レディーヌ 1
絶対になにかが間違っている。
レディーヌは確信して、露の塔を降りていく。
聖女さまは、灰色の髪、橙と青の瞳。それは昔からかわらない。慥かに、黒髪の聖女さまも居たそうだが、そのひと達だって瞳の色は伝承通りだった。
それに、陛下が例えに出した、エドリアン麗王とイグナセ冬王は、側室や愛妾を多く抱えたことで有名だ。黒髪の王后とは別に、灰色の髪の聖女さまを妻に迎えたのだろう。もしくは、聖女さまが亡くなられてから、黒髪の女性を王后に迎えたかだ。
それにしてもあの女性はなんなのだろう?お兄さまのわるふざけに付き合わされているのかしら。
見たところ、悪人らしくはなかった。伏せがちな黒い瞳に、肥沃な大地のような色の豊かな髪、膝の上で揃えられた小さな手。顔立ちは美しいとまでは云えないが、決して不美人ではない。可愛らしい、と云うべきか。ただ、レディーヌの憬れる「聖女さま」は、皆、すっきりと痩せていて、朗らかな笑顔で、軽やかなお喋りをするとも伝わっている。それとは違う。
レディーヌは、自分の喋りがぎこちなく、詰まりがちで、他人をいらいらさせることは自覚している。聖女に憬れているのは、彼女達が賢く、会話でひとの心を和ませると伝わってもいるからだ。それが悪い方向へ働くと、エヴェ新王時代の聖女・スズや、オッティリエ母王時代の聖女・ナナカのようになるが。
伝承に残る聖女に比べると、先程の女性は、豊満な胸部をしていたし、手もふくふくしてやわらかそうだった。聖女さまは概して痩せているか、少なくともあのような……胸はしていない。残っている絵姿に拠れば。
あの女性の笑顔は見ていない。ただ、兄の横で怯えていた。やっぱり、お兄さまが無理を云って、つれてきたのだわ。あのひとは、自分が聖女だと云うこともなかったし、黙りこんで嵐が過ぎるのを待つような顔をしていた。
可哀相に、と、レディーヌは名も知らぬ女性に同情した。兄のわるふざけはレディーヌも知っている。無理を云われ、断れずについてきたのだろう。だとしたら、もう少しやわらかい言葉をつかうのだった。王太子である兄に逆らえる者はほとんどない。優しく、もう大丈夫よ、と云ってやれば、兄の悪ふざけだと認めただろう。
陛下がわるふざけにのる意味は解らなかった。しかし、レディーヌはそれについて深く考えることはしない。とにかく、聖女さまというのは、もっと明るくて、朗らかで、清らかで、美しいかただ。あの女性に関しては、清らかさは相当に感じたが、平凡……というよりも、よく云えば純朴そうだった。悪く云えば、少々頭が鈍そうに思える。
「兵営へ行くわ」
広間で侍女達と再会し、レディーヌは云う。侍女達は目を交わす。どちらも、サズニエール侯爵家の傍系で、どちらもレディーヌより六歳上の二十歳だ。ウェーブした淡い茶髪がジェラルディーヌ、まっすぐな黄緑の髪がクウィッテリエで、レディーヌが十歳の頃から一緒だ。
「もう、かなり遅い時間ですが……」
「ランベールさまに確認したいの。灯をお願い」
云うだけ云って、レディーヌは表へ出る。ふたりはすぐに追ってきて、クウィッテリエが手燭を点した。「公主さま」
「ありがと、クウィッティ。寒いから急ぎましょう」
レディーヌはドレスの裾を軽く持ち上げ、あしをはやめた。




