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七十八話目 深川琉生

 王都には割と長く滞在する事になっていた。

 国から派遣されているアダンさんが色々と忙しいからだ。

 王都にある冒険者ギルドで依頼達成報告をして報酬を貰い、アダンさんを置いてアルバの街に戻る事も考えなくは無かったんだけど、それはしないでくれとアダンさんにお願いされたので、それならばと暇な時間にする事を考えた結果、カールを鍛える事にした。

 とはいえ、俺に大した指導が出来るとも思えないのだけど、マリア師匠から教わっている闘神流闘法をほんの少しなら教える事が出来ると思ったからだ。

 そんな訳で、闘技場を借りる為に冒険者ギルドに向かおうとすると……


「私も一緒に行こう」


 カールを鍛えると聞いた蜥蜴人のンボマさんがバリトンボイスでそう言うので、一緒に行動する事にする。

 ンボマさんは水神流闘法の刀術の凄腕のうえに指導力もあるので、カールだけでなく俺も色々と学ばせて貰った。

 王都での日々は、ンボマさんからの指導や観光で時が過ぎる。

 因みに王都には学園があり学園冒険者が多くいるので、トラブルの予感があったんだけど、トラブルらしいトラブルもなかった。


 そんな平穏な日々の誕生世界とは違って、地球世界では俺の中では大きなイベントが待っていた。

 今日は、侑生さんのお弟である琉生君のお見舞いだ。

 侑生さんと一緒に出掛ける、一緒に歩く、それらの事を考えると心がウキウキしてくる。

 だけど、侑生さんの唯一の身内である弟の琉生君と会う事を考えると緊張をせざるを得ない。

 お隣同士という事もあって、侑生さんと一緒に病院へと歩いているんだけど、もうずっと入院している事から予想出来る様に、きっと重病だろう琉生くんと会う緊張の方が強い。

 侑生さんにどんな病気なのか聞くべきなんだろうか? でもそれはなんとなく空気が読めていない様な失礼な様な気がしている。

 普通に友達の弟として会えばいいのかな? そもそも俺と侑生さんの関係ってどうなんだろう? 友達なのかな? ただのお隣さんなだけかもしれない……駄目だ、悲しくなってきた。


 病院に着き、受付を済ませた侑生さんと俺は、いよいよ琉生君の病室へと向かう。

 受付では病室の様子を外部に漏らさない誓約書の様なものを書かされたので、より不安が増している。

 病室への一歩毎に落ち着かせたい自分の気持ちとは逆に緊張が高まる。

 緊張が高まったままに部屋に侑生さんと入ると、そこには俺がいつも使っている寝袋と非常によく似た物がベッドの上にあった。

 違うのは寝袋に様々な管の様なものが繋がれている事だろうか。


「もしもし琉生? 着いたよ」


 侑生さんが携帯電話で連絡すると、程無くして寝袋のチャックが開いていく。

 姿を見せた琉生君は、少し痩せているけど病的な痩身ではなく健康的な肌艶で、ニッコリと笑う。

 長いこと入院している病人には見えない。

 琉生君は侑生さんに向かって手を振ると次に俺の方に顔を向ける。

 俺と目が合うと、琉生君は人好きのする魅惑の笑顔を見せる。


「稔さん?」

「うん、そうだよ。宜しくね、琉生君」

「やっと会えたよ!」


 そう言って琉生君は笑顔を輝かせる。

 その笑顔は眩しくて、暖かくて、緊張してガチガチに固まっていた体を解かしてくれる。

 緊張が解けた俺は、琉生君と誕生世界の話でかなり盛り上がった。

 俺の精神年齢が低いのか逆に琉生君の精神年齢が高いのか、それとも何らかの理由があるのか分からないけど、とにかくなんだか琉生君とは妙にウマが合い、何時の間にか俺からは琉生、琉生からは稔兄みのるにいと呼び合うようになっていた。


「じゃあ稔兄は、もう直ぐ神様に会うの?」

「神様に会う?」

「うん。神造迷宮を制覇すると神様に会えるって聞いたよ!」

「ああ、なんだかそんな話を聞いた事があるかも」

「羨ましいなあ」


 今までニコニコ顔だった琉生が寂しそうにしている。

 そんな顔をされたら事情を聞かない訳にはいかない。

 話を聞いてみると、琉生はどうしても神様に会いたいと言った。

 神様に聞きたい事があるそうだ。


「でも……」「でも?」


 今度は悔しそうな顔をするので、また話を聞く。

 琉生は神造迷宮の中層で行き詰まっていると悔しそうに言う。

 どうしてもクリア出来ずに死に戻りで塔の入り口に戻されてしまうそうだ。


「僕には時間が無いのに……」

「琉生、ごめんね。お姉ちゃんがもっと力になれれば……」


 琉生と侑生さんの言葉に胸が締め付けられる。

 俺はこの姉弟に何か出来ないのか? 何とか助けてあげたい気持ちが高まる。


「お姉ちゃんのせいじゃないよ。僕だって、もっと……」

「琉生……」

「稔兄と一緒に冒険出来たら僕達もあと少しで神様に会えたのかな……稔兄と一緒に冒険したかったな」


 その言葉を聞いて俺はジョーさんから聞いた事を思い出した。

 寝袋を使った訪問者が最初に行ける浮遊大陸の数は決まっていて、誕生世界用の身体を作る度にそのどれかに行くんだけど、一度行った大陸には行かない。

 だから琉生や侑生さんが誕生世界の身体を作っていけば、必ず俺の今居る浮遊大陸に来れる。

 早速、琉生にそれを伝える。


「ただ、今の誕生世界での身体で来る事は出来ないから、レベルは最初からになっちゃうんだけど」

「行くよ! 稔兄の居る大陸に僕行く! いいよね、お姉ちゃん?」

「琉生がそう言うなら私も行くよ。それに私も稔君と一緒に居たいし……」

「え?」

「あ、いや、なんでもないよ。それより、稔君は今は最初の街に居ないんでしょ? 最初の街に戻って来るまで待った方が良いのかな?」

「でもレベルが最初からだから、早めに行って稔兄が来るまでにレベルを少しでも上げておいた方が良いんじゃないかな?」


 うーん、どっちが良いかな? でも王都での足止めが何時までか分からないからな。

 一度、誕生世界に行って、どれ位の時間が掛かるかアダンさんに聞いてみよう。

 時間がまだ掛かるようならアダンさんには悪いけど、先行してアルバの街に戻ろう。

 そうなると、二人には来て貰っても良いかも知れない。

 その事を伝えると二人は了承し、琉生にいたっては直ぐにでも個人空間に行くと言い出す。

 その前に琉生の携帯電話番号だけ聞き、俺と侑生さんは病室をあとにすることにした。


「琉生が我侭言ってごめんね?」

「え? そんなことないですよ。それに俺は琉生と冒険出来るの嬉しいですよ」

「そうだよね。稔君、琉生と凄く仲良くなってた」

「俺が精神年齢低いのかルイが精神年齢高いのか分からないけど、琉生とは波長が合うんですよね」

「それは凄く嬉しいんだけど……」

「え? 何かありましたか? 俺、もしかして何かしでかしちゃいましたか?」


 病院からの帰り道、二人で話している侑生さんが少し暗い顔になった。

 誕生世界で慣れたとはいえ、俺は元々コミュニケーション能力が高い訳じゃない。

 知らず知らずに人に嫌われる事もある。

 自分がした何気ない事が他人を傷付ける事だってあるだろう。

 侑生さんの次の言葉を緊張しながら待つ。


「琉生とばっかり仲良くなっちゃってさあ。未だに私には敬語だし……」


 おっと、そう来たか。

 まさかの展開に鼓動が早まる。

 こういう時は、どうすれば良いんだ? 自分の経験の少なさが恨めしい。

 ともかくまずは、謝ろう。


「えっと、なんか、ごめんなさい」

「あ、違うの。怒ってるとかじゃなくて。私にも琉生と話してるみたいに話して欲しいなあって」

「タメ口って事ですか? でも侑生さんて年上だし……」

「え? 違うよ。同い年だよ」

「え?」「え?」


 年上だと思っていたんだけど、どうも勘違いしていたようだ。

 話を詰めていったら、もう誕生日はとっくに過ぎていたから一つ上な訳で、産まれた年は一緒だった。

 そうなると、年上だから敬語って理由も無いわけで、侑生さんに押し切られて敬語は使わない事になった。

 侑生さんは、さん付けに関しても嫌がっていたが、呼び捨てになんて出来ないし、ちゃん付けするのもなんだか恥ずかしいしで、なんとか回避した。


「敬語は本当にダメだからね」

「わかり、わかったよ」


 こういうグイグイ来る感じは苦手意識があったんだけど、侑生さんだからか嫌じゃない。

 それに、最初は嫌だと思った友人だって、タメ口で話しているうちに親しくなっていった。

 社会に出て必要に迫られたり、余り知らない人と対外的に話す時には敬語や丁寧語は大事だけど、心許せる同年代を相手にはタメ口であるほうが親密にはなりやすいのかもしれない。

 そう思ったら、最初は不自然だったけど、侑生さんとも普通にタメ口で話せるようになっていく。

 母親以外では十年振り位に自然に親密に女性と話せている俺がいて、なんだか不思議だ。

 いや、一緒に食事とかしてる時も普通に会話をしていたんだけど、琉生と会った事が切欠でより新密度が増した気がするんだよね。


 アパートに着いた俺は、直ぐに寝袋に入り、個人空間に行くと誕生世界へと向かう。

 アダンさん達に合流すると、今直ぐにでもアルバの街に戻りたい事を告げると、丁度良かったという言葉が返ってきた。

 アダンさんは俺の有用性を国やギルドに訴え、王都からアルバの街へと繋がる転移門の使用許可を取っていたそうだ。

 それにより、俺と俺の連れは転移門をある程度自由に使う事が出来る様になった。

 なんという有り難さ、おまけに国家依頼完遂の報告も済ませてあり、ギルドに行けば金銭を受け取れるそうで、至れり尽くせりで逆に申し訳ない。


「じゃあ、早速アルバの街に戻りますね。でも、アダンさんやンボマさんはこれからどうするんですか?」

「私はこのまま王都に残るよ。だが、アルバの街には頻繁に行く事になるだろう。縁があったら、また会うだろうし、その時は宜しく頼む」

「はい」

「転移門でアルバの街に戻るなら、もう護衛は不要かな? 私は集落に戻る事にするよ。それとカールなんだが、一緒に連れて行っても良いだろうか?」


 ンボマさんが意外な事を言ってきた。

 そういえば、カールには水神流闘法の才能が有ると言っていたし、弟子として鍛えたいのかな? カールに聞いてみると、カールもンボマさんに着いて行きたいと答えた。

 そういうことなら、それでも良いかな? むしろ本人が望むなら、それが良いよね。


 ということで、俺はみんなと別れ、転移門でアルバの街に戻った。

 転移門の出口はアルバの街から少し離れた小高い丘だったけど、そんなに距離がある訳じゃない。

 因みに、あまりにも早い展開だったからなのか、琉生も侑生さんもこの浮遊大陸には来ていない。

 いや、確認した訳じゃないけど、もしこの浮遊大陸に来れたら電話して貰う事になっているんだけど、それがないから来てないと思う。

 それならということで、俺は一先ずマリア師匠に帰ってきた事を報告しに行く事にする。


 久しぶりの街並みは帰って来た感が凄くて、ここは自分のホームなんだなって思う。

 まあ、その自分は丹沢稔じゃなくてアルムだけど。

 そんな事を思いながら歩いていると、マリア師匠の宿が見えてくる。

 ますますの帰って来た感に宿の前で感慨に耽っていると、中から楽しげな声が聞こえる。

 おお、マリア師匠が楽しげに笑っている声が聞こえる。

 ジョーさんでも来てるのかな? 俺はワクワクしながら扉を開け大きな声で「ただいま帰りました」と言う。

 その声に反応してロビーに居る人達が俺に注視する。

 俺はその人達の中から目的のマリア師匠を探す。

 居た! マリア師匠だ。

 あれ? マリア師匠の傍に居るのはジョーさんじゃないな。

 誰だあれ? 子供のエルフ? 随分美形だな、でも日本人ぽさも有る様な? あれ? この子の顔、メチャクチャ見覚えあるんだけど? さっき会ったばっかりだし。

 というか、琉生じゃんか! 琉生にしか見えないよ。え? あれ? なんで?


「アルム兄? アルム兄だよね? 僕、ルイだよ! ここに来れたよ!」


 そう言って琉生は、とびっきりの笑顔を見せながら俺に近寄って来た。

 よくアルムの俺が丹沢稔って分かったなあと感心する。

 俺は琉生の頭を撫でながら、良かった良かったと一緒に喜んだ。

 それにしても、ここでの話は結構したからこの宿に居るのは分からなくはないけど、まさかマリア師匠とあんなに楽しげに話をするようになっているとは思わなかった。

 恐るべきコミュニケーション能力である。


「琉生、恐ろしい子」

「ん?」


 はい、言ってみたかっただけです。

 あとは侑生さんが合流できればオールオッケーだ。

 ちなみに今の琉生は漢字の琉生じゃなくてカタカナのルイだって聞かされた。

 音は一緒だけど知っておいて欲しいそうだ。

 それと驚愕の事実を聞いた。

 なんとルイはマリア師匠をナンパしたそうだ。


「ルイ、やっぱり恐ろしい子」

「この浮遊大陸に来たら橋の所に綺麗なお姉さんが居て声を掛けたらマリアさんだったんだよ」

「突然、「綺麗なお姉さん、マリアさんという貴女の様に綺麗なお姉さんがやってる宿屋はありませんか?」なんて聞いて来るもんだから、なんの冗談かと思ったねえ」

「この浮遊大陸には綺麗な人が一杯居るってアルム兄に聞いてたから、この大陸で初めて会った綺麗なお姉さんがマリアさんだなんて思っても無くてビックリしました」

「全く、アル坊も口が上手いけど、弟はそれ以上だね」


 そう言って豪快に笑うマリア師匠を見て、ルイはともかく俺の口が上手いとはどういうことでしょう? なんて思ったんだけど、ところで弟ってどういうこと? アルム兄って呼んでるからかな? 分からない事は聞くに限る。


「えっと、弟ってどういうことですか?」

「なんだい、あんた達は兄弟なんだろ?」

「ああ、ルイはアルム兄って呼びますけど、兄弟って訳じゃないんですよ」

「へえ、そうなのかい。二人ともよく似てるのにねえ」

「でも、アルム兄と僕はいつか義理の兄弟になるよね?」

「え? どういうこと?」

「だって、アルム兄はお姉ちゃんと結婚するでしょ?」

「ふぁっ!?」


 そこには、素っ頓狂な声を出した後に固まる俺が居た。

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