十八話目 冒険者ギルド
18.
「ただいま! マリア師匠はいますか?」
マリア師匠の店に戻った俺は着いて早々に受付カウンターにいる従業員さんに話し掛けた。
従業員さんは大きな声でハキハキ返事をすると、スタッフルームに向かった。
こう言うのって何だか気持ちが良いんだよね。
やっぱり、大きな声でしっかりと挨拶するのは大事なんだよなと思える。
地球に戻ったら、せめて家から大学に行く時と大学から家に帰った時は挨拶してみようかな? でも、いきなり言ったら変に思われちゃうかな? それにきっと恥ずかしいよなあ。
そんな事を考えているとマリア師匠がやって来た。
「マリア師匠、ただいま!」
「おかえり、アル坊! 今日もしっかりと指導するからね」
「はい! 宜しくお願いします!」
「その前にしっかり食事を済ませないとね。食事はまだだろ?」
「はい! ありがたくいただきます!」
昼食を終えた後、一休みするとマリア師匠の指導が始まる。
今日はわざわざ浮遊大陸の地の終わりに行く事は無く、先ずは店の裏にある大きな庭でマリア師匠の演武を見る事になった。
華麗なのに豪快なその演武を「見てな」って言ったから見てるけど、これを覚えろって事なのかな? 目で追うのがやっとの速度で、とても覚えきれない。
おっと、演武が終わった。
「どうだいアル坊、今の演武は見えたかい?」
「なんとか。目で追うのがやっとでしたけど……」
「へえ、今のが見えているのかい。なかなか良い目をしているねえ。だけど……」
マリア師匠は何かを言い淀んでいる。
まだまだ不出来って事なのかもしれない。
今迄の人生で格闘技なんて習った事は無いし喧嘩の経験も無い、そのうえ才能が有るとも思えないからなあ。
不肖の弟子ってやつかもしれない。
マリア師匠に対して申し訳無い気持ちになる。
「もう一回見といてくれるかい?」
そう言うとマリア師匠は演武をまた始めた。
遅い? 今度は流麗華美だけど凄いゆっくりと演武している。
それともゆっくりだから流麗華美なのかな? でも、ゆっくりだけど目まぐるしく動きが変化するから目で追うのが意外と難しい。
「うわっ!」
一転、今度は凄く速さの迫力がある動きに変わった。
一撃一撃に相手の命を刈り取るような気迫を感じる。
でも、動きそのものは単調で目が慣れてしまえば動きを捉えるのは容易い。
「捕捉眼のスキルを覚えました」
例の声が聞こえた。
どうやらスキルを習得したようだ。
演武が終わったマリア師匠にその旨を伝えて感謝する。
「そうかいそうかい」
マリア師匠は嬉しそうに頷いている。
上手くいったって事かな? なんだかわかんないけど良かった。
「じゃあ今度は当てにいくからね。魔力操作で防ぐんだよ?」
「え?」
マリア師匠は軽くステップを踏むと、結構な速度で上段蹴りを繰り出してきた。
思いっきり俺の顔面を狙っています。
咄嗟に、攻撃線上に魔力防御壁が展開させていく。
でも、その全てを軽々と打ち破り俺の顔面にマリア師匠の足の甲が当たる……寸前にピタリと止まった。
「蹴りを意識してからの防御壁を展開するまでの速さは良かったけど、防御壁の硬度がお粗末だねえ」
「衝撃を緩和したり吸収する薄い板みたいなのをイメージしてるんですけど、それじゃ駄目みたいですね」
「冒険者としてやっていくなら、もっと強い防御壁を展開したいところだねえ」
何か良い物はないかな? マリア師匠の蹴りすら受け止められそうなものなんて想像つかないな。
待てよ? そうか、あれがあった。
地の終わりから凄い勢いで落下した時に包まれた見えない何か。
あの感じをイメージしてみよう。
「マリア師匠、もう一回お願いします」
「じゃあいくよ?」
マリア師匠がまた軽くステップを踏む。
今度は上段蹴りじゃなくて前蹴りが来た。
わざわざ技を変えてくるあたりはさすがだなと思う。
イメージを変えた防御壁を前蹴りの攻撃線上に展開する。
今回は魔力防御壁が破壊される感じはしない。
でも前蹴りは魔力防御壁の抵抗を受けつつも俺の腹に向かって、どんどんと近付いてくる。
どうやら、魔力防御壁のイメージが柔らかすぎたみたいだ。
でも、また寸前で足は止まった。
「防御壁が壊れなかったのは良いけど、柔らか過ぎるねえ」
「今度はイメージを少し変えてみます。もう一回お願します」
「それじゃあ、いくよっと」
不意打ち? マリア師匠は今度はステップを踏む事無く、ノーモーションで正拳突きを放ってきた。
俺は、それになんとか反応し魔力防御壁をさっきの弾力性を保ったまま濃縮して壁を硬くする様にイメージして展開する。
マリア師匠の拳が見えない壁と衝突してこちらに向かってこようとするけど、ある一定の距離からこっちに来る事が出来ない。
成功かな? マリア師匠は更に力を込めて壁を壊そうとしている。
嫌な予感がして来たので、壁に注ぐ魔力を増やして強度と弾力性を上げる。
マリア師匠はそれに気づいたのか俺の顔を見るとニヤリと笑う。
「おっと」
マリア師匠が拳を一旦引き下げようとしたのか力を抜いた瞬間、拳が凄い勢いと速さで正拳突きの軌道を戻っていった。
「へえ、いいねえ」
マリア師匠が獰猛な笑顔を見せると、今度は豪快な蹴りを繰り出してきた。
だけど正拳突きと同じ様に魔力防御壁に当たり、反ね返る。
「こいつは面白いねえ。アル坊、さっきとの違いをしっかり見とくんだよ」
「はい! わかりました!」
マリア師匠はさっき見せてくれた、動きが早く迫力のある演武を俺に当てるように繰り出してきた。
でもさっきは豪快で力強い中にも単調ながらも連続性があり、リズミカルな演武だったのに、今は何と言うか音痴な演武になっている。
たぶん、技を出す毎に防御壁によって攻撃が反発するから、次の攻撃を出すのがマリア師匠の意図するタイミングと違ってるんだろう。
そして、そのズレが隙になっている気がする。
そんな事を考えていると演武が終わった。
「どうだい? さっきとの違いは分かったかい?」
「えっと、さっきは隙が無かったのに対して、今回は動きにムラが有って隙が有るように感じました」
「なんだい、ちゃんと気づいていたんだねえ。それなら、そこで攻撃してくれば良かったのに」
「マリア師匠に対して攻撃するなんてとんでもないですよ!」
「でもそれをしないと戦える様になれないよ?」
「う、わかりました。でも、どうやって攻撃すれば良いんでしょうか?」
「演武を見ていたんだから攻撃の仕方はだいたいわかるだろ?」
「頑張ってみます」
それから、マリア師匠の攻撃の合間に隙が有ったら、俺の方から攻撃するようにしていった。
休憩を挟んだり、マリア師匠の夕方の仕事が入ったり、夕食を済ませたりして、すっかり暗くなった頃に半自動反撃と言うスキルを覚えた。
攻撃を認識する事によって自動的に魔力防御壁が展開される半自動防御のスキルと同じ様に、攻撃後の隙を認識する事によって自動的に反撃するスキルだ。
自動的な反撃は俺が出来る攻撃を繰り出すだけなので、マリア師匠の様な人なら簡単に躱されてしまう。
そこが弱い所だ。
ただ、取り敢えずは戦える状態になったとので、冒険者ギルドに行って冒険者登録だけは一応する事になった。
なったんだけど……
「本当にそんな決まりがあるんですか?」
「規則として有る訳じゃないけど、伝統みたいなもんさ」
「喧嘩を売るとか経験無いんですよ」
「仕方ないねえ。それじゃあ師匠の私が手本を見せてあげようじゃないか」
いやいや、勘弁してください。
マリア師匠が言うには、冒険者ギルドで初めて登録した時には、目に付いた強そうな人に喧嘩を売るって決まっているとの事なんだけど、とても俺にそんな事が出来るとは思えない。
だからマリア師匠にそれとなく出来ないって事を伝えたかったのに、全然伝わってない。
マリア師匠は喧嘩したい、あるいは騒ぎたいだけなんじゃないのかな? 完全にウキウキしてる。
マリア師匠が暴れたら大事になりそうだから、ここは止めておかないとね。
「いやいや大丈夫ですから。それに伝統なら喧嘩を売らない人がもし居たら、逆に絡んでくるんじゃないですか? その人が喧嘩を売ってくれますよ。それじゃ駄目ですか?」
「ああん!?」
必殺技来ちゃったよ。
これが出たら弱者の俺は従うしかないんだよなあ。
「……じゃあ、目に付いた強そうな人に喧嘩を売るように努力します」
「しっかり見てるからねえ」
くっ、逃げられないか。
仕方が無い。
覚悟を決めるしかなさそうだ。
もう冒険者ギルドの目の前に着いてしまった。
あとは受付に行って冒険者登録が終わったら、ギルド内に居る強そうな誰かに喧嘩を売らないといけない。
意を決して、立派な建物の大きな扉を開けて中に入って行く。
マリア師匠は受付が終わった頃を見計らってギルド内に入って来るそうだ。
「あの、すみません、ちょっといいですか?」
「はい、なんでしょうか?」
扉を開けると奥に受付カウンターが有り、受付のオジサンがにこやかに笑っていたので早速話し掛けてみた。
女性じゃないところが実に良いです。
そして、色々と質問をしたりされたりした後は、ギルド内に居た強そうな人に喧嘩を売る事も無く冒険者ギルドから外に出た。
目の前には仁王立ちしたマリア師匠。
「喧嘩を売ってきた割には随分と早いねえ。瞬殺してきたのかい?」
「いや、瞬殺って殺しちゃってるじゃないですか。実は喧嘩は売ってこなかったんですよ」
「ああん!? どういうつもりだい?」
はい、また必殺技来ました。
でも今の俺は大義名分が有るから、いつもとは違うぜ。
「実はギルド登録受付の時間が終わってたんですよ。登録してないのに喧嘩を売るのも不味いかと思いまして、そのまま出てきました」
「んんん、そう言う事なら仕方ないねえ。明日登録した後にちゃんと喧嘩を売るんだよ?」
「勿論そうするつもりなんですけど、明日の昼過ぎには地球世界に帰らないといけないんですよ」
「なんだって?」
マリア師匠が少し困った顔をしている。
俺の予想通りならマリア師匠は昼過ぎじゃないと時間が取れない。
つまり、マリア師匠が付いて来れない午前中にギルド登録してしまえば、喧嘩を売る事も無く問題も無く帰ってこれるという訳だ。
マリア師匠の言い付けを守らないのはどうかと思うけど、マリア師匠は騒動を楽しみたいだけだろうから、自分がその場に居れないなら喧嘩をしなくても許してくれるんじゃないかな?
「だから午前中に冒険者ギルドに来て登録しちゃいますね」
「そうかい。それじゃあそうしなさいな」
マリア師匠は見るからにテンション下がってる。
やっぱり、マリア師匠は自分も楽しみたいだけだったに違いない。
「マリア師匠を楽しませられなくてすみません」
「何を言ってるんだい。楽しみはこれからさ、明日に備えてさっきのを繰り返すよ。私に当てられるまで頑張るんだよ」
「まじっすか?」
「ああん!?」
「はい、分かりました。頑張ります」
その日は、くたくたになるまでマリア師匠の攻撃を耐えては反撃をするという動きを何度も繰り返した。
半自動とはいえ自分の身体を動かすのだから、疲れるのは当たり前と思うんだけれど、なんとなく理不尽さを感じなくもなかった。
宿の自分の部屋に戻ると風呂に入り、ベッドに入り込む。
少し寒かったからフランに出てきて貰い、抱きかかえて眠る。
フランは嫌がる事もなく、一緒に眠った。
普通の猫と違って獣臭く無いところがますます気に入った。
明日は冒険者ギルドでの登録を無事に済ませられると良いな……




