第21話 イノベーション・クローン
イプシロン=バハムートの攻撃を喰らって消えたハズのホノカ。彼女はまるで何事もなかったかのように、魔獣の後ろに立っていた。
――避けたようね。中々やるじゃない。
ホノカの生存に気付いたイプシロン=バハムートが私たちに背を向け、再び彼女に迫る。今度は右腕を下から上に向かって降り上げる。立っていたホノカの身体は毒爪に斬り裂かれ、空中に打ち上げられる。
――死になさい!
イプシロン=シリオードが口内に大型の魔法弾を精製し、それらを飛ばす。……今度の魔法弾は3つに分かれ、それぞれが弧を描きながら飛んでいき、彼女を同時に襲う。3つの魔法弾が彼女の身体に着弾し、空中で爆発を起こす。
激しい衝撃波がシールド内にも伝わってくる。建物の一部が崩れていく。瓦礫が落ちてくる。相当威力の高い魔法弾なのだろう。
「どこ狙っているんですかぁーっ!?」
「…………!?」
爆風に流されるように飛んでいるホノカ。彼女は変わらぬ笑みを浮かべている。そんな彼女に迫るイプシロン=バハムート。魔獣は鋭い爪を振り上げ、彼女の身体を斬り裂きながら瓦礫の山に叩き落す。落下地点で瓦礫が舞い上がる。
「ホノカ……!」
今度の攻撃は確実に彼女に当たっている。ギリギリで避けたということはないだろう。今度こそ死んだか……!? だが、瓦礫の中からゆらりと女性の影が立ち上がる。
私は『イノベーション・クローン』というものを知らなさ過ぎた。
私とパトラーが「クリスター政府」を離脱した後、政府代表クラスタは『イノベーション・クローン』を作り出した。
「ほらほらっ、私はここですよーっ!」
――…………!?
次世代戦闘用クローンとして開発された『イノベーション・クローン』。私は彼女たちの能力を知らなかったが、莫大な予算を組んで作られた彼女たちは、もはや従来のFクローンとは比べ物にならないほどの能力を有しているらしい。
「また魔法弾ですかぁっ? もう飽きてきんだよねーっ!」
――フフッ、なら避けずに戦ってくれないかしら?
「避けてないですよぉ?」
イプシロン=バハムートが毒液の滴る爪で勢いよくホノカの腹部を貫く。もう、私はホノカの心配をしなかった。
「……ほら、避けてないでしょっ!?」
――…………ッ!
腹部を貫かれたホノカ。爪は確かに彼女の腹部を貫き、先端が彼女の背から飛び出している。なのに、彼女は痛がるそぶりを見せない。我慢とは明らかに違う。
「……もうさ、やめた方がいいよ? その融合魔法、“心を共にするパートナー”の命を削っているんだよ? こんなに長い時間、あんなに強力な魔法を撃ち続けて、一緒に融合したスペードくん、死んじゃうよ?」
急にホノカは、憐れむような目でイプシロン=バハムートに話しかける。その手は魔獣の手の甲を撫でる。その瞬間、イプシロン=バハムートは勢いよくホノカを空中に投げ捨てる。そして、今までにないほどの巨大な――自分の身体以上の魔法弾を精製する。
「もう、分かってるんでしょ?」
イプシロン=バハムートは巨大魔法弾を飛ばす。彼女の後ろにあった廃工場の壁を砕いていく。今までにないほどの轟音が鳴り響き、強烈な衝撃刃が波のごとく押し寄せる。シールドの中にいなかったら、間違いなく弾き飛ばされていただろう。廃工場が崩れていく――。
「フィ、フィルドさんっ……!」
「パ、パトラー……!」
強烈な衝撃波に耐えながら、何とかその場に踏みとどまった私はゆっくりと閉じていた目を開ける。目の前には何重にもなったキャンセル・シールドが張られていた。パトラーが張ったらしい。彼女は爆発が収まったのを確認すると、シールドを解除する。
目の前の風景は一変していた。廃工場の半分が消し飛び、辺りは一面瓦礫の山と化していた。その中で浮かぶ大型の魔獣――イプシロン=バハムート。
「はいっ、勝負終わりっ!」
禍禍しきオーラを放ち、いかにも強敵であることを示すかのような風貌をした魔獣。その目の前に立つのは強さを全く感じさせない若い女性。だが、戦いは後者に傾いていた。
不意に魔獣が浮力を失い、膝をついて瓦礫の山に倒れる。そして、閃光と共に魔獣の姿は消え、2人の男女が現れる。いうまでもなく、イプシロンとスペードだ。
「クリスター政府」が巨額の費用をかけて作り出した『イノベーション・クローン』。その一角を担うホノカの能力は、確かなものだった。
驚異的な力を誇るイプシロン=バハムートの攻撃を、ものともしないホノカ。あらゆる攻撃を完全に無効化している彼女は、事実上、無敵の存在だ。
だからこそ防げなかったのだろう。「クリスター政府」崩壊事件を、あのクーデターを――。
今から2年前のあの日、ブリュンヒルデはクローン軍と『イノベーション・クローン』を率いてクリスター政府議事堂に乗り込んだ。
戦いらしい戦いはなかったらしい。それは私の中で、今のホノカを見て確信に変わった。――当然だ。クリスター政府最強の軍人たちに、戦いを挑もうなどと愚かなことを考える衛兵がいるハズがない……。




