第49話 ファンタジアの惨劇
血の色をした陽が、地平線の彼方に消えようとしている――。
赤き陽は地の惨劇を表しているのか。
少なくとも、私にはそう感じられた。
EF2016年10月。
黒い夢を打ち破った白い夢が、血染められた。
――EF2016年10月 【中央大陸南部 ファンタジア州 幻想都市ファンタジアシティ】
今、ある血が絶たれようとしていた――。
幻想都市ファンタジアシティのメインストリート。大勢の見物人が不安そうな表情で見守る中、薄汚れた青い服を纏った集団――“罪人たち”が静々と進む。彼ら、彼女たちの表情は絶望に染まり、中には涙に頬を濡らしている者までいる。
「待て貴様!」
「止まれ!」
「…………!」
不意に列から1人の少女が飛び出す。彼女は来た道を走って戻ろうとする。その動きを止めようと、見物人と罪人との間に配置されていたクローン兵が銃口を向ける。
数度の警告にも関わらず、少女は泣き叫びながら走り続ける。青いラインが入った白い装甲服を纏ったクローン兵2人が、アサルトライフルの引き金を引く。けたたましい銃撃音。見物人たちの悲鳴。彼女はクリスタルで整備された地面に倒れる。真っ赤な血が緑色のクリスタルに広がる。
一部始終を目にした私はその場から離れる。数百人にも及ぶ罪人たちが一列となって進む先に足を向ける。
「……シリカ将軍はどう考えているんですか?」
付いてきていたクローンの将軍――コミットが言う。私は無言のまま、歩き続ける。彼女は私たちがこれまでしてきたこと、今していること、これからすることに反対なのは、聞かなくても分かる。そして、私も同じだった。
だが、私は“あの人”の部下だ。“あの人”が望むことを、忠実に実行し、叶えるだけ。今更、“あの人”を裏切ることなどできない。
「シリカ将軍っ!」
「…………!」
コミットが私の手を乱暴に掴んで歩くのを止める。彼女は私の身体を無理やり引き、叫ぶように言う。
「クリスター政府はいつから“こんなこと”をするようになったんですか!? “こんなこと”に手を貸して、シリカ将軍は何とも思わないんですか!?」
「…………ッ!」
私はコミットの手を無理やり振り払う。その勢いで彼女は尻餅をついて倒れる。私は彼女から逃げるように、その場から走る出す。
私だって、もう分からなかった。どうすればよかったのか、どうすればいいのか。ただ一ついえるのは、この惨劇の先にクリスター政府の未来はない――。
すでにクリスター政府は崩壊寸前だった。クリスター政府市民の心は離れ、議会は政府代表である“あの人”の即時退陣を求め、クリスター政府軍からも見放されつつある。
“あの人”の友であったパトラー=オイジュスもクリスター政府を去り、その師フィルドも行動を共にした。クリスター政府を人々を助ける統治機構にしようと誓い合った議員たちは、“あの人”と激しく対立している。
全てが“あの人”から離れていく。そして、いなくなった場所に、“悪魔たち”が忍び寄り、“あの人”の心を曇らせた。
「――罪人の処分は8割以上終わったわ」
「ああ、ご苦労。フウカ将軍」
「……このこと、気に病んでいるんでしょ?」
「…………」
私はファンタジア城のエントランスで会話をする“あの人”と“悪魔たち”に向かっていく。そんな私の行く手を、黒い装甲服に身を包んだクローンたちが阻む。
「邪魔だ。私は政府代表に用があって来た」
「ブリュンヒルデ中将より、如何なる者も通すなと仰せつかっております」
「中将が大将を遮るのか? なぁ、ブリュンヒルデ」
私は青いラインが入った黒い装甲服を纏うクローンたちの指揮官――ブリュンヒルデを睨みながら、低い声で言う。ブリュンヒルデは無言で私の通行許可を合図する。Vクローンたちは渋々と道を開ける。私は腰に装備する剣を触れていた手を戻し、再び歩き出す。
「あら、可愛い可愛い眼帯軍人のシリカちゃんじゃないの。どうしたのかしら?」
黒い装甲服に白いマントを羽織るフウカが言う。その表情は笑みに満ちていたが、目は私への敵意を表していた。私はフウカに構わず、椅子に腰かける“あの人”――クラスタ将軍に向かって跪く。
「クラスタ将軍、お疲れ様です」
「……シリカ、そんなに改まってどうした? 今更、そんな仲でもないだろう?」
クラスタ将軍は疲れ果てた表情のまま言う。その声に力はなく、目は虚ろなものだ。今の彼女に、黒い夢を打ち破った頃の覇気は見られない。
「罪人の処刑はほとんどが終了。『ファンタジア一族殲滅作戦』はもう間もなく完了だ」
「ああ、了解。これでファンタジア地方の邪悪な勢力は一掃され、魔法クリスタルの安定した供給が可能になる。クリスター政府に永続的な平和がもたらされた」
クラスタ将軍は壊れたような瞳のまま、淡々と言葉を紡ぐ。去っていく仲間たち、離れていく人心、激しい対立。彼女が疲れ切っていることなど、言われなくても分かることだった。
「これで残りは北方大陸に存在するシリオード帝国とビリオン=レナトゥス、ネオ・ヒーラーズだけだ。この三勢力を滅ぼせば――」
「クリスター政府の単独の世界が到来するってことね。ふふふっ……」
「…………」
私はクラスタ将軍の側で夜空を見上げる。紅の月夜。冷たい風が吹き抜けるファンタジアシティ。罪人の泣き叫ぶ声――。
本当はクラスタ将軍を止めに来た。でも、結局言い出せなかった。私が彼女を止めれば、私は彼女と対立することになる。そうなれば、彼女は私という仲間さえ失う。そして、彼女の側は邪悪なフウカたちIクローンばかりになってしまう。
「…………」
もう、私もどうすればいいのか、分からなかった。ただ、確かなことはあった。この惨劇の先にクリスター政府の未来はないだろう――。
女神の地で起きし惨劇。
自然の理を外れし存在、
太古より世を統治せし一族を殲滅する。
奸臣ヴァルキュリアに操られし白い夢、
黒に染まりて覇を失う。
覇の喪失の果て、
白の地割れ、
光と異の勢力が形成される。
異のヴァルキュリア、
最高の力を有しそなたを女神の遺跡に向かわせ、
私の存在に近づけさせる。
私は歓迎しよう、
命短し終焉の女騎を、
かつて私の君臨せし都にて――。




