第41話 バブル・マスター
「……降参? するワケないだろッ!」
「…………!?」
追いつめられていたビスケット中将が、ミズカの突きつけていた刀を素手で握る。予想外の行動だったのか、ミズカの表情が強張る。そんな彼女の後ろからクッキーが飛んでくる。
「あらら~?」
クッキーの持つ剣は黒紫色をしたエネルギー――ラグナロク魔法が纏われていた。ミズカは刀をビスケットの手から引き抜こうとするが、ぴくりとも動かない。手から腕にかけて血を滴らせるビスケットがにやりと笑う。
「チッ……!」
ミズカは刀を諦め、すぐ背後にまで迫っていたクッキーと対峙する。振り向くミズカの手に、魔法弾が纏われる。水撃弾だ! 水色の魔法弾は勢いよく飛んでいき、クッキーの身体に直撃する。水の弾ける音が鳴り響き、クッキーの身体がひっくり返るようにして倒れる。
「危ないですねぇ~」
ミズカの背後から繰り出される黒紫の刀。彼女はそれを辛うじて避けながら振り返り、攻撃主に水の槍を飛ばす。
「…………! ミズカ!」
「…………!?」
鋭い水の武器はビスケットの右肩を貫く。ラグナロク魔法を纏った刀が手から離れる。同時に、真っ赤な血が、ミズカの背からほとばしる。
「これは大変ですね~」
「うっ、ああぁッ!!」
倒れるミズカ。血の付いた剣を持つクッキー。クッキーはミズカの水撃弾を受け地面には倒れたが、そのまま彼女の側に転がり込み、ビスケットを相手にして隙が出来ていた背に剣を振り下ろした。剣にはラグナロク魔法が纏われていた。あの闇魔法はIクローンの属性防御を無効にしてしまう効果がある。
クッキーがとどめを刺そうと、苦しそうに地べたを這いつくばうミズカへと向かっていく。あのまま剣で首を斬れば、いくらIクローンとはいえど、命を失うだろう。足手まといになるかも知れないが、私が、いや――
「…………!」
あと少しでミズカの脳天を貫こうとしたクッキーの身体が、巨大な泡に包まれる。彼女はバブルの中でバランスを崩す。
「なっ……!?」
ビスケットがクッキーを助け出そうと、さっきも使ったミズカの刀を手に取ろうとする。だが、その身体はバランスを崩し、ひび割れた地面に叩き付けられる。まるで何かに滑ったような感じだ。
「はい、みなさ~ん! 大変、滑りやすくなっておりますので、ご注意ください~!」
満面の笑みを浮かべて注意を促すのは今まで傍観者でしかなったVクローン――フレイヤだ! 黒衣を捲し上げた彼女の両腕からは大量の泡がついていた。
「あんた、『泡』のヴァルキュリアか……!」
クッキーと同じように泡に閉じ込められたビスケットが悔しそうな顔で言う。彼女たちは泡に閉じ込められ、空中に浮かんでいる。
「そうなんです~。私が泡使いフレイヤです~! バブル・マスターって呼んでくださ~い!」
「そう……。ならバブル・マスター、――油断しすぎだ!」
「…………!」
泡まみれのバブル・マスターがとっさに飛び上がる。彼女のいた場所に剣が突き刺さる。空中に飛び出したフレイヤは、クッキーたちを閉じ込める泡と同じような泡を作り出し、そこに乗る。
「不意打ちはひどいです~。……なんて、命の駆け引きですから仕方ないですよね~」
「…………!」
剣を地面に突き刺しただけのプライシアが空を見上げる。いつの間にか、ルミエール政府の将軍は意識を取り戻していたらしい。
「プライシアさん!」
「プライシア将軍!」
バブルの中からビスケットとクッキーが声をかける。2人の表情がぱっと明るくなる。マズイな、ミズカが戦闘不能に等しいこの状況で、敵の将官は3人もいる。私の目の前にいるプライシアと、バブルに閉じ込められた2人。……私の目の前? そこでようやく私は気が付いた。
「あっ……!」
「もう遅いっ!」
プライシアは地面から剣を抜き取る。フレイヤがバブルの上からこっちに向かって飛ぼうとする。だが、隣にあったバブル――ビスケットを閉じ込めていた泡が、ショットガンの銃声と共に消える。
「あんたの相手は、このあたしだ!」
「…………!」
ビスケットがショットガンの銃口をフレイヤに向ける。彼女はさっきのバブルを精製していく。アレで自身への攻撃は防げるだろう。だが、――
「筆頭将軍ともあろう人が、防戦一方ですか!?」
「クッ……!」
一応敬意でも払っているのか、敬語を使うプライシアの猛攻に対して、私は防戦一方だった。彼女は両足に衝撃波を纏い、空中を自由自在に飛び回りながら素早い動きで攻撃してくる。防いだと思ったら、もうそこに彼女の姿はなく、全く別方向から剣が繰り出される。
「う、あっ……!」
プライシアの猛攻が、私のエレメントソードを空中に弾き飛ばす。激しく回転しながら空へと消えていく属性剣。その先に、プライシアの姿が現れ、剣を振り下ろす。金属音が鳴り、私の剣が叩き落される。刃が砕け、火花を散らせながら廃都の亀裂に消えていった。剣がないと攻撃を防げない……!
「覚悟っ!」
「…………!」
フレイヤはビスケットとクッキーを相手に戦っている。ミズカは刀を支えに立つのが精いっぱいだ。プライシアは好機を逃すまいと、全速力で迫ってくる。その剣先は私の心臓に狙いを定めていた。私に出来るのはその場から逃げることだけだが、すぐに追いつくだろう。なら……!
「…………!」
私の身体が倒れる。血の滴る剣先が目先で止まる。プライシアの剣は私の左腕を貫いていた。
「自分の腕を盾代わりに……!?」
私は剣をそのままに、右手でプライシアの胸ぐらを掴んで地面に叩き付ける。剣の刺さった左腕に鋭い痛みが走る。
「がっ、は……!」
私は剣を抜き取り、右手で握る。そのままプライシアを刺そうとする。だが、彼女は衝撃波を纏った足で私の足を掬い取る。極めて強い力だったせいか、身体が一回転して倒れる。剣が手から離れていく。
「ぐっ、ああぁあっ!!」
掬われた左足の膝に鈍い痛みが起こる。目を向ければ膝から下がやや変な方向を向き、戻せなくなっていた。さっきの攻撃で骨をやられたらしい。
「今度こそ――!」
プライシア剣を手に、再び迫ってくる。もはや絶体絶命の状況に、私は追い込まれていた――!




