世界の型
あの夜以降、ギブは学校の宿舎を寝床にしながら、国の周辺に意識を張り続け、他の国の襲撃に備え続けた。
もう一つの『万』の門とかなり離れた場所に位置しているとはいえ、この国の『万』の門を狙う者も必ずいる。
門の出現自体も魔人は感知できる。狙われるのも時間の問題だ。
レリンガルドから離れた位置にある『万』の門周辺では、常に門を巡っての戦争が絶えない状態になっていた。
多くの国にとって、一番近い場所にある門だ。
手に入れる目的と同時に、他のの国にも渡さない為にも戦争は必要だった。
そんな激戦区を避け、レリンガルドの門を狙う国もとうとう現れた。
現れたのは1万の贄を運ぶ大軍と、それを率いる数十人の『千』の魔人。
アイゼンだけでなら確実に守り切れないほどの戦力だった。
だが、今レリンガルドを守るのは世界にただ一人だけの『万』の魔人だ。
決着は早かった。ギブの圧勝だ。
地形に手を触れ、大地を無数の棘に変化させ、大軍を纏めて串刺しにした。
漏れた敵は、圧倒的な身体能力の差で、拳を振るって直に殴り殺した。
彼らが運んだ贄たちは、レリンガルドで保護することになった。
この調子で匿っていけば兵糧の心配はあるが、門の贄になる以上、他の国へ行けとは言えない。
「ありがとうございます……!」
保護した贄たちから感謝をされたが、死ぬほど鬱陶しかった。
それでも見捨てるわけにもいかなかったから、戦った後はアイゼンに対応を全部投げた。
汚れを落としてから宿舎に帰るも、その帰路の途中で保護区の者たちに一様に感謝されたので、以降は屋根を飛び越えながら帰ることにした。
ひどく疲れた様子のギブを、セオやリリア、子どもたちが心配したが、心配から逃げるように、ギブは一人で寝るようになった。
戦いに嫌気がさしたある日、襲ってきた魔人たちを死なない程度にのし上げて、「もう門を狙うな」と忠告だけして逃がそうとしたことがある。
忠告しようと歩み寄ったところ、腹を魔人の剣で刺された。
「『万』の魔人が何を言っているんだ‼ 私たちにだって、その力が必要なんだ‼」
殺されそうになって、やむを得ず殺した。
死体の山を見て思った。この中にアイゼンは何人いたのかと。
思ったが、すぐに考えるのを止めた。何人いたとしても、レリンガルドという国を選ぶ以上、自分のやることは変わらない。
時折、レリンガルドの門を狙う別国同士が鉢合わせしてしまい、ギブと戦う前に、門を巡っての戦いが起こることもあった。
自分がいてもいなくても、戦争というものはなくならないらしい。
門がある以上、誰かが誰かの代わりに戦って、何かを背負わなければならない。
門がある以上、魔人は消えない。銃もなくならない。
人が人を傷つけるという選択肢を持つ以上、
世界から戦争は消えない。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
日に日に疲弊して、一人で部屋を借りて、その中に閉じこもるギブ。
部屋のドアを強引に開けて、死んだようにベッドに伏せるギブの体を、セオが強くゆすった。
「もういいよ‼ そんなになるまで戦わなくていいよ‼ 一緒に出よう?! 他の場所を探そうよ?!」
この国を見捨てたくはないが、叫ばずにはいられなかった。
悲痛な声を上げるセオに、ギブが弱弱しい声で語り始める。
「……ケーキ作ったときにさ。型があったじゃん。丸い奴」
「なんだよ急に?!」
「あれみたいにさ。世界には決まった形のちーっちゃい型があってさ……その型の中に——国とか、村とかの更にちーっちゃい型があるとするじゃん」
「……」
「どんなやつもさ。その型にぴったりはまるやつなんていなくてさ。体とか、心とか。何かを強引に削って、型の中にはまらなきゃいけないんだ。削る場所は自由だけどさ、必要な分だけ、自分の体を削ぎ落さないといけないんだよ」
鉋やノミで体や胸を削っていく感覚を想像してしまい、思わず身を固めてしまう。
「……おれは魔人になっちゃったから、皆より沢山削らないと、同じ場所に入れないんだ。……ここが一番、削られなくてすむ場所かもしれねえんだ」
妥協。諦め。
自分の人生に確かな楔を打ってしまった言葉に、ボロボロと涙があふれ始めた。
諦めないでくれ。そんな風に自分を差し出さないでくれ。
声にして叫びたかったが、その代わりに差し出せるものも、辛さを共有してやれるだけの力も、自分は持っていなかった。
冷たい魔人の体に、自分の熱を擦りつけた。
自分のエゴ以外の何ものでもない熱が、少しでも伝わってほしかった。
門を守り続け、戦いに暮れる日々。
そしてある日のこと。
レリンガルドとは別の『万』の門。
その門で儀式が完了したのか、2つの内1つ門の存在が消失した。




