■2-5
「微生物の世界では新種の発見などさほど珍しくない。今日までに数百万種の発見があって尚も未解明領域が巨大すぎるのだ。まず存在が知られている数百万種すら全て記憶する者は居るまいし、抗生物質で我の細胞もすぐに破壊されるだろうと踏んでもおった…」
藍の言い訳を聞いて額を抑える。
「で、やれると思ったらやるわけだ… お前、もしかして種のばら撒きとは関係ない普通のイタズラも抑えられなかったりするか?」
「…我自信にもよくはわからぬが、おそらくほぼ同一の行動原理であると思われる。生存本能とは真逆に己を貶めかねないデストルドーゆえそのリスクマネジメントは相当熟慮するのだが、唯一お主だけが予測しきれない」
なんと重大な欠陥が隠れていた事か。
神の御業すらも成し得るこの特別すぎる存在をどう受け止めるべきか未だ迷い続けていたのに、それを聞いた瞬間もはや手の焼けるお転婆娘で良いような気がしたほどに。
神妙な顔で見つめて来る藍を怪訝の表情で見返した。
「なんで、俺?」
「何も知らぬ者こそ一番扱い易いのは世の常だが…それより何より、我が何をやってもお主は見逃してくれそうな気がして注意を欠いてしまうのかの。そして実際に見逃してくれるわけだが、その前にひと悶着あるのは如何せん気怠いわ。お主、その突っ込み癖なんとかならぬのか?」
「いやいや、何の意味もないしょうもないイタズラを知り合いがやってたらそりゃ突っ込むだろ。あと俺が悪いみたいな方向に考えが走るのはかなりどうかと思う」
「ちゃんと意味はある。我が素知らぬ顔の裏でほくそ笑むのだ」
「クソったれじゃねぇか!」
妖精も女神も、そんなものはどこにも居なかったらしい。
「愛しい子らよ、うぬらは何になりたいと願う?」
道路と歩道のわずかな段差に積もった土目から自生していた赤い実を実らせたアセロラの低木の前でで膝をつき、藍は手を咬み合わせて祈る仕草をした。
アセロラは熱帯域で育つ耐暑性が非常に高い植物で、いよいよ東京のコンクリートジャングルは真のジャングルと共存を果たさんとしているように思えた。
鳥が好んで餌にするのでより遠いところに種を運んでくれる事を期待し、藍は祝福を始めた。
今日はもう散々株が下がっているが、こうして祈る姿はまだまだ様になっていた。
「我が導いてやろうではないか。さあ、見せてみるがいい」
ところがこの祈る仕草は実は不要で、対話のように話しかける事が遺伝子変異を促すらしい。
結局その力の核心は声にあるが、藍自身の望みを託さんとして祈りが生じるのだそう。
「このアセロラの種は何に変えたんだ?」
辺りに人目がないか気になって落ち着かないあまりついまだ祈ってるところの藍に話しかけた。
「さっぱり把握しておらん。完全ランダムの闇ガチャだ。アセロラの方からああなりたいこうなりたいと返事があるわけもあるまい。結局はそうする他ないのだ」
祈りを終えて立ち上がった藍は、耳元を掠めるように手を振って言った。
「ふと思ったんだけど、色々とバナナに近いんなら、バナナの種にした方が望みが叶う可能性が上がるんじゃねぇの? ついでに俺たちの食糧にもなって一石二鳥というか」
「DNAなら、ヒトとてマウスと九割強一致するが、お主は鼠から人の赤子が生まれると思うか? 所詮は蛋白質製のレコードに起源情報が記されているだけのものに過ぎぬよ」
「かもしれないが、細胞の近似はそうじゃないだろ」
顎先を手で支えて仁の質問に考慮を巡らせるようにした藍は、やがて頭を横に振るった。
「お主の言う通り、可能性は上がろうが、共倒れの危険性の方が遥かに高くなるな。というのも、バナナと聞いてお主が思い浮かべるどこに種があるのかわからないようなそれは、原種からたまたま生まれたキャベンディッシュという種を株分けして全て同じ遺伝子のクローンとして増やされている。もしも特有の病気が発生した時は当然全てのキャベンディッシュが耐性を持たないからして彼らはその個体数が増えれば増えるほどに滅びの瀬戸際に歩を進めておるのだ。キャベンディッシュに巣食う病原体など生じれば、近縁の原種もまたその危険に晒されよう。そして細胞構造が似通った我にも…」
「そんなにデリケートなら迂闊に大腸菌とか触んなよ… 生存本能とイタズラ心のその天秤、さては相当狂ってんだろ」
「というわけで我の結論は、キャベンディッシュをこれ以上増やすならば人間は生かしておけぬものと思うのだが」
「・・・・・・・」
話、変わってね?
などと突っ込む事も出来なかった。
やはり藍は人間を敵として認識しているのかと思うとそのショックが大きくて。
前提解説、失礼します!
今回どこにも(※)は振っていませんが、全体的に微生物だの細胞だのややこしいかもと思いました。
細胞とは生物の最小単位なんですね!
つまり細胞も微生物なのです!




