王太子登場
見る。
マーリスさんだった。息を切らしている。
「聖女さまにおりて戴く」
傷痕の辺りを拭う。「あめのさま、どうぞ。馬車が待っています。ゆっくりおりてください」
船にのった時のようなことはしてくれるな、と云う意味だろう。わたしは顔が熱くなるのをなんとかしようと手をあてるが、どうにもならない。
アムブロイスさんとツェレスタンさんがわたしを促した。わたしは頷いて、ふたりとマーリスさんについていく。背後には、兵達が数人、わたしを隠すみたいについてくる。
阿竹くん達は気になったが、振り向きはしなかった。振り向いたら、それを咎められるかもしれない。その結果、四人を傷付けるのは、いやだ。
おそるおそる、タラップをおりた。兵達に囲まれているが、多少軋むくらいで、たわんだりはしなかった。
桟橋に降りる。背の高い兵達に囲まれているので、まわりはよく見えない。暫く、船から離れる方向へすすんだ。
桟橋から、形の不揃いな石の敷かれた地面になる。さあっと霧が立ちこめたが、一瞬で消えてなくなった。わたしの左に移動していたアムブロイスさんが云う。「ここはロウセット領です。子爵だが、玉貨鉱床をななつも持っている。リエヴェラの近くにもあるので、この辺りは魔力が凝りやすいそうです」
わたしは頷く。なんでもない土地の説明だが、動悸が少しだけ軽くなった。配慮してくれたことがありがたい。
しかし、港だというのに、静かだ。ひとの気配もない。荷運びの音や声、馬車があるのだから馬のいななき、魚やなんかのの売り買いの声くらいは、してもいいようなものだけれど。
理由はすぐに解った。
前方をかためていた兵達が、驚いたように息をのみ、さっと左右に分かれ、それから片膝をついて頭を垂れる。
わたしは立ち停まって、まっすぐ前に居るひとを見た。ランベールさんと、その隣に立つ人物。
きらきら耀く、オレンジや黄色のまざった金髪を、中途半端な長さにしている。セミロング、まではいかないけれど、ボブよりは長い。滑らかな、はちみつ色の肌。顔立ちは整っているが、中性的だ。身長は170cmよりは上で、痩せても肥ってもいない。
着ている詰め襟の白い外套は、王室護衛隊のものに似ているけれど、金と浅緑の線で、植物みたいな模様をぬいとってある。濃紺のずぼん、同色のブーツを履いていて、腰には剣。ランベールさんの剣より、細くて長い。
白いマントを翻して、そのひとはこちらへやってくる。呆れ顔のランベールさんも、それに付き従った。
わたしは両手をぎゅっと握り込む。胸の前で、体を庇うみたいに。
「こちらが聖女さまかな?」
金髪のひとはそう云って、ランベールさんを振り返る。ランベールさんは小さく溜め息を吐いて、軽く頭を下げた。「はい、殿下」
殿下……ということは、このひとが、王太子殿下?
かたまるわたしに、王太子殿下はにっこり笑いかける。
「思っていたよりも愛らしいかただ。ランベール、こんなに稚くてらっしゃるかたが、戦いを好むのか?本当に?」
「好むとは云っていません」ランベールさんは仏頂面だ。「戦う意思があると云っただけです」
「さして違いはないさ。ああ、なのってもいなかった」
王太子殿下はわたしへ右手を伸ばす。握手……かしら。




