第50話 太古の遺構
【中央大陸 ファンタジア州南部 ファンタジア遺跡】
中央大陸ファンタジア州南部――そこには国際政府・クリスター政府時代、一貫して立ち入りを禁じられた遺跡が存在する。遺跡自体が極めて貴重な歴史的建造物であるからとのことだった。
かつてこの遺跡は、2000年以上も昔、世界を統治していた「サキュバス帝国」の都であったという。「サキュバス帝国」が「ファンタジア帝国」に取って代わられるまで、この遺跡は首都だったらしい。
「ここがファンタジア遺跡か……」
私は辺りを見渡しながらファンタジア遺跡を進んでいく。地面はあちこちひび割れているとはいえ、全面石造りだ。保存状態も極めて良好といえるだろう。
「ふむ、ここが遺跡というものか。わしは初めて来たぞ」
「そもそも遺跡探査なんか、ヴァルキュリアの出番じゃねーだろ? ったく、退屈だぜ」
「ヒルドさん、静かにしなさい。これもミッションの一環ですよ」
「はいはい、分かってるつーのサーガ委員長」
遺跡探査開始10分にして退屈を訴えるヴァルキュリア・ヒルド。彼女は「破壊」のヴァルキュリアだ。今回は護衛として私たちと同行している(決して遺跡を破壊させるためじゃない)。
そして、ヒルドを注意するのは、ヴァルキュリア・サーガ。メガネをかけるVクローンの彼女は、まさに「委員長」だろう。もっとも、彼女は委員長ではなく中将だが。彼女は「解析」のヴァルキュリアらしい。詳しい力の内容は知らない。
「のう、主たちはグリードシティにも行っていたようじゃな? そこもここと同じ遺跡なんじゃろ? どうじゃった?」
「グリードシティは遺跡じゃない。あそこは廃墟だ」
「…………?? どう違うんじゃ? 資料を見たが、同じようなもんじゃないのか?」
1人だけ黒装束を纏う彼女は、ヴァルキュリア・スカジ。「影」のヴァルキュリアらしい。何でも人の影に入り込んだり、影そのものを操ったりできるらしい。
「のう、主はどう思うか? ティルヴィングや」
スカジは1人だけ私たちから距離を置き、黙り込んでいるVクローン――ヴァルキュリア・ティルヴィングに話しかける。
だが、彼女は黙ったまま、ずっと紅の色をした月に視線を向けている。まるで、スカジのことなど見えていないかのようだ。
「虫の居所が悪かったかの?」
戻って来たスカジが残念そうに言った、――ときだった。
「う、うわっ!」
「アレは……!」
「…………!? どうした!?」
私は後ろで声を上げるVクローンたちの元に走る。彼女たちが指さす方向に目を向けると、そこには建物の屋上から吊り下げられた女がいた。あの赤茶色の髪色、クローンか……!?
「フィルドさん、あの背中……」
「ああ、分かっている。何か書かれているな」
衣服をまとわぬ上半身。むき出しの背中に赤い文字が浮かび上がっている。――『立ち去れ。ブリュンヒルデの仲間たちよ』
文字から赤い水滴が垂れる。恐らく、背中に刃物を突き立てられて書かれた文字だろう。滴るのは血。まだ書かれてから時間がたってないということか。
「なんてひどいことを……」
「あたしらに喧嘩売ってるみてーだな」
「じゃが、さっきまでなかったハズじゃ。僅かな時間で誰かがやったんじゃろうな……」
スカジの言う通りだ。さっきまではなかった。この短い時間で誰かがあの死体を投げ込んだと考えるべきだろう。死体そのものは屋上にあって、私たちが来たのを確認してから投げ込んだと考えるのが妥当だろう。
「気づかないんだねぇ……」
「…………? ティルヴィング?」
「この遺跡についた時からさぁ、見張られてんだよ。相手が誰だかぁ、そんなことは知らんけどねぇ」
ティルヴィングが深々と被った笠を手で上げながら言葉を発する。その目は不気味な紅の月に向けられていた。
「そんな、ここは無人の遺跡だとコミットさんから……!」
「無人というのは表向きだけかも知れぬな」
「無人ってことは、誰もいねーってことだ。誰もいねーのに、無人かどうかは確認できねぇな」
「……誰かがこっそり侵入しているってことは考えられますね」
あの死体が投げ込まれた以上、誰かがいることは確実だ(まさか自動というワケじゃないだろう)。ただ、それが誰なのかが問題だ。ただの傭兵か、ルミエール政府の手の者か。はたまた神聖レナトゥスか……。
中央大陸中東部のファンタジア州はルミエール政府領だ。そう考えると、ルミエール政府の人間である可能性がもっとも高い。
だが、ルミエール政府があんなことをするのか……? アレは拷問されて殺されたも同然だ。こういうのもなんだが、ルミエール政府の統治は真っ当だ。こんなことをすれば大問題になるだろう。少なくともソフィアは黙っていないだろう。
「フィルドさん、どうしますか?」
「……帰れと言われて帰る私じゃないことはお前も知っているだろう、パトラー」
「帰らねぇことは当然だろ? 喧嘩売られて黙ってられるかよ」
「でも、より警戒しなければなりませんね。少なくとも私たちがここに来たことはバレてるようですから……」
サーガが辺りを見渡しながら警告する。周囲に人影はない。不気味な紅の光をした月が、幾千もの太古に滅び去った遺構を照らすだけだった。
<<幻想の果てに ――1章――>>
世界に戦乱の嵐が巻き起こる時代、ある王国が存在した。
その王国は名門の一族によって創設され、若い少年が国王を務めていた。
美しい女軍人が少年の補佐をし、王国は喜びに満ち溢れていたという。




