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【完結】序芝居  作者: のぼぼん(º∀º)
【転】〜カインとアベル〜
83/160

20話『それは勇気か、無謀か』★






 着々と、「悪意」は加速する────。















「えっと、確かこのまままっすぐに行けば次の目印があるはず──あったあった!」




 アベルの目線の先の木には大きなバッテンの傷痕があった。棲家からここまで来る際、アダムが道に迷わないようにつけたものである。




「よし。ここから先は見知った道だ。家まであともう少しだ......」




 今日狩った獲物も早めに解体処理しないとせっかくの肉が鮮度が落ちてしまう──それを懸念するアベルが家の方向へ一歩踏み出した時だった。




「ん?」



 刹那、アベルは何かの気配を察した。



 ──後方の茂みに、何かが、いる。



(あれ?この感じ......前にも?)



 そうだ。あの夜。

 兄と手を繋いだ帰る道に現れた不気味な気配。なんとなくその時の気配と()()()()だと直感が訴える。


 気のせいだと思ってはいたが、やはり違うのだろうか。


 その正体を知りたくてアベルはゆっくりと視線を向ける。



 何もない。



 (いや、“いる”。あの草むらに───)



 あの夜は兄と急いで家へ帰ったためそれを突き止る余裕はなかったが、今日こそは正体を暴いてみよう。


 そう思ったアベルは足元の石を拾い上げ、そのまま上体を捻って大きく振りかぶり、前方の草むらに向かって思いっきり石を投げた。


 直線を描くように突き進んだ石は、ピュン!と草むらへと姿を消した。



 その直後。



(あれ......?気配が変わった?)



 違和感を感じる間も無く──むわっと、むせ返るような獣気が再び漂ってくるのを全身が捉えた。


 と同時に茂みが揺れる、向こう側から踏み出してくる──背の低い四足の影。



 

 そして、




「!!!」



 ギラリ、と獰猛に輝く一対の眼光が草むらの向こうからアベルを射抜く。



 太い胴に、太い手足。


 前足の先には人の指ほどの大きさの爪が生え、開かれら口からは威嚇(いかく)とも捉えられる荒い息が絶えず漏れ出ている。


 口から見える牙の大きさは、それで噛まれれば人の命などひとたまりもなかろうと容易に想像がつくほどのものである。



(あれ、は......もしかして......?)



 その姿は、いつか父が地面に描いた“熊”に酷似していた。




 ──なんで、こんなところに!?


 

 内心パニックに陥る中でも熊と互いに目が合った瞬間に、それは酷く飢えている事に気づく。



(あ、やばい......)



 今の熊にとって、食糧を背負った人間なんて、それこそ恰好(かっこ)(えさ)だった。




 グオォオオオオ!!




 重低音がビリビリと地面を揺らし、その爪がアベルへと迫ってくる。確実に殺意を持って。



「っ!」



 熊の(ひづめ)がアベルの幼き身を切り裂こうとした間際、彼の距離を取る体が後ろへ着地の瞬間に体勢を崩した。



「──ぁっ!」



 致命的な傷は負わされなかったが、同時に背負っていた籠の肩紐が千切れ、ゴトゴトと音を立てて獲物の肉塊が地面に零れる。



 グルル......!



 熊の爪がギリギリ回避したアベルの髪を一房(ひとふさ)刈り取り、白銀色が宙を散り散りに舞う。


 まさに文字通りの「間一髪」!




(どうしようどうしよう!?)




 今の回避は完全に偶然の産物だ。


 たまたま足を滑らせていなければ、アベルの首から上が赤い果実のように弾けていたことは間違いない。


 臨死の感覚を間近に味わい、背筋を得も言われぬものが駆け上がるのを味わいながら体勢を整えようと右足を軸にした瞬間、アベルの視界が変わった。



「──うわぁっ!?」



 ズッ!と音を立て湿った葉や水気を含んだ土と共に、



(え......うそ、崖、だった…...!?)



 そう認識するよりも早く落下していくアベルの身体。





 ── 助  け  て !!!





 そう強く思うも虚しく、アベルは激しく転がり落ちる。さらになんとも運悪いことに、途中で生え木に勢いよくぶつかってしまったのだ。


 




「ぐはっ......、────っ!?」




 

 背中に強い衝撃と共に、一瞬呼吸の仕方を忘れてしまった。必死に受け身をとったつもりでいたが、恐らく余り意味はなかったようだ。


 そのまま崖下の地面へ倒れ込んだあと、辺りは静寂に包まれていた。


挿絵(By みてみん)


「......フゥ──.......フゥ──...…」


 回復する為に、なんとか呼吸を深く吸って吐く。しかし呼吸を意識しても、段々と朦朧となる頭の中で考える。




   (クマ、は......!?)




 転落死を免れたことを幸運だと思っている場合ではない。

 再びあの熊の襲撃を受ければ、スバルの命運は今度こそ決まる。



(追って、こない......?)



 不幸中の幸いといったところか、アベルの視界で捉えられる限りでは、クマの姿はなかった。

 熊が追ってこないという事は、アベルの落とした獲物が熊の食糧として食らいつかれているおかげなのだろう。



 ああ、だめだ、


 頭が重い......、意識が遠のいていく。




 (まだ近くに熊が......、いるかもしれない、のに)





 ついに、アベルの視界が暗転した。








     ◇◇◇◇◇◇◇










 ペロ。



 ペロペロ。





 頬に湿った感触がして意識をくすぐられ、アベルは自然と目覚めを迎えた。



「あ、れ......?ぼく......」



 メェメェという鳴き声に引きずられるように意識が覚醒へ向こう。



「......ケレン?どうして、ここ、......に?」


 


 当然の疑問を口にすると、ケレンは静かに頭を垂れ、そのままアベルの顔にすり寄せてきたのだ。


 それは心配の表れ。アベルには分かる。




「もしかして......ぼくの心の助けを聞いて駆けつけてくれたの?」



 メェメェ〜〜〜!



 どうやら絶体絶命な事態に、アベルは無意識に《神の遊牧(ノマディス)》を発動し、家畜の中で最も意思疎通する相棒の山羊──ケレンを呼び寄せたようだ。




「ありがとう、ケレン。わざわざ駆けつけてくれて......、ずっと、そばで守ってくれたんだね」




 気絶状態のアベルに他の野生動物が近づけないよう、健気にケレンはずっとそばで警戒してくれたのだろう。

 アベルは目を覚ますまで無事でいられたのはケレンのおかげだ。


 アベルはこれまでで間違いなく一番、神から授かったこのカリスマ能力に心から感謝した。




(そういえばクマ、どこ行ったんだろう)



 まだこの周辺で徘徊しているのだろうか。この周辺は家からそう遠くないため、自分以外の家族が襲われないか心配だ。


 とりあえず、棲家の周辺には難攻不落の要塞(ようさい)とも言える──父アダムが念入りに張った数々の大罠が仕掛けられているため、母や妹たちの安否はひとまず安心できるとして、問題は、




(カイン兄さん......大丈夫かなぁ)




 きっと今頃は春の作物に向かって畑を耕している所であろう。

 もしあの凶暴な猛獣に襲われたら、きっと無事では済まされない。



「ケレン。お願い!ぼくを、カイン兄さんの畑まで連れて行ってくれる!?」



 メェー!



 それに応えたケレンはそのまま頭を垂れ、アベルが騎乗しやすい高さまで身を屈めてくれた。



「ありがとう。ケレン......行こう」



 ぼそりと礼を呟き、アベルは痛む体を持ち上げて、ケレンに乗っかり早速指示を出す。




(お父さんごめんなさい!!)



 美しい三日月形の角を有する山羊に跨った幼い少年は必死に乗騎をけしかけ、兄がいるであろう場所へと駆けった。









   ──その後ろで影が蠢いていた。











     ◇◇◇◇◇◇◇







 山羊の足でそう時間掛からず、すぐに目的地の近くまで辿りついた。




「よしよし。ケレン。とりあえずここまででいいよ。ありがとう」




 アベルは労りを込めて慰撫(いぶ)するように山羊の腹を軽く叩いてから降りた。




「ケレン。熊が近くにいるかもしれないから、どっか近くで身を潜めて隠れてて」



 メェ〜!



 俊敏な動きで草むらに静かに姿を消したケレンを見届けたあと、アベルはカインの畑がある急いだ。


 小鳥達の(さえず)りがあたりの木々で乱反射を繰り返して、輪唱(りんしょう)のように木霊(こだま)していた。 

 それはとても大きい音とは言えなくとも、あまりにも静かなこの深い森の中では、それだけしか聞こえないので、思わず騒がしいと感じてしまう。


 高く、高く、人の手が入っていない沢山の木々は空へと思う存分に幹と葉を伸ばしていて、隙間から漏れ出た木漏れ日は程よい心地の日向を浴びせてくる。


 ──言ってしまえば、ひどく、穏やかな空間だった。


 だが、生憎(あいにく)アベルにはこの状況でまったりと安らいでいる心の余裕はなかった。



 心は急ぎ、しかし足取りは慎重に。


 熊の殺意が吹き荒れる森の中で、命を脅かされたときに感じた空気だった。どこかで急に熊が飛び出すかもしれない。



「急がなきゃ」



 アベルは森の奥──緊迫する意識の中、それでも勇気を振り絞って前へ進んだ。




(怖い。けど......兄さんが危険かもしれないんだ)




 そこには死への危機という迷いこそがあるが、戻るなんてような弱気は見当たらない。──脳裏を過った物騒な想像がアベルの肝を冷やし続ける限り。


 そうしてアベルが内心恐怖と戦っている間、気がつけばカインの畑の地へ着いた。




「カイン兄さん......いる?」




 口の中が渇き、喉がひりつくような緊張感。


 息を殺し、足音を殺し、進む、進む。



 そこには────・・・・・・

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