第56話 コマンダー・ネーヴェ少将
左胸から右のわき腹にかけて深々と斬られたコキュートス。刃は心臓を斜めに一刀両断したらしく、大量の血が垂れていた。ピクリともしない半怪物を見て確信した。もう、コイツは死んでいると――。
「……あ、あのっ――」
「…………?」
私たちがコキュートスの死を確認し終えたとき、後ろからスーツ姿をしたクローンが声をかけてくる。彼女がリーダー格のクローンであることは、すぐに分かった。なぜなら、彼女だけネクタイが赤色をしていた。他のクローンはスーツと同じ紺色だ。
「あなた方は――ヴァルハラ帝国の軍人、ですよね?」
「……君は?」
「私はコマンダー・ネーヴェ少将。ファンタジア派遣部隊の管理官です」
「コマンダー……?」
私は「コマンダー」という名称に引っ掛かりを覚える。今、名前の前にある程度の地位を表す名称を付けているのは、神聖レナトゥスだけだ。ルミエール政府やヴァルハラ帝国では採用していない。人間と同じく名前だけで呼称している。
「私は、いえ私たちは、今も神聖レナトゥスのクローンです」
「つーことは、あんたもあのクローンたちも神聖レナトゥスのクローンだということか? この遺跡の支配者は神聖レナトゥスということになるな」
「……遺跡の支配者はドール=ファンタジアというファンタジア一族の少年です」
「…………!」
「ん? どうした、パトラー」
「い、いや、何でもない……」
幾多の戦いを切り抜けてきた私の身体に、イヤな汗が流れる。「ファンタジア」。私はその姓をよく知っている。
「私たちは最初、「ビリオン=レナトゥス」所属でしたが、当時の総帥――ヒライルー閣下によってドール卿に売られました」
「人身売買じゃねーか、クソ」
「ええ、そうですね。でも、私たちは――嬉しかった」
「…………!?」
ネーヴェから出た言葉は、私たちの誰もが予期しない言葉だっただろう。売られたことが嬉しい……? 彼女は私たちの疑問を察してか、答えるように話を続ける。
「私たちは組織の中でも『氷の兵団』でした。指揮官のグレイシア将軍は、任務に忠実なお方です。その姿勢は私たちにも向けられました。……任務に少しでも支障の出る仲間、もう任務を遂行できないだろうと判断された仲間は、容赦なく斬り捨てられました」
「なっ……!?」
「だから、売られたことが嬉しかったんです。あの冷徹な機械のような指揮官から解放される。表では誰も表しませんでしたけど、心の中でみんな喜んだ」
淡々と語るネーヴェの目には涙の幕が張っていた。その声は僅かながらに震えていた。……読めて来た。彼女が私に声をかけた理由も。
「分かった。……コマンダー・グレイシアはどこにいる?」
「グ、グレイシア将軍は、私たちを迎えに来たんです……! 彼女は今、最上階の――」
「――私ならここだ、コマンダー・ネーヴェ少将」
「…………!?」
私たちは一斉に声のした方向を見上げる。冷徹な人斬り将軍は、メイン・ホールの3階渡り廊下から私たちのことを見下ろしていた。
「グ、グレイシア将軍っ、あ、あのっ、これは、あのっ――」
恐怖のあまり上手く話せないネーヴェ。彼女の表情には明らかな恐怖が現れていた。そんな彼女の前に、私は立って言い放った。
「お前がグレイシアか。“私の”ネーヴェに何か用か?」
「パ、パトラーさん!?」
「安心しろ。君を兵団という氷河に戻しはしない」
心に決めていた。ネーヴェを、彼女たちを忌まわしきレナトゥスの、あの女の元には戻させない。お前の人斬りも今日までだ。
だが、戦いを始める前に、冷酷な氷河の将軍は冷たい一言を発した。その言葉は、つららのように私の心に刺さる。
「――お前がパトラー=オイジュスか。さっき、お前の師――フィルドを始末した」
「……えっ?」
「てめぇ、テキトーなこと言ってんじゃねーぞ!」
「フィルド、スカジ、サーガ、そしてドールの4人は、私の餌食となり、氷河の中で永遠の眠りについた。これは紛れもない事実」
「ウ、ウソ……だろ?」
「やれやれ、……認めたくない事実を人はウソと決めつける。そうして、心の平静を保とうとする。そこまで言うのであれば、確認してみればいい。――あの世でな!」
グレイシアは腰に装備していた刀を抜き取る。……その刀は美しくなかった。赤茶色に汚れていた。血の跡だ……!
「さて、私の――。ここは私がいきましょう……」
「ティルヴィング!?」
「あちらさん、汚ねぇ人斬りの臭いでさぁ……。私は――」
ティルヴィングも刀を抜き、飛び降りてくるグレイシアに向かって自らも飛ぶ。2人は空中で激しくぶつかり合う。強烈な金属音が鳴り響き、激しい火花が散る。
「――あなたのような、人斬りは好きじゃねぇ!」
「誰かに好かれようと思ったことなど、ただの一度もない」
2人は素早く離れ合うと、足に白い衝撃波を纏って空中を蹴る。蹴った衝撃で高く舞い上がり、空中を自由自在に飛び回る。そして、動きの隙を見切り、何度も攻撃を仕掛ける。互いに何度もぶつかり合い、火花を散らす。
手練れの剣士同士の戦い。尋常ならざるクローン同士の戦い。私たちはもはや見守ることしか出来なかった。
私は知らなかった。ティルヴィングのことを何も――。
<<幻想の果てに ――7章――>>
2人の戦いが起きたとき、かつて滅んだクリスタルの王国の残党は再び立ち上がった。
もう一度あの素晴らしき国を蘇らせようと、兵を募り、王国を再興させてみた。
だが、怒り狂う女侵略は、複製された兵士たちを率いて、再興した王国を滅ぼした。
そして、二度と再起できぬよう、王族を皆殺しにした。




