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贄の王  作者: 糸音
最終章 贄たちの王

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蒼の魔人 

 レリンガルドの国境の奥に、凡そ1万と千の大軍が迫っていた。

 贄を運ぶ様子はない。先に門を抑えに来たのか。

 真意は分からないが、争いは覚悟した方が良いのは間違いない。


「ギブ君……あれは……」

「ああ。間違いねえ」


 その大軍を率いる存在に、ギブとアイゼンの緊張が高まる。




「『万』の魔人」




 もう一つの門を巡る争いが終わり、とうとう誰かがギブと同格の力を手にしてしまった。

 大軍を率いる異形。

 3m弱はある巨大な躰。皮膚の代わりに張り付いた黒い黒鉄の鎧。

 その硬い皮膚には鋭いヒビのような模様が広がっているのまではギブと似たような見た目だ。


 大きく異なるのは、腕の数。左右2本の腕に加え、まるで阿修羅、あるいは蜘蛛のように肩の後ろから生えた6本の腕が、翼のように生えている。

 紋様を走る魔人の光も、ギブの深紅の輝きとは異なり、深海から光が差し込んだような、深い蒼の、体温を奪うような冷たい輝きが溢れ出していた。

 ギブには不揃いな白い歯がむき出しになった口があるが、この魔人にはそもそも口がない。

 その代わり蜘蛛の顎のような鋭い突起が口の周りから生えており、さながら神のような、あるいは捕食者のような神々しくもおどろおどろしい姿の魔人が、気品の溢れる足取りで、それでいて宙に浮いたようなふらふらとした歩みで、レリンガルドへと向かってくる。


「王様君、皆を逃がしてきて」

「しかし……君一人では」

「邪魔」


 ギブに勝てない以上、万の魔人との戦いでは足手まといか。


 意図を理解し、アイゼンは贄たちの保護区へと向かった。


 アイゼンが去り、ギブは改めてこちらに向かってくる蒼の魔人へと視線を向ける。

 ここからでもわかる。自分と同格の存在だと。

 こいつを殺さなければ、セオの、リリアの、子どもたちの命がない。


 そんな、危険な存在だというのに。


「……?」


 胸を静かに刺す違和感が、戦う前の緊張の上に、得体のしれない不安を上書きしてくる。

 初めて見る『万』の魔人。の、はずなのに。


 初めて見る気がしないのは、なぜか。


 よく見れば、魔人の後ろを歩く軍隊も何か変だ。

 数十人の『千』の魔人たちも、その後ろに続く1万人の衛兵たちも、体を何かに操られているように、足取りが不自然に浮いたり、足を引きずったりして行軍してくる。中には体に糸が付いたように、歩きすらしないのに。膝を地面で擦りながら進んでくる衛兵の姿すらある。


 それに、肝心の行き先が——


「こっちに来て……ない?」


『万』の門がある城の方ではなく、城壁の方へと、進行方向が切り替わる。

 蒼の魔人が大軍から離れて、一人向かう先には、セオやリリアが身を寄せる学校があった。




 ♢ ♢ ♢ ♢ ♢




「まさか、こちらに向かってくるとは……」


 セオやリリア、保護区の者たちに避難を呼びかけた矢先、蒼の魔人が自分たちの方へ向かってくるのはアイゼンも感じ取っていた。

『万』の門を後回しに、ここに何の用があるのか。


 答えは分からないが、蒼の魔人が単独でこちらに向かってきている。


「……リリアさん。皆を連れて、先に逃げなさい」

「……アイゼン王は?」

「時間を稼ぐ」


 ギブも向かってくるだろうが、それよりも先に接敵したい。

 理由はギブと同じ。蒼の魔人に感じる違和感。

 初めて見るはずなのに、初めてではない感覚。


 そして、その感覚はギブが抱くそれよりも強かった。


「止まれ。わが国に何の用だ」


 自分よりも遥か格上の存在に対面し、その威圧感に圧倒されそうになった。

 対面するだけで、意識を吹き飛ばしてしまいそうな圧が、目の前の魔人から放たれている。

 だが、近くで見れば見るほど、それを上回る違和感が強くなり、アイゼンの胸が弱く、早い鼓動を打った。


 そして、アイゼンは剣を構えるのを見て、、




「ただいま戻りました。父上」




 目の前の魔人は、深々と、礼儀正しく一礼し、アイゼン王に向かい直った。


 今まで幾度となく見て来た所作。

 忘れるはずもない。

 浮かんだ記憶に確かに重なった仕草を見て、アイゼンがわなわなと体を震わせる。


「アイン……?」

「はい。あなたの倅です。そして——」


 目を見開き、愕然と剣を溢すアイゼンに向かって、微笑むような、それでいて冷たい覚悟がこもった声で、蒼の魔人は宣言するように続けた。




「全てを背負い、皆を導く世界の王となる魔人です」


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