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桜舞い散る頃に…  作者: 彩莉
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はじまりにさよならを

先日のTwitterでのアンケートに協力ありがとうございました。

今回はシダとモモの話です。

「シダは……シダなんて人は、いなかった」

驚愕の事実に驚く。シダがいなかった。

「俺や香織が見たのは?」

「シダよ。いないっていうのは、そういうことじゃないの」



「湯ノ神村に、シダなんて人物はいなかったのよ」

「どういうことだ?」

「長い間、私たちはシダが村の人間で、私の幼なじみだと認識してきた。でも、シダを産んだというものは誰もいなかった」

「……親が死んだとかじゃなくて?」

違う、親なんていなかった。そうモモは話す。


「シダはこの山の神様なんだと思う」

モモがそれに気づいたのはシダが死んでからだった。

「自分の身体を入れ物みたいにして、レンや酒呑童子を利用していた」

神崎はそれに気づき、モモがとめる中、シダを殺そうとした。

「シダはもともと感情のない神様。異質な存在だった」

これは神崎の手記を見て、気づいたという。

「私は、小さい頃この神社によく来てた。一日の報告をして、帰る。それが慣習だったから」


「私が、彼に声をかけてしまったこと。それが始まりだったんだと思う」


「いつもここにいるよね」

モモは少年に声をかける。返事はない。

風にたなびく少年の白髪をじっと見る。

が、何か話そうとする様子もない。

「私はモモ。あなたは?」

こちらを見る。しかし返事はない。モモはむっと頬を膨らませ、少年の頬を引っぱる。

「名前は!なあに?」

痛そうな顔をするが、声を出さない。モモは諦めて、手を放す。

「うふふ、引っぱってごめんね。名前、今度来るとき教えてね」


そう言ってモモは去っていった。


なま、え?

も、も?

また、くるの?


少年は口の動かし方を少しだけ理解したようだった。しかし、発音はまだ上手くできないようだった。


爽やかな風が頬を撫でる。


「今日はちょっと疲れたなー、川まで野菜を運んだから!でもね、君が待ってるかなって思ったから来たんだー」


ぐーっと伸びをし、束ねていた髪をほどく。初夏だが、山の中は麓のモモの村よりは幾分か涼しく感じた。

モモは少年をじいっと見つめる。少年は髪で顔を隠す。

「なんで隠すの?」

もじもじしながら、頬を林檎のように赤く染めて下を向く。恥ずかしいのだろうか。しかし、モモは一方的に話すのは飽きてきたようだった。

「もう!」

少年の髪をかきわけ、目を見る。朱色の双眸が見えた。ちょうどこの、神社の鳥居のように朱く染まる少年の綺麗な目を見て、モモはにこっと笑う。

「綺麗な色だね、隠さなくていいと思うよ」

そう伝えると、少年は面を上げて明るく笑う。そして何かを伝えたそうにモモを見つめる。口をぱくぱくとさせている。どうやら舌がないわけではなさそうだ。

「こういうときは、ありがとうっていうんだよ」

嬉しいときはそういうと、もっと嬉しくなるんだよ。あ、嬉しいっていうのは、心が暖かくなってわくわくする感じかな?


幸せそうに笑うモモの言葉一つ一つが楽しそうに跳ねている気がした。

「あ……とう」

少年の声を初めて聞いたモモはびっくりする。澄んだ声だ。幼いモモにも凛とした声であることは理解できた。

「ありが……とう」

「どういたしまして!ねえ、君の名前は何ていうの?」


なまえ?

なまえはないよ


ちがう、くちではなさなくちゃ


少年はまた口をぱくぱくとさせて、音を探るようにして声をだす。

「な、い……」

「ないの?そっかあ、じゃあさ……」

少年が知らず知らずのうちにくるくると手先でいじっていたものに目を移す。

「シダは、どう?」

「し、だ?」

そう、君が今持ってる植物の名前!と楽しそうに笑う彼女の顔を見て、少年はつられて笑う。


「しだ、シダにする」

「うん!また話そうね、シダ」

手を振りながら、山を駆け下りていく。手を振り返しながら、今までになかった会話への関心、モモへの興味に焦りつつもわくわくしていた。


「シダ」

なまえ、もらえた

ぼくの、なまえ

モモがくれたなまえ


モモはどんなところにすんでるんだろう

モモはどうしてここにくるんだろう


ぼくは?

ぼくはなんなんだろう?

どうしてここにいるんだろう?


モモにはやく会いたいな


林檎のように赤らめた頬をぺたぺた、と手で触れる。思えば自分の顔も知らなかったのだ。ただ、それでも。シダ、と名付けられただけで自分が何か、認められたような気がした。話しかけられたことで、自身の存在をふちどることができたんだと感じた。


しばらくモモは来なかった。シダは何かあったのだろうかと、心配していた。日を追うごとに心配する気持ちは膨らんでいった。


モモ、ぼくのこときらいになったのかな

さみしい

モモがいないとさみしい


モモのところにいきたい

やまからでたい!


シダは山から出られずにいた。麓まで降りようとしても、見えない防壁に阻まれるように跳ね返されていた。

だから、ずっと山にいた。シダのいる神社に来るものはほとんどいなかった。それゆえにシダは、言葉も感情も知らずにいた。

そんなシダが自我をもち、モモに会いたいと願う。そんなのは今までにないことだった。


「禍神、貴様はこの山から出てはならぬ」


天から声が聞こえてくる。禍神とは、シダのことを指すのだろう。

「ああ、忌々しい。あのときから貴様は何も変わっていないのだ。自我も不安定な貴様に、山を出ることは許されない」


嫌な声だなと、シダは思った。しかし、どうしてもモモに会いたかったシダにはそんな声を気にすることなどなく、結界の封を破る。

反動で長かった前髪が塵となった。暗がりの視界はみるみる明るくなっていく。外はこんなに色んなものがあるんだと、視認することができた。


山の外に出た途端、思考は今まで以上にまとまっていく。


「いっそ、人間に為ろうか」

そしたらきっとモモも今まで以上に話しかけてくれる。幼い頃から隣にいた人間。同い年がいいだろう。歳もとるように。

力は神社に置いてきた。使う日はきっと来ないだろう。



「あれ?シダ!何してるの?」


「モモ、元気だった?」




「恐ろしかった……ユウを逃がしたあと、崖に飛びこもうとしたら、記憶が見えたから。シダのことをすべて知ったあとは、神社に向かった」


香織が言っていた話と一致する。嘘は言ってなさそうだ。二人はモモの話を静かに聞いている。


「けれど、いたのは酒呑童子たちだった。私はそのあとシダに見つからないように、魂を割った。そして魂は二人の人間のもとで宿った」


「俺と香織か」

モモは頷く。そしてモモの魂が転生したことに気づいたシダは、己も人と混じり転生した。


「それが霰どのだった」

「じゃあ、霰はどうなるの?」

「大丈夫。シダと霰は今やもう別の身体に分かたれているから。ただ……」


髪を結い直し、口を開く。

「もう逃げるわけにはいかない。私が止める」

まって、と香織はモモの肩をつかむ。

「シダのことは、本当に嫌いなの?」

「嫌いよ」


迷いのない目は、モモ自身を鼓舞させるかのように、ただ二つあった。


「関係のない貴方たちまで巻き込んでしまった。ユウのことも十分に愛してあげることができなかった。神崎のことも裏切ってしまった」


最後の言葉の真相がわからなかった。むしろ神崎はモモのいうことを無視して、シダを殺したはずだ。


「幼い頃の私は、神崎のことが好きだったの。兄のように優しく、いつか一緒になろうと心に決めていた」


神崎はシダが施した幻術のかかりが悪かったと言っていた。

「結局、ユリや神崎が正しかったのね」

友や愛すべき人を喪った。まやかしに囚われた末路だとモモは嘲け笑う。


「なら、どうして泣いているの?」


「……!?」


モモは涙を流していた。ポタポタと意志とは反しながら流れる涙に、戸惑う。


「……貴方たちを見て、思い出したのかもしれないわね」


モモは少しだけ口角をあげて笑う。


「シダと初めて会った、あの日のことを」





空間が裂けて、先の神社に戻ってくる。

まだ八月の暮れだというのに、紅葉があたりを包む。かつての主の帰りを喜ぶように。


「モモ!」


赤子のように笑う。山を捨て、力を捨て、村を捨ててまで護りたかった彼女は目の前にいる。


「シダ」

「やっと会えたな、嬉しいぜ」


顔を赤く染めないで。強く固く決めた意志がこれ以上揺らぐのは許せない。


「全部、知ったのよ。だから始まりの此処で、全てを還す」


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