レディーヌ 3
ランベールは嚙んで含めるように云う。
「〈影の左の王国〉の王太子があめのさまを招聘しました。ほかに四人、ご友人も一緒ですが、あめのさまの〈器〉が一番大きい」
「そ……そんなことありえませんわ。だって、聖女さまは、もっと……快活で、誰もを虜にするようなかたの筈。あのひとは、お兄さまの隣で縮こまって、震えていたんですもの」
否定の材料なのに、ランベールは険しい顔になる。兵ふたりも一緒だ。この者らは、なんと云ったかしら?橙色の短い髪の兵に、顔におそろしい傷痕の残る兵。レディーヌは傷痕のある人間が苦手だ。嫌いと云ってもいい。見ているとこわいし、いやな気分になる。わたくしが王室護衛隊の隊長なら、傷痕のある兵は除隊するのに。
「あのかたは、怯えているのですね」
「ええ、そうです。聖女さまなら、〈器〉が大きくて、どんな魔法文字でも認識できるのですから、怖いものなどないでしょう。陛下やお兄さまであっても、おそれる訳がないですわ」
そして、聖女は優しく、心根が正しいから、自分の凄さをひけらかさず、弱い者にも優しい。少なくとも、大抵の聖女は。
だから、レディーヌは頻繁に、王立病院や王立孤児院を訪れる。聖女のように、弱き者を慈しみ、まもりたいからだ。上に立つ為には下の人間が必要なのである。
だとしても、戦帰りの横柄な怪我人や、戦で親が死んだと泣く子どもは苦手だが。だって、仕方のないことだ。〈重たい炎〉を信仰する正しき国家として、それ以外をあがめる愚か者どもは地上にはびこらせてはならない。それを倒す為に怪我をしたり、死んだのなら、なにも成さない一般市民で人生を終えるより、ずっと華々しくていいだろうに。
レディーヌはあらぬかたへとんでいた思考をひき戻す。今は、つまらないわがままを云う者達のことはどうでもいい。ランベールまでもが、あの女性を聖女だと認めた。これは異常事態だ。
「あめのさまはサーペントを退けました。そうして、わたしや部下の命を救ってくれたのです」
「そ……それは凄いかもしれませんが」
レディーヌは一瞬歯をくいしばる。何度も聖女を迎え、その血を継いできたサラヴェル家だが、この数百年は機会がなく、聖女を迎えていない。年を経るごとに、だから、〈器〉の大きさも、認識できる魔法文字も、減る一方なのだ。兄は軍にはいれるくらいに魔法をつかえるが、レディーヌ自身は大した〈器〉でもないし、魔法もそんなにはつかえない。
「でも、ランベールさまでも、サーペントくらい倒せるでしょう?」
兵ふたりが目を剝く。ランベールは表情がない。
「一対一でなら可能かもしれません。しかし、その場には数匹のサーペントが居ました。彼女は一匹を焼き尽くし、一匹を追い払い、一匹を四散させた。兵でも、そのみっつのうちひとつを、数人でできるかどうかでしょう。ひとりの人間が短い時間でそれだけのことができるなどとは、想像すらしたことがありません。寧ろ、聖女さまでなくばなんであるのか、わたしには見当もつきません」
レディーヌは暫し、言葉を失う。
あの……おどおどしていた女性にそんな力があるとは、信じられない。なにかの間違いにしか思えない。
それで、あの女性が聖女らしくあるのならいいが、まったく聖女のようではない。レディーヌの理想を補完してくれる存在ではなく、打ち崩す存在だ。
それに。
聖女さまでもないのに、そんなに大きな〈器〉を持っているなんて。




