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桜舞い散る頃に…  作者: 彩莉
20/30

心に刻んだ夢を

‪霰は寝室で、眠る前に考え事をしていた。‬


‪俺は約束を守れなかった。‬

‪香織を危険に晒さないという約束も、少女と交わした、門を開けない約束も。‬

‪こんなに悔しいと思ったのは、初めてだった。‬

‪目の前にいたのに。俺の力不足がこの結果を招いた。また親父に叱られるだろう。‬


‪……親父か。昔は若いのに俺と陸を育ててくれていた。身体が弱い母さんの分まで、本当に好きな父親だった。‬

‪母さんが死んでからは、上の犬に成り下がってしまった。‬

‪いつも過去を振り返るのはやめているのに、今日は止まらなかった。‬


‪そうか。親父にとっての母さんは、俺にとっての香織だった。‬

‪愛する者を失くした人間の末路。そう考えるのは難しくなかった。‬

‪もし……香織がそうなったら。‬

‪霰はそう考えただけでも気が滅入りそうだった。‬


‪そういえばしばらく家に帰ってない。陸や親父は元気だろうか。実は親父があのとき、家から出て見送ってくれたことは、少し嬉しかった。‬

‪子へのそれなりの愛情をまだ持っていた、あの冷酷な親父が。そのことに霰は少し喜んでいた。‬


‪別に、今のこの状況が嫌なわけではない。友達と話すのは楽しい。‬

‪それに、前世の一件のことも。昔から縁があった。色々と捻れた話もあったが、得たものもあった。‬


‪ただ、この状況をどこか一人で客観視している自分がいた。‬

‪それは恐ろしいとか、冷たいとか、そう言った感情がないからではない。‬

‪状況を上手くのみ込めていないからではないかと感じた。‬


‪霰の前世はシダで、レンが干渉していて、それに加えもう一人何かが入り込んだということ。‬

‪圭たちの前世は夕暮れに対峙した男に殺されたこと。‬

‪そう、それはやりとりの上でわかっていた。‬

‪だが俺はこれから何をすればいい?‬

‪霰は、自分がこの先どうするべきかを決めかね、悩んでいた。‬


‪天真と社神は、聞く限り強敵だ。それに、もし香織が怪我してしまったら?取り返しのつかないところまでいってしまったら?‬

‪想像するだけでも、嗚咽しそうになる。そんなことになってしまったら、霰はきっと後悔と自責の念でどうにかなってしまうだろう。‬


‪だが倒さないという選択肢はない。‬

‪いつ脅威として襲ってくるかわからない。いずれにしろ、仲間が怪我を負ってからでは遅い。‬


‪力が、欲しい。‬

‪仲間を護れるだけの力を。‬

‪世界や国、なんて大きいものは背負わなくていい。‬

‪仲間を。仲間だけでいいから。護りたい。‬


‪霰は切に願う。‬


‪つかの間の平和、安息だとしても。それで仲間皆を護れるなら。‬

‪そんなことを考えているうちに、霰は眠りに落ちてしまった。‬



‪ー‬


‪一方、神崎たちが寝ている神社には、一人の女が訪れた。‬


‪神崎は人影に気づき、灯りをつけて、寝間着のまま母屋から出た。‬

‪そのまま社の方へ向かい、来客と対面した。‬


‪「夜分遅くにすみません」‬

‪その声は、夕暮れに聞いた声だった。‬

‪「社神さんか?こんな夜更けにどないしたん」‬

‪神崎は特段驚くこともなく、社神が神社に訪れた理由を訊ねた。‬


‪「本当に、ごめんなさい」‬

‪額を地につけて、社神は謝る。‬

‪「いやいや!とりあえず、顔上げて!な?」‬

‪神崎は慌てて顔を上げるようにいう。‬


‪「わたくしは、天真様のことを何もわかっていなかった」‬

‪ほろほろとこぼれた雫は頬をつーっとつたい、袖に溶けていく。‬

‪やがて袖は重く濡れていく。‬

‪「……とりあえず、こっちきい」‬

‪神崎は、社神を客室に案内した。社神は星座を少し崩した状態で座っていた。‬


‪「まあ、これ飲み。……心配せんでも毒とかは入れてないで」‬

‪社神は出された緑茶を少しずつ飲んでいく。‬

‪飲み干した後、そっと茶碗を起き、虚ろげな口を動かした。‬


‪「わたくしが仕えてきた天真様は、ある日から蛟に囚われていました」‬

‪「蛟は、己を討たんとする天真様を強く憎み、天真様の弟君を殺した」‬


‪圭太は天真ではなく、天真の皮を被った蛟に殺された。そう言い換えができた。‬

‪天真はそのことを深く悩み、自身を責め、そして今日全てを社神に打ち明けた、とのことだった。‬


‪「助けてって、どういうこと?」‬

‪社神は神崎の問いの真意がわからなかった。‬

‪「え……」‬

‪神崎は続けて話した。‬

‪「天真を助けるということは身体を蛟から引っぺがすんや。でも天真はもともと古の人間、おそらく即死や」‬

‪「そんな……」‬

‪「生半可な情で戸惑ってると、今度は皆殺される。天真は自分が一番許せないことを自らの手ですることになる」‬


‪天真は社神に生きろと言った。たとえそこが自分がいなくなった世界であろうと。‬

‪神崎は天真の言いたかったことをきちんと理解していた。‬


‪「わたくしは……」‬

‪「うん」‬

‪「天真様の術者ですから。……天真様の命令はいかなるときにでも聞かんとだめですね」‬

‪「覚悟決めたんやな」‬

‪社神は静かに頷いた。‬


‪「思えば天真様は昔からいつも無茶ばかりして……その度に何度手を焼いたことか」‬

‪懐かしみながら、一つ一つ語っていく。その姿には以前の禍々しさなどはなく、普通の女の人と何一つ変わらないようだった。‬


‪「圭太はんもいてはったなあ。兄弟揃って破天荒な方でした。それにしても鈴羽とわたくしが姉妹と聞いたときは驚きましたわ」‬

‪神崎は社神のその一言に驚いた。‬

‪「え?鈴羽と社神さんは姉妹やったん?」‬

‪「そうみたいです。先ほど天真様から聞きました。わたくしは捨て子でしたので知らんかったんです」‬


‪「それ本当!?」‬

‪鈴が客室の襖を開けて、入ってくる。‬

‪「鈴ちゃん起きてたんか」‬

‪「さっき物音がしたから……それより今までの話は」‬

‪鈴は神崎の後ろに隠れながら社神に問う。‬


‪「本当です。もちろん信じられへんのも無理はないです」‬


‪鈴は神崎の横にちょこんと座り、社神をじいっと見る。‬

‪「……あのとき圭太が天真に殺された記憶を見たとき、とても悲しかった」‬

‪「つらくて、どうしてあんなお人好しが殺されないといけないんだろって」‬

‪社神は黙って聞いていた。‬

‪「でも、天真も何者かに操られてたんでしょ?」‬

‪「蛟です。圭太はんの前に、天真様が討伐しに行ってたんです。そのときに……」‬


‪「このままじゃ、圭太や天真がかわいそうだよね。私……頭良くないからわかんないけど」‬

‪すっと立ち上がり、社神の前で立ち止まる。‬


‪「その元凶を断ち切らないといけないと思う。天真やあなたのことは、そのあともう一回聞くから」‬

‪「鈴ちゃんはそれでいいねんな?」‬

‪神崎は鈴に尋ねる。鈴は首を縦に振った。‬


‪「一夜君が言ってた意味がわかったよ。こういうことだったんだね」‬

‪「俺も確信が持てなかったから、踏み込まれへんかってん。ごめんな」‬

‪鈴は神崎の頭を撫でた。神崎は少し驚く。‬

‪「一人で悩まないでね、私たちは一人じゃないんだよ」‬

‪苦い顔をする鈴を見て、神崎は驚く。‬

‪「うん、ありがとう」‬


‪「それではわたくしは一度帰らせていただきます。この度は本当に申し訳ないことをしてしまって……本当にごめんなさい」‬

‪「待って!泊まっていったら?」‬

‪帰ろうとする社神を鈴が止める。‬

‪「わたくしが怖くないんです?」‬

‪「今は怖くないよ。それに向こうに戻ったら、殺されるかもしれないでしょ」‬

‪蛟が社神を殺さないという保証はどこにもないわけで。‬

‪敵意がないなら、こちらに留まってもらおうという意見であった。‬


‪「それではお言葉に甘えて、ありがとうございます」‬

‪社神は深々と頭を下げ、泊まることにした。‬

‪そこで鈴は社神の身体に傷や汚れがあることに気づく。‬


‪「お風呂、入ってくる?」‬

‪「お風呂……?とは?」‬

‪「えっ!?知らないの?入ったこともない?」‬

‪「湖で身体は洗ってました」‬

‪鈴はとんでもない事実に驚く。‬

‪「じゃあさ、一緒に入ろう!」‬

‪社神の腕を引き、風呂の用意をする。‬

‪「一夜君!社神の着替えの服持ってきて!」‬

‪「き、着替えって……どれ持っていけばええの!?」‬

‪「なんでもいいからー!」‬

‪そう頼んで、風呂に連れていった。‬


‪ー‬


‪社神は、鈴のことを緊張感のない娘だと思った。‬

‪というのも、先ほどまで対峙していた相手と行動を共にするなど、考えられなかったから。‬

‪「社神めっちゃ細いね!羨ましいなあ」‬

‪そう言いながら、社神の手を引き、シャワーの前まで連れてくる。‬


‪「ここ、一夜君の家なんだって、すごく広いよね〜!あっ、ここをひねるとお湯が出るから、それで洗ってね」‬

‪言われたとおりにする。身体を洗い終え、湯船に入る。‬

‪「……社神さあ、天真のこと好きだったの?」‬


‪鈴はいきなり切り出す。社神は顔を少し赤らめて、下を向いた。‬

‪「どうでしょう。好きやったのかもしれへんなあ」‬

‪はっと口を抑える。‬

‪「いいよ、崩した口調のが話しやすいでしょ?」‬

‪「……天真様が、いつか元に戻る日があるなら……」‬

‪「私も協力するからね」‬

‪鈴はにっと笑い、そして風呂を出た。‬


‪「天真様……」‬


‪「あっ待ってください、わたくしも出ます」‬

‪社神は鈴を追って湯船から出る。‬


‪「ふう、とりあえず持ってきたけどこれでええの?」‬

‪神崎は脱衣所の手前でそう尋ねる。‬

‪「うん!ありがとう!」‬


‪鈴は持ってきた着替えに着替え始める。‬

‪「わたくしの服は……」‬

‪「あっ待ってね!」‬

‪「いえ、とってきます」‬

‪「え!?ちょ、服!」‬

‪社神はそのままつっきって、服を取りに行く。‬

‪「えっ社神さん裸…!」‬

‪もちろん神崎は焦り目を隠す。‬

‪「まあ、持ってきてくれはってんな。ありがとうございます」‬


‪社神は平然として着替えをもらっていった。‬

‪「え!?裸のままでとってきたの?」‬

‪「いてはるとは思わなくて。ふふ、やってしもうたなあ」‬

‪特に気にしていない社神を見て、鈴は驚く。‬


‪「さてと、お風呂まで貸していただきありがとうございます」‬

‪「今日は私と客室で寝よ!」‬

‪「ありがとうございます、でも悪いからわたくしは一人でいいですよ」‬


‪気を遣わせてはいけないと思い、そう断り、一夜が過ぎた。‬


「おはよー!」

朝一番に起きたのは圭だった。

「おはよう圭!」

鈴が珍しく早く起きていたので、圭はびっくりする。

「え?早くない?」

「そんなことないもん!」


「おはようございます」

社神が起きてきた。

「あ!エロ女」

「え……」

圭の発言に鈴はドン引きする。

「いや、あいつ敵だろ?オレなんかよく分かんねえけど操られてたし!」

「その度は申し訳ないです、もう解いたので安心してなあ」

「色々事情があって、一緒にいるの!」

そういって事情を簡単に説明する。

「ふーん、じゃあよろしくな!」

「よろしくするんかい」

神崎がツッコミながらやってきた。


「香織ちゃんと霰君にはもう説明しといたで」

「そういや二人は?」

「それがやな、聞いて。霰君が香織ちゃんを呼び出して、今神社の裏におる」

「ええー!」

鈴はびっくりして、はしゃぐ。

「コバは?」

圭は神崎に問う。


「あれ?コバ君来てない?」

「ここにいるよ」

コバは神崎の肩を後ろからポンッとたたく。

「おっびっくりした!」

「香織から社神のことは聞いたよ、今霰と香織はなんか話してるっぽいから先に来た」


「霰、とうとう香織に告るのか?」

圭はにたっと笑いながらはしゃぐ。



「話って、何?」

香織は霰に問う。


「香織……」










「お前、俺に何か隠してないか?」










「……」

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