レディーヌ 4
ランベールに呼びかけられて、レディーヌははっと我に戻る。
「な……なんですかしら、ランベールさま」
「レロウクス・ジェルヴァイス公主殿下は、どうなさるおつもりなので?」
公的な呼び名で問われ、レディーヌは首を傾げる。ランベールさまには名を呼んでほしい、と脳裏を過ぎった。
「どう……とは」
「わたしは……いえ、軍はあめのさまを聖女さまと認識しています。サーペントをそうやって倒した後に、あのかたは負傷した兵の治療まで行った。並みの〈器〉ではありえない。そして、リエヴェラから陸路でここまでお運び戴きましたが、その際顔を合わせたロウセット子爵やトゥウェイネ子爵、シプリエン騎士も、あのかたを聖女さまと認めているでしょう。特にロウセット邸では、スプライトの大軍を吹き飛ばし、スプライトの発光で昏倒した者を治療してくださった」
レディーヌははっと息をのむ。スプライトの発光が原因で、息をひきとったのを、目にしたことがあるのだ。
二年前、久し振りの秋に皆の気持ちがういていた十三月、魔力嵐が来て、スプライトを呼び寄せた。討伐は容易だったが、王立病院はスプライトの発光にやられた者らであふれかえった。
七割は意識をとり戻し、何事もなくすんだが、残りの三割のうち二割は、意識をとり戻しても痙攣が停まらず、半数が死んだ。そして、残り一割は、意識さえ戻らず、酷い痙攣を繰り返し、息が詰まって死んでしまった。
王立病院には、恢復魔法をつかえる医者や付添人が、何人も詰めている。威力は高くなくても、何度も恢復魔法をかけていれば、病や怪我は程度が軽くなるのだ。
恢復魔法は魔力を相当に消耗する。スプライトの発光で気を失った者は、数名がとり囲むようにして恢復魔法をつかっていたが、状態はなかなかよくならず、恢復魔法をつかっているほうが倒れるありさまだったのだ。
それを、ひとりで、治療した……らしい。
「冗談でしょう……」
「いえ。あめのさまは慥かに、わたしの部下を救いました。……ですから、不安を覚えています。公主殿下があのかたが聖女さまであることを否定されたらどうしようか、と」
レディーヌはもう一度息をのむ。
そのことは考えていなかった。陛下と、王太子である兄が認めているのだ。それを、自分が騒ぎたてるのは、うまくない。
レディーヌは公主ではあるものの、決して立場が安泰ではない。陛下の不興を買えば、領地没収の上公主を外され、ただの姫に逆戻りすることもありうる。なにしろ、今は妹が居る。
レディーヌはランベールへ感謝の目を向けた。「いいえ、まったく。もう疑念は晴れました。いつものお兄さま流が出たと思ったのです。浅慮でしたわ」
「……信じて戴けたならよかったです」
「ええ。ですから、ランベールさま、このことは内密にしてもらえませんか?公主としてはずかしい行いでした、王太子殿下を疑うなぞ」
兵ふたりが安心したように息を吐く。ランベールは頷いて、かしこまりましたと云った。そうか、と、レディーヌはあたたかい気持ちで胸がいっぱいになる。ランベールさまも、兵達も、怒っていたのではないのね。わたくしの軽率な言動を心配してくれたのだわ。それなのにわたくしったら、つまらない娘のことで、下らぬ心配を……。
レディーヌは公主用の城・麦穂の城へ向かった。ランベールは兵をつけると云ってくれたが、宮廷内であることだしと断った。
今度はジェラルディーヌが手燭を点して、先を歩く。
「公主さま、あのような不正、ゆるされるのですか」
「いいえ」レディーヌは緩慢に答える。「でも、わたくしが騒ぎたてるのは、宜しくないわ。下位コンバーターで計測すれば、すべてが解るでしょう。何日もせず、宮廷を出ることになるわ……いえ、もしかしたら、お兄さまの許へとどまるかもしれない。だとしたら、偽聖女騒ぎを起こして尚更にその娘を庇うのだから、お兄さまの面目が潰れないように、お手伝いしないとね。とりあえず、あの娘がどの領の出身か、調べて頂戴」
レディーヌは月を仰ぐ。「お兄さまの恋路を邪魔するつもりはないわ。出自を明らかにした上で、生家が伯爵以下なら、お兄さまの愛妾にすればいいことです」




