪のタイミングの一つだ。

 せっかく捏造した神託が全て嘘だと宣伝する様なものである。


「ここから、勇者の性格の悪さを示す内容なのだが……」


 王太子が言い淀む。

 それでも、一呼吸おいて話し始めた。


「勇者は、それがどのような物か知る事の出来る鑑定能力を神から授かっていた。その能力で帝国の保有するマジックアイテムを鑑定し、通信系マジックアイテムを使わせて、帝都全域、帝国主要都市にまで捏造した神託の宣言を同時に行わせたのだ」

「うわっ……」


 特待生の声が漏れる。

 だが、仕方ないだろう。やる事がかなりえげつない。


「しかも! しかもだ! 神罰対象に当然皇帝と皇太子が入っていた! それが殆どの国民にバレた! こうなると、皇帝は退位! 皇太子も廃する事になる!」


 王太子の説明に北の第三王子の顔が引きつる。

 王族として、とんでも無い事態なのが良く分かるのだろう。


「継承レースが始まるのは分かり切っていた! その上、勇者は力の弱い皇族に事前に情報を流していたのだ! 結果的に、有力皇族は崩壊した皇太子派閥の取り込みに出遅れた! 継承レースは混沌の中だ!」


 皆が絶句する。

 性格が悪いなんてものではない。完全に帝国を潰しに行っている。


「それだけに止まらない! 勇者は瞬間移動能力も持っていて、帝国の属国に出没しては帝国に反旗を(ひるがえ)させている! 親帝国の姿勢を崩さない属国は巧みに挑発して神罰対象にし、最終的に反帝国にしている!」


 そこまで叫んだ王太子が一度息を吐き、一口水を飲む。

 そして、自分を落ち着かせる様に深呼吸した後、話を続ける。


「現在、帝国は内戦になっている。属国は全て離反した。……帝国は、終わりだ」


 こうなると、帝国は分裂する事になるだろう。

 そして、分裂した国同士で相争う事になる。

 これまでの権勢を取り戻すのは絶望的だ。


「正直、どこのヤバい軍師の話かと思った。勇者のやる事じゃない。戦闘力より謀略がヤバい」


 話を聞く限り、帝国を徹底的に自滅させている。

 自らの手を汚さず、帝国を崩壊までもっていく手腕は普通にヤバい。


「……最後に、良いとも悪いとも判断の付かないニュースだ」


 そう言った王太子は沈痛な面持ちだ。

 何かを思い悩んでいるのが見て取れた。

 そして、王太子が口を開く。


「……その勇者がこの国に来てるんだが、どうしたら良いと思う?」


 その言葉に、沈黙が流れる。

 皆、同じ事を思っていた。

 『そんなの、こっちが知りたい』と……。






「キィィィィエェェェェェイッ!」

「キィエッ⁉ キィエェェェ⁉」

「キィィエッ! キィィエェェイ!」

「キィエ⁉ キィエ⁉ キィィエェェェッ!」

「何と⁉ そうだったのか!」


 謁見の間である。

 謁見の間で、転生令嬢と勇者が対峙(たいじ)し、猿叫(えんきょう)を繰り返していた。

 王太子だけは驚いた様に反応を示しているが、国王以下、(ほとん)どの者は困惑した表情を浮かべていた。


「キィエッ! キィエェェイッ!」

「キィィエ⁉ キィィエェェェェイ!」

「キィーエェーイ!」

「キィィエェェーイ!」

「勇者様。幼い頃にはよくある話ですよ。恥ずかしがる事はありません」


 会話? する勇者に、王太子が(ほが)らかに笑って語り掛ける。

 そんな様子に、謁見の間に居る者達の困惑が深まる。

 そして、国王が意を決した様に王太子に声を掛ける。


「王太子よ。あの二人が言っている事が分かるのか?」

「はい。転生令嬢の前世は勇者様の姉上だったそうです」

「何っ⁉ まことかっ⁉」


 王太子の言葉に、辺りが騒めく。

 事実なら、危険極まりない勇者に対する交渉役が決まった様なものだ。騒めきもするだろう。


「あと、勇者様の初恋は三歳の時。相手は姉上だったそうです」


 その情報は黙っていてやってくれ。

 絶対に必要ない情報の上、勇者にとっては黒歴史以外の何物でもない。


「キィィィィィエェェェェェェェッ‼」


 勇者が悲鳴のような猿叫を上げる。


「キィエッ! キィエッ! キィエェェェェ!」


 王太子に対する抗議の様に猿叫を繰り返す勇者に転生令嬢が容赦なく木刀を振り下ろす。


「キィエェェェイ!」

「キィェエ! キィィエェェェイ!」


 転生令嬢と勇者が何やら言い争いを始める。

 無論、猿叫でだ。


「勇者から手渡されていた物は?」

「はい。どうやら、帝国の書類の様です」

「何が書いてある?」

「ざっと目を通したところ、気になる内容が一つ」

「言ってみろ」

「はい」


 言いながら、王太子が書類をめくり、一枚の書類を探し当てる。


「この書類なのですが。精霊の愛し子に関する物です」

「愛し子?」

「はい。彼女は、我が国の国民だったところを帝国が(さら)ったようです」

「何だと⁉」


 王太子の言葉に国王が声を荒げる。

 そして、聖女達の護衛についている特待生が小さく身じろぎしていた。


「愛し子が家族と共に馬車で移動中に襲撃して、馬車ごと家族を崖に落としたようです」

「何という事を……!」

「その際、精霊の加護により、馬車から弾き出された愛し子を攫ったという顛末(てんまつ)です」

「……愛し子の家族はどうした?」


 国王の言葉に王太子が書類を確認しながら続ける。


「両親と弟は崖下に落ちたものの無傷。愛し子と共に弾き出された当時四歳の姉は、『四神流』という格闘術で襲撃者と交戦しています」


 王太子の言葉に、その場にいた数人が特待生に視線を向ける。

 特待生は満面に冷や汗を浮かべ、視線を必死に逸らしていた。


「愛し子の姉は、武装兵五名を再起不能にし、全身に重傷負い、槍に貫かれながらも五キロに渡って襲撃者を追走した様ですね」


 とんでもない幼女だ。

 ハッキリ言って、シンプルに化け物である。

 そして、その化け物候補は必死に素知らぬふりをしていた。


「……特待生さん?」


 公爵令嬢が特待生に声を掛ける。

 だが、特待生は視線を合わせまいと必死に目を逸らしていた。


「暗殺者に襲撃を受けた時、妹を攫われたと仰っていましたよね?」


 特待生は答えない。

 自由形で世界新でも目指せそうな勢いで目を泳がせていた。


「……おそらくだが、紐づけされている書類の方が答えない理由だな」


 王太子の言葉に、特待生が勢いよく王太子を見る。

 その表情は焦燥(しょうそう)に駆られていた。


「どのような内容ですか?」

「愛し子を攫って二年後から、度々(たびたび)、愛し子を狙った襲撃を受けていた様で……」

「殿下ぁぁぁぁぁ!」


 王太子の言葉を遮り、特待生が王太子に目掛けてスライディング土下座をぶちかます。


「後生ですから、その話は止めてください!」


 そう叫ぶ特待生に王太子が困った様な表情を浮かべる。

 だが、追撃の手を緩めない者が一人いた。


「殿下。続きを」


 優し気な微笑みを浮かべながら、公爵令嬢が容赦なく続きを促す。


「襲撃者は顔を隠しており、通称は『帝国の悪夢』……」

「うぎゃぁぁぁぁっ!」


 説明を再開した王太子の言葉に、特待生が悲鳴を上げて仰け反る(のけぞる)

 だが、王太子は説明を止めなかった。


「『悪鬼流殺人術』という戦闘術を使い……」

「ぎゃぁぁぁぁっ!」

「本人の自称は『怨鬼(えんき)』……」

「えぎゃぁぁぁぁっ!」

「『怨死刀(おんしとう)』という刀を武器にしていた様だ」

「うきょぉぉぉぉっ!」


 仰け反りすぎて仰向けに倒れた特待生が、悲鳴なのか何なのか分からない声を上げる。

 両手で顔を覆い、その顔は耳まで真っ赤だった。


「中二病だって……、中二病だって、限界があるんです!」


 そう言い残して、特待生が謁見の間を転がり始める。

 それを王太子と公爵令嬢は何とも言えない表情で黙って見送った。


「……死者こそ出ていないが、『帝国の悪夢』に帝国軍は通算で一万以上の被害を出し、最終的に愛し子の護衛に一万近い軍を出動させる羽目になったらしい」

「それでは?」

「ああ。愛し子の追放の理由の一つだ」


 王太子と公爵令嬢の二人は、謁見の間を最奥まで転がり、折り返して転がり始める特待生に視線を向ける。


「何故、名乗り出なかったのでしょう?」

「それは分からないが、帝国は、『帝国の悪夢』の正体が愛し子の姉ではないかと考えていた様だ」

「それで、帝国の暗殺者は特待生さんを警戒していたのですね……」


 転がる特待生が勇者を()ね飛ばすのを眺めながら、二人は揃って溜息を吐く。

 ひとしきり転がって戻ってきた特待生に王太子が声を掛ける。


「それで、何故、名乗り出なかったんだ?」

「結局助けられなかった上に、きつ目の中二病を見られてるんですよ。しかも、あの子、当時幼すぎて家族の顔も覚えてなさそうでしたから……」

「それでも言うべきだろう……」

「分かってます。分かってますけど。……覚悟ができるまで待ってください」


 そう言って、特待生が再び転がり始める。

 そして、また勇者を撥ね飛ばした。


「勇者様。何で、あんな書類持って来たんですか?」


 言いながら、特待生は撥ねた勇者を()きに戻ってくる。

 二度、三度と勇者を轢いて行く。


「もう、いっそ、殺してください。バッサリいっちゃってください」


 自暴自棄になった特待生が、四度、五度と勇者を轢く。


「せめて、謝ってくれませんか? 謝ってくれたら良い情報を教えてあげますよ」


 六度、七度と轢いて行く。


「勇者様、恋人を事故で亡くしてますよね? こちらに転生してますよ。居場所を知りたくないですか?」


 言いながら、特待生は勇者を轢き続ける。

 その状況を皆が呆然と見つめる。

 特待生は転がり続け、勇者は幾度も轢き潰される。

 そして、その状況は、勇者が謝罪の言葉を叫ぶまで続くことになったのだった。




 ちなみに、勇者の恋人の正体は、魔界の指導者、転生魔王の事だった。

後、一話で完結できる見込みです。

最後までお付き合いいただければ幸いです。

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