夏蜜柑
夕方の金曜日の放課後。
嬉しい。
毎日の『タスク』から解放される瞬間。
金曜日は、一人で帰ると決めている。
クラスメイトから『またね』『つぐみー!バイバイ!』
等と声を掛けられては振り向いて笑顔で手を振りかえす。
そう、これも、『タスク』のうちの一つ。
友達は好きだ。
でも、どうして私に笑いかけてくれるのか、
中学生に上がる頃から、自分はまわりから特別な『目』で見られていることに気付き始めた。
気付いたが最後、私はその『クラスの中心の元気な目立つ女の子』という呪縛から抜け出せずにいる。
冷暖房完備の校舎から出ると、途端に雨の匂いがする。
私は雨が好きだ。
雨の日の匂い、雨の降る音、空が映る水たまり。
たまに見れる、本当に幸運な時だけ現れる、
あの七色模様。
でも、
外に出ると雨は降っていなかった。
重たそうなモッタリとした雲の隙間から、
夕暮れ特有の、あの金色の光が、
街のどこかに向かって差し込んでいる。
小さい頃、あの光が何処を差しているのか、走って見に行こうとしたことがある。
いつからだろう。
今はただ、真っ直ぐに光るソレを、眺めるだけになってしまった。
眺めるだけでも、贅沢な気持ちになれた。
日に日にたくさんの何かを詰め込むこの頭と、
たくさんの色が入ってくるこの世界。
小さい頃の小さな興味や、キラキラと光る砂粒のような憧れは、
多くの雑多な情報と共に、どんどん頭の奥に追いやられていった。
お気に入りの傘を校舎の玄関で忘れずに拾って帰る。
ビニール傘なんか買うから皆忘れていくんだ。
特別な、大切な、お気に入りを一つ見つければ、
絶対に置いて帰るなんてことしないのに。
雨の匂いを、ゆっくりと吸い込む。
あぁ、もうすぐ夏なんだ。
そしたらすぐに夏休みが来る。
リュックのポケットからイヤホンを取り出して耳にねじ込んだ。
iPhoneでお気に入りの曲達をランダム再生にする。
私立なのにバッグの指定が無いと知った時は、すぐにリュックを買おうと決めていた。
両手を広げて大好きな音楽を聴きながら、歩いて走れるなんて、
最高じゃないか。
学校の正門を出ると、いつも斜向かいの大きな家の庭が目に入る。
この時期は緑の密度も濃く、しっとりとした空気の中、風に木々の葉がゆらゆら揺れている。
ここの家は秋になると金木犀が咲くのだ。
祖母の家がこの近所なので、昔はよくこの道を通った。
確か、夏には、蜜柑がなっていた気もしたけれど。
あまりジロジロ見てはいけないような気がして、継美は足早に駅への道を歩いた。
家に帰ったらすぐシャワーを浴びよう。
それから、まだ読んでいない、昨日買ったファッション雑誌を開こう。
確か冷蔵庫に、ジンとライムがあったはずだ。
明日は紫織と約束がある。
どうしても、
どうしても話したいことがあった。
紫織ならきっと、
顔色一つ変えずに聞いてくれるに違いない。




