第74話 調査記録7*特筆事項なし
私の剣が影の女の左腕を斬り落とす。私は女の側にあった机に降り立つ。殺すつもりはない。ただ、抵抗できないようにダメージを与えた。
「……ふふっ、それだけか?」
影の女が輝く光に包まれ、姿を消す。いや、移動しただけだ。彼女は部屋の隅っこにいた。腕は……残っている。確かに斬り落とした感触はあったハズなのに。
私は音を立てずにそこから飛んで別の場所に移動する。姿を消しているとはいえ、さっきの攻撃で位置を知られたかも。
「お前、それじゃヴァルハラ帝国は守れないぞ? お前の守りたい“可哀そうなブリュンヒルデ”も、IクローンもVクローンもみんな死ぬことになる」
「……あなたにブリュンヒルデさんの何が分かる!」
「なんでも、だ」
私は声を上げた直後、すぐに位置を変える。
斬撃が効かないのは驚くことじゃない。斬った感触があるのに斬れてないのは、Iクローンと同じだ。パーフェクターにもそういう能力を持つ人間はいる。
攻撃無効化の能力を持つパーフェクターで、表舞台にいる者は……私の知っている範囲じゃ誰一人としていない。でも、Iクローンなら……。そして、グリードシティにいる。これだけ条件が揃えば、影の女が誰か予測できる。
「あなたはクリスター政府崩壊直前、最後に作り出されたIクローン。ブリュンヒルデさんに起きたことを、何も知らない。――ねぇ、ヒエカさん?」
私は影の女がヒエカさんだと見た。これなら条件が合う。私はヒエカさんを知っている。だから声を偽装した。ヒエカは物理攻撃を無効化する。だから斬撃が効かなかった。ヒエカさんはグリードシティにいる。ここはグリードシティの中心だ。
私は剣に火炎魔法を纏う。ヒエカさんは氷のイノベーション。炎属性が弱点だ! 私は勝利を確実に、彼女の片足を奪おうと剣を横に、走り抜ける。
「私がヒエカ? 冗談を」
「……えっ?」
私は後ろを振り返る。だけど、もうそこに影の女はいなかった。私が分析の過ちを悟るのと同時に、私の身体は誰かに抱き止められる。柔らかい大きな胸に頭をぶつける。
「…………!?」
私は衝撃波で女を弾き飛ばす。部屋の中で宙を舞う女の姿は光を放ちながら消える。次の瞬間には、窓の外――空中にいた。彼女は浮かんでいた。
「可哀そうに。ヴァルハラの惨劇は避けられそうにないな。みんな、みんな死んで、ブリュンヒルデの心も壊れるんだろうな。今度こそ完全に」
「…………! お前にあの人の何が分かるってんだ! あの人は、あの人は……!!」
私は足に衝撃波を纏い、窓から飛び出す。そのとき、女は私に手をかざす。マズイ! 私はすぐ様、空中を蹴って動きを斜め左に変える。でも、予測していた攻撃は飛んで来なかった。代わりに……。
『連合政府総帥パトフォー 殿
F型複製兵(Fクローン兵)の製造は着実に進んでおります。すでに100万体が完成。更に400万体を製造中です。ご依頼のありました“生体コントロール・チップA(尖兵種)”も抜かりなく埋め込んであります。
“生体コントロール・チップB(司令種)”も開発済みです。生体コントロール・チップBを宿す者の司令により、クローン兵は如何なる命令でも実行に移します。――連合政府代表ティワード』
勝手に私の前に映し出されたスクリーン。マグフェルト・パトフォーに宛てたファイル。送り主は連合政府のティワード。今は亡き男だ。
「ど、どういう意味ですか……!?」
「そのままの意味だ。お前たちクローンの頭には生きたコントロール・チップが存在する。司令種のコントロール・チップを持つ者が、お前にブリュンヒルデを殺せと命令したら、お前は忠実にそれを実行するという意味だ」
「…………」
あり得ない。――あり得ない! そんなことあり得ない!!
「そんなこと、あるワケないじゃないですか。これはあなたが作った偽の――」
「――命令。コミット、上半身裸で傭兵アジトに戻れ」
「そ、そんなことす、るワケっ……? あ、れっ」
私は剣を鞘に戻すと、手に付けていたハンドグローブをゆっくりと外していく。意識ははっきりしているのに、心はそんなこと望んでいないのに、身体だけは女の命令を忠実に実行している。マントを外し、着ていたコートを脱ぎ捨てる。
「運命は定められている。誰も抗えない――」
「いや、だっ。何してるの、私っ……」
私は勝手に動く身体に対して抵抗らしい抵抗もできないでいた。軍服を捨て、シャツをゆっくりと上げてく。
「教えて上げよう。これからの運命を」
「…………!?」
目の前に黒い靄が現れ、何も見えなくなる。でも、少しの間だけだった。気が付けば、黒い闇が渦巻くどこかの施設に立っていた。
「め、女神に命を捧げよ……!」
「お、お前たち何してんだ!?」
「女神っくる日は近い!」
「ひぃぃっ!」
「いやっ、身体がっ」
「こちら、アレイシアG4! 一部のクローンが反乱を、きゃぁあっ!!」
白地に赤いラインが入った装甲服を纏うクローン兵が、逃げ惑うクローンを軽快な動きで襲っている。アサルトライフルや剣を手に、仲間の命を奪っている。
見慣れた場所に、見慣れた装甲服のクローン。――ヴァルハラ帝国アレイシア城の、ヴァルハラ帝国のクローン兵たちだ。
「ほら、お前のオフィスも見てみようか」
「…………っ!」
私は呆然とアレイシア城の行政総司令室に立っていた。アレイシア城にある最新設備の揃ったオフィスだ。でも、そこにいるのは私だけじゃない。
行政長官が座る椅子に1人のFクローンが笑顔を浮かべて、でも目からはたくさんの涙を流しながら、どこかと連絡を取っている。
「――こ、これで最後のオペレート、ですねっ……。フィルド筆頭将軍、今までありが、とう、ございま、しっ――」
「…………!!?」
私は理解不能な言葉を叫びながら逃げ出す。あのクローンが誰なのか、分かり切ったことだった。私は暗い闇をひたすら走り続ける。
「――運命は定められている。ヴァルハラの惨劇が起こる日、皇帝の心は壊れ、帝国は地に落ち、世界は輝ける統治を迎える」
どこからか声が聞こえる。もう走っているのか、飛んでいるのかさえも分からない私の頭に、どこかで聞いた声が響く。……この声は――。
「どうして、どうして、こんなことをするんですか……?」
――私が定めた運命。マナ満ちる女神の社を作るため。
「……私が“アレイシア城に戻ってあなたを殺したら”、この運命は消えますよね?」
――不可能。運命を変える力を持つのはお前じゃない。それに、私はお前の記憶を書き換える。
もう私は何をしているのか分からなかった。気が付けば、私は深い闇の満ちる場所に浮かんでいた。手足を動かせない。そんな私を黒くて大きな影が見下ろしている。
「――、あなたのこと信じていたのにっ……」
――記憶を書き換えれば、お前はまた私のことを信じるだろう。
不意に闇の果てから白い神々しき光が現れる。光そのものから強いマナを感じる。エンドレス・クリスタルと同等か、もしくはそれ以上――。
白い光の塊から無数の魔方陣が広がる。半透明をした銀色の魔方陣。これほどの力を、私は見たことがない。
――記憶書き換えを開始。コミット、また明日から一緒に暮らそうじゃないか。人の世を終わらせるために……!
私の意識が遠ざかっていく。誰かが私を抱きしめる。きっと光が操る人間もどき、私が明日からまた信じる女だろう。でも、何となく安心する。心が安らいでいく。気持ちいい。
……あれ、私ここで何してるんだ? 早く傭兵のキャンプに戻らないと、ブリュンヒルデ皇帝が待っているから……。
「――また明日から、よろしく」




