第36話 二度目の告白①
俺は体を強張らせずにはいられなかった。
「やましいことは何もしてない」
「別に大輝を疑ってるわけじゃないよ。ただ、琴音が何か仕掛けてきたんじゃないかと思って」
陽菜にはやはり、隠し事などできない。
このまま白を切り通すこともできる。
けど、それはそれで彼女を傷つける。
俺は、今日ファミレスであったことを正直に一部始終話した。
「……そっか、琴音が」
「俺はちゃんと断ったよ」
「でも、気になってるんでしょ?」
違うと、即答することはできなかった。
――それは嘘になるから。
赤の他人でもない、この一年半もの間、俺がずっと恋い焦がれていた人からの本気の想いだ。
全く気にならないわけがない。
「陽菜、不安にさせてごめん」
「私は別に大輝が悪いとは思ってないよ。それに最初から言ってるように、私は大輝を困らせたくない」
彼女が俺の頭を両腕で抱きしめた。
そして優しく、自分のうなじの方へ引き寄せた。
「私は、大輝の女だよ。二番目でもいい。だから、絶対に捨てないで」
俺はその言葉に応えるように、彼女の首筋に唇を這わせ、強く吸い付いた。
後で知ったことだが、キスマークは肌の下が切れて残る痕だという。
◇◇
振られた。
琴音はファミレスから戻るなり、糸が切れたように畳へ身を投げ出した。
いつだって、自分は告白を断る側だった。
今回みたいに、自分が断られる側になるのは初めてだった。
(こんなに痛いものなんだ……)
自分に告白して振られた男子生徒たちが、今にも泣き出しそうな顔をしていたのを思い出す。
琴音も頭では理解していた。
ただ、それがどんな痛みなのかまでは分かっていなかった。
(分かってはいたけれど……)
今回の告白は、あくまで琴音自身の気持ちをちゃんと知ってほしいという目的だった。
大輝が受け入れてくれる可能性が、限りなく低いことは分かっていた。
ただ、ショックは想像以上に大きかった。
(そういえば、大輝はどうやって毎月耐えていたんだろう)
2年生になる前は月に一度、定期的に彼は琴音に告白していた。
そして、そのたびに断られていた。
それでも心を壊さずにいられたことが、どれほど過酷なことだったのか――今の琴音には痛いほど分かる。
(ここで挫けちゃだめよ、私……)
自分が大輝に与えた傷は、こんなものじゃなかったはず。
1年生の時の彼がそうだったように、何度断られても耐えなきゃいけない。
琴音はどうにか涙を堪え、畳から起き上がった。
(考えるのよ)
机に向かった彼女は、ノートを広げた。
そして今後どう振る舞えば大輝が自分を振り向いてくれるか、その戦略を練り始めた。
さっきのファミレスでの一件を見るかぎり、今の大輝はこれから陽菜との関係を最優先にするのは間違いない。
ただ、本気の告白を聞いた時のあの表情。
琴音には正確には読み取れなかったが、どうにもあれはただの困惑だけには見えなかった。
(まだ大輝くんの中で、私の存在は小さくないはず)
そこに賭けるしかない。
でも、どうやって?
琴音が握るペンが止まった。
ひとまず琴音は、陽菜の『二番目の彼女』という言葉を反芻した。
それは本当に、二股でも構わないというだけの提案だったのだろうか?
(違う……!)
元々陽菜は、大輝にとって琴音の親友に過ぎなかった。
琴音を介さなければ、大輝がわざわざ陽菜と会う理由などなかったのだ。
そんな状況は、大輝を狙う陽菜にとって不都合だった。
(恋愛対象として見てもらう時間を、文字どおり増やしたのね)
冷たい一番目の彼女とは対照的に、温かい二番目の彼女としての姿を見せる。
そうして陽菜は、あえて琴音がいなくても大輝と二人きりで会える絶好の役割を手に入れた。
つまり『二番目の彼女』は、単なる二股の提案などではなかった。
大輝に自分の魅力を刷り込むための『接点』と『時間』――その両方を手に入れる画期的な仕組みだったのだ。
琴音は次々と浮かぶ思考をノートにまとめた。
(なら、私もこの成功例に倣わなきゃ)
核心は『二番目の彼女』という言葉そのものじゃない。
言葉に隠された意味。
恋愛対象としての自分を見てもらうための、接点と時間を増やすことが重要。
(そのためにはまず……)
大輝が逃げられない状況を作らなければならない。
陽菜が使ったあの嘘告動画が、その一例だ。
あの動画は決定打になり、大輝に琴音との関係を省みるきっかけを与えた。
(ちゃんと私を見てもらえるように、環境を作るのよ)
夏休みはすでに過ぎ去り、主戦場は学校へと移った。
もし学校で周りが琴音を単なる大輝の女友達としてしか見なくなったら?
大輝もその空気に流される。
そうなれば、大輝にとっての絶好の逃げ道になってしまう。
逆に、周囲も琴音を事実上の大輝の恋愛対象だと見るようになったら?
(私のことを少しでも意識してくれるはず)
そもそも陽菜が夏休みに言っていたように、二学期が始まる前までは、学校では琴音の相手は大輝という空気が強かった。
それに、罰ゲームだったとはいえ、一度は付き合っていた仲だ。
つまり、決して突拍子のない話ではないということ。
なら、今の学校の空気を変えるための方法は?
(簡単)
琴音はその方法を想像するだけで顔から火が出そうになる。
けれど、なりふり構っている余裕なんてない。
何より、恥ずかしさよりも大輝を失う悲しみのほうが辛い。
恥は一瞬。
でも喪失感は、いつまでも続くかもしれない。
(私、必ず変わってみせるから)
だから、せめて一度だけでいいから、チャンスを……。
琴音は心の中で祈りながら、ペンを忙しく走らせた。
◇◇
翌朝。
今日も陽菜と手を繋いで登校した。
4組の彼女を見送り、俺は自分の教室である3組に入った。
「おはよう、大輝くん」
「……え?」
俺の机の横に、島崎さんが立っていた。
確かに彼女は2組のはずだ。
周囲の困惑が、ありありと伝わってきた。
「島崎さん……?」
「琴音って呼んでってば、もう」
「いや、その……」
「琴音」
「……琴音さん、どうしたの?」
「さん付けもいらないんだけど」
昨日のことなど無かったかのように、島崎さんが微笑みを浮かべた。
直視できないほどに眩しかった。
「渡したいものがあって来たの」
「渡したいもの?」
「うん。少し話もしたいし。とりあえず座って?」
気乗りはしなかったが、ここで変に断ってこれ以上クラスの注目を浴びたくもない。
だから俺は、大人しくその言葉に従った。
すると島崎さんは、俺の前の席の奴に声をかけた。
「悪いんだけど、少し席を借りてもいいかしら? その……誰だったっけ?」
「あ、はい。どうぞ。ちなみに俺は佐々木です」
「ありがとう、佐々木くん」
おい、男子スクールカーストのトップ、なんで無抵抗なんだよ。
いや、こいつ面白がってる顔してるからわざとか?
無駄に佐々木に心の中で毒づいている間に。
島崎さんが俺の前の席に座り、振り返って俺と視線を合わせた。
「これ、昨日の夜に一生懸命考えて書いたの。読んでほしい」
彼女がポケットから、ピンク色の封筒を取り出した。
ハートのシールが少し歪んで貼られていた。
ポケットにずっと忍ばせていたのか、角が少し丸くなっていた。
(これは、どう見ても……)
呆気に取られる俺に、島崎さんが念を押すように告げた。
まるで教室の全員に聞かせつけるかのように。
「す、好きです。つ、付き合ってください」
――それはかつて、俺が月に一度は彼女へ告げていた台詞そのものだった。
思考がその場で凍りついた。
「えっ!?」
「なになに!? 今の、告白!?」
「でも藤森くん、今は本城さんと付き合ってるじゃん」
「修羅場?」
「修羅場!!」
教室だけでなく廊下まで騒然となるのに、そう時間はかからなかった。




