第22話 イプシロンとスペード
「よく頑張ったね。もう、いいんじゃないかな。あんな女に付き合う必要なんてないよ」
ホノカは既に瀕死の男――スペードに手を差し伸べる。だが、スペードは素早く立ち上がり、腰に装備していた剣で彼女の差し伸べられた腕を斬り飛ばす。
空中に飛んだ腕。その切り口から赤い炎が上がり、斬り離された胴体側からも同じように上がっていた炎と繋ぎ合う。そして、切り口同士がくっ付き合う。……これまでの攻撃は、ああやって再生していたのだろう。つまり、彼女に物理・魔法攻撃は全て効かない、ということか。
「お、俺はイプシロン閣下の、……唯一のしも、べ。なにも、知らないお前にっ……」
「あの女、君の命を削って融合魔法を使っていたんだよ? つまり、君を生贄にして――」
「そんなこと、初めから……、知ってる。融合魔法を使えば、俺の命は削られ、やがて、死ぬことも……」
スペードは今にも消えそうな声で言う。その口からは真っ赤な血が滴っていた。……マナを使いすぎると、人は死ぬ。その前兆が吐血だった。彼は人間だ。ああなった以上、もう彼の命は長くないだろう。
「そう……。身も心も捧げた女に、命を差し出すっていうワケね。じゃ、そのまま人生の幕を下ろしなさいな」
ホノカは右手に炎と衝撃波を纏う。物理攻撃力を上げ、炎属性を追加する――。ホノカはそのまま拳をスペードに突き出そうとする。あの攻撃を受ければ、瀕死の彼は確実に死ぬだろう。
だが、ホノカが拳を繰り出したとき、不意に白銀の髪の毛をした女が立ちふさがる。炎の拳は女の腹部を貫く。女の口から血が飛散する。
「…………!? ……イプシロン閣下っ!?」
「おやおや、どうしたの? “あなたの使い捨ての部下”が、もう瀕死で辛そうだったからトドメを刺して上げようと思ったのに」
ホノカが拳を引き抜く。その手は真っ赤な鮮血に染まり、瓦礫の山となった地面に赤い滴となって落ちる。
「わ、私のっ、身体は、毒そのものっ……」
スペードへの攻撃を、まるで自らが盾になったかのような動きで封じた女――イプシロンは、血を吐きながら膝をつく。腹部に出来た傷口が発火する。
「最期に、毒をあなたに、か、感染させてっ、道連れに、しようとしただ、けっ、よっ……」
嘘だ。ホノカに毒は効かない。というより、物理・魔法いずれの攻撃も効かない。そんなことぐらい、イプシロンはもう分かっているハズだ。なら、あの行動の意味は? ……“心を共にするパートナー”を助けようとしたのだろう。例え、何の意味がないとしても――。
イプシロンの身体が炎に包まれていく。毒は炎に弱い。恐らく、スゴカの炎はイプシロンの内臓を焼いただろう。
彼女は片腕を失っても、毒液で再生できるが、それも限界がある。身体の重要な器官を失えば、もう再生することは出来ない。
「炎に負けるのは、これで、“三度目”、かし、らっ……?」
「イプシ、ロン閣下っ……!」
イプシロンの後ろにいたスペードが、下唇を噛み締める。だが次の瞬間、勢い良く立ち上がり、ホノカに向かって剣を前に、全速力で突進する。
剣はホノカの心臓を貫く。貫き、貫通する。スペードはホノカの身体を“通過する”。彼女の身体が炎に包まれる。再生の炎だった。一方、スペードの身体も炎に包まれる。だがそれは、破滅の炎だった。スペードは剣を落とし、倒れ込む。――残っていたマナが消え、彼の命は失われた。私にはそれが分かる。
「フィ、フィルド、に負けた、ときも……、“シ、シリオー、ドの『あの女』に、負けたっ…ときも”、炎っ、だっ――」
炎に焼き尽くされていくイプシロンの身体が倒れる。三度負けて、全て炎。だが、三度というのはなんだ? 一度目は私だろう。三度目はホノカ。二度目は『あの女』? 誰のことだ……?
「スペー、ドが…、側にいてくれ、た……から私、…」
イプシロンはその場に倒れ込む。彼女のマナが一気に失われていく。人が死ぬとき、マナが急速に失われていく。さっきのスペードと同じように。イプシロンはもう――。
「フフっ、ここが、私の…終わり、なのね……。私は、シリオー、…を……『あの女』を……。………」
静かなる猛毒の女がその先を語ることはなかった。シリオードから来た女と男の命は焼失した。私の心に彼女の最後の言葉が引っ掛かっていた。――『あの女』?
イプシロンはシリオード王国を滅ぼすため、この中央大陸で活動していた。このヴァルハラ帝国で、クローンに対して不満を持つ人間を集い、反乱を起こす。反乱を起こし、帝国を滅ぼし、新たなる国家を作る。そして、シリオード王国に攻め込み、シリオード王国を滅ぼす。それがイプシロンの計画だった。
だが、計画は成功することなく終わりを迎えた。もう、過激派レジスタンスも終わりだろう。カリスマ的なリーダーを失った組織の崩壊は早い。
一つ気になっていた。――イプシロンはなぜシリオード王国を滅ぼしたかったのだろうか? 二度目に敗北した『あの女』とは……?
<<コミットのメモ書き>>
【イプシロン=シリオード】
◆基本データ
◇性別:女性
◇種族:人間
◇所属:クローン・ハンター(首領)
◇戦闘:魔法(毒のパーフェクター)
◆概要
彼女は毒に関する魔法を操るパーフェクターです。スペードと魂を1つにして魔獣化する「融合」を使うことが出来ます。魔獣化すると、戦闘能力が格段に上昇し、弱点である炎攻撃もあまり効かなくなります。
彼女はシリオード出身で、元々は「ある王国」の王族だったようです。しかし、権力争いに敗れ、この中央大陸に来たようです。※不確定情報
ところで、私は実は「透明のパーフェクター」です。シリオードの伝承によると、パーフェクターは心を共にするパートナー(……これって恋人のことですよね??)と魂を1つにすれば、魔獣化できます。つまり、私も心から好きになれる彼氏を見つければ、魔獣化することが出来るんでしょうか……?
◆特筆事項
魔獣化の話は上記にありますが、リスクも伴います。
それはパートナーの命を削ってしまうということ。魔獣化は大量のマナを使いますが、そのマナは自身ではなく、パートナーのを消費します。つまり、強力な力と引き換えに、自分の恋人の命を失うということでもあります。
……魔獣化、私は使わないようにします。恋人の命を削って力を手に入れるなんて、私にはとても出来ません……。
【スペード=カード】
◆基本データ
◇性別:男性
◇種族:人間
◇所属:クローン・ハンター(副首領)
◇戦闘:格闘
◆概要
イプシロン=シリオードの恋人。イプシロンが「融合」を使うときのパートナーでもあります。彼とイプシロンの関係はとても長いようで、もう何年も恋人関係にあるようです。
魔獣化のリスクをイプシロンは知っていると思いますが、彼女はこれまでにも何度か「融合」を使っているようです。2人の間にどんな取り決めがあったのかは不明ですが、何かあったんだろうと思います。……じゃないと、「融合」なんて使えませんよ。




