第57話 ファンタジア一族
最初に戦いの『見守り』をやめたのは私だった。私は震えながら祈るようにして立っているネーヴェの手を引っ張り、無理やり正気に戻させる。
「お前最初、グレイシアは最上階にいると言ったな?」
私は激戦の音を耳に入れながら、グレイシアがどこにいたのをネーヴェに確認する。
「えっ、あ、はい! そうです! グレイシア将軍は任務に従い、『ドール卿に貸した兵団の返還』を受けるため、城の最上階、――女王の間に向かいました」
『ドール卿に貸した兵団の返還』のために最上階に向かった、か。なるほど、グレイシアというのは本当に任務に忠実なんだな。勝手に回収せず、一応借主に話を付けに言っているのだから。
「そうか。さっき、あの女はフィルドさんとドールたち4人を始末したと言った。フィルドさんが向かったのも最上階。なら、4人はそこにいるハズだ。私を女王の間に案内してほしい」
「分かりました。では、ついて来て下さい」
ネーヴェはチラリとグレイシアとティルヴィングの戦いに目を向けるが、すぐに近くにあった階段を駆け上っていく。後ろから数人のクローンたちも付いてくる。――ヒルドは私たちの動きに気づきながらも、その場に留まった。
だけど、私たちの足はすぐに止まる。渡り廊下の手すりに叩き付けられ、転がり込んできたグレイシアが立ち上がり、私たちに向かってきた!
「アイツ……!」
「師に会わせてやろう」
私はグレイシアの振り下ろした刀を、自身の剣――レーヴァテインで防ぐ。だけど、防いだと思ったらすぐに剣を離され、再び攻撃してくる。私は防ぐことだけで精いっぱいだった。この実力、ルミエール政府の戦闘派将軍にも引けを取らない。むしろそれ以上か……!
「私の相手は、私でさぁ!」
「…………!」
グレイシアが床を蹴って逃げる。彼女は一階下の渡り廊下に降り立つ。後を追うのはティルヴィング。私たちは頷き合い、すぐに走り出す。
「――ティルヴィング、後で落ち合おう!」
「…………。行きなさい……」
後ろで激闘を繰り広げるティルヴィングに声をかけた私たちは、自身の身長以上にあるクリスタル製の大扉を開け、サキュバス城の内部廊下へと入る。
サキュバス城は相当高度に改造が施されているのか、内部は中世的な造りになっていた。いずれもファンタジア一族の好む様式だ。「サキュバス帝国」を倒した「ファンタジア帝国」。その時代に確立された中世の様式……。
「ここはドールの指示で?」
「はい。私たちはもっぱら城の改築工事や警備をしていました。グレイシア将軍の元で訓練をしていた頃に比べればずっとマシです」
「彼は、君たちを購入したドールってどういう人?」
「ドール=ファンタジア卿は、――一言でいえば甘えん坊少年です」
「えっ?」
ネーヴェの口から語られたドールという人物は意外だった。私はてっきり、屈強で乱暴な人間を想像していた。おカネでクローンを購入して、奴隷のように働かせている図を勝手に想像していた(ネーヴェたちにとっては、グレイシアの側よりもこっちの方がいいのかも知れないけど)。
「でも、彼は現ファンタジア当主です。つまり、「ファンタジア帝国」と「国際政府」を創設した一族の末裔たちを統べる方です。ただの甘えんぼさんではありません」
私はグリードシティで見た銅像がふと頭に浮かぶ。廃都のファンタジア公園で見たのは、スキピア=ファンタジア像。一民でありながら邪悪な「サキュバス帝国」を滅ぼすために立ち上がり、後に「ファンタジア帝国」を創設した女性の銅像だ。ファンタジア一族は、全員が彼女の末裔だ。
「ファンタジア帝国」の成立から200年後。当時の女帝とファンタジア帝族は、より民の声を国政に反映させるために「国際政府」という民主主義政府を創設した。ファンタジア一族は、歴史の中で多くの功績を残してきた一族……だった。
「ご存じだとは思いますけど、現代に残るファンタジア一族はクリスター政府のクラスタによって多くが殺害されました」
「……うん、そうだね」
私はネーヴェの視線からから目を離して言う。私がクリスター政府を去ってから、クラスタは暴走を激化させていった。EF2016年9月、ファンタジア一族は自らの帝国を蘇らせようと、「新生ファンタジア王国」を一方的に建国。
クラスタはシリカ将軍、コミット将軍、フウカ将軍を派遣。1ヶ月もしない内に、「新生ファンタジア王国」はクリスター政府の攻撃を受けて滅んだ。
だけど、クラスタは「新生ファンタジア」の国王にして、当時のファンタジア当主だけじゃなく、その一族さえも皆殺しにした。理由は分からない。
「生き残ったファンタジア一族は極僅か。クリスター政府が崩壊した後に、ドール卿の姉君が当主となりました。でも、何を思ったのかドール卿は自らの姉を殺害。受け継いだ財産で、私たちを購入しました。何があったのかは私たちにも分かりません」
「…………」
ドールは自らの姉を殺害して「ビリオン=レナトゥス」からクローンを購入、か。あまりいい気分はしなかった。殺した理由は財産が目的だったんだろうか……?
薄暗い中世風の廊下を駆け抜ける私は、ドールというまだ見ぬ少年に対して警戒心を抱き始めていた。少なくとも、ただの甘えん坊ではないようだ――。
<<幻想の果てに ――8章――>>
この世の全てを手に入れた女侵略者は、如何なる反逆者にも、北の外敵にも屈すまいと、最強の女戦士を作り出した。
その女は生まれながらにして強者であったが、女侵略者は彼女を己の弟子として鍛え上げ、自らの経験を全て伝えた。
やがて、女戦士は女侵略者を裏切り、彼女から全てを奪い取った。
女侵略者は泣き叫んで復讐を誓ったが、彼女にはもう侵略する力は残っていなかった。




