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157 画集の計画は少しずつ




 相談に相談を重ねた結果、植物細密画の画集は“美しさ”を主軸に置くことにした。


 今までにない画法、繊細で写実的な絵は、それだけでもセンセーショナル。

 それは今までにある絵画とはかなり趣が異なるので、図鑑の要素ももちろんあるが、目に楽しいを前面に出す方がいいだろうと結論づけた。


 それぞれの画に添える文は、植物名――属名と種小名を組み合わせた二名法による学名はまだこの世界になかったため単純な呼び名。

 その植物の産地。これは原産がよく分からないものもあるので、大雑把にどこから来たかを書く程度に留め、今ある薔薇の分類に則した名を入れた。ガリカ、モス、カニーナなどである。

 これは過去世での分類と非常に似ているので、どこかに“稀人”がいて名付けたのかも、とデルフィーナは思っている。


 薔薇の他は、花の美しい植物と、バルビエリにはあまりない輸入物の果実を描くことにした。

 柑橘系の花はシンプルで可愛らしいが、美しいと表現するには華やかさに欠ける。

 ランブータンも花自体は実ほどのインパクトがない。

 他の赤い実の花も、一重の小さな花が多く、樹として見ると賑やかでいいのだが、絵として単一の花を描くとどうしても物足りないのだ。

 実をメインに、脇に花を添える感じで一ページにまとめることにした。


 他は、アネモネやラナンキュラス、百合、水仙などを入れることにした。

 せっかく青の絵具を作ったのだから、青系の花も入れたいと、ヤグルマギク、デルフィニウム、ルリジサ、チコリ、カンパニュラなども描くことにした。


 概ね描くものが決まったところで、デルフィーナはこれを本にした場合、複製をどうするかで悩んでしまった。

 単純な絵画なら一点ものとして描いた作品を納品となるが、デルフィーナが目指すところは植物図譜、すなわち図鑑のようなものだ。

 献上するだけでなく、手元にも置きたいし、画壇の画家達や植物の専門家にも見てもらいたい。とすると複製は必須となる。


 過去世の植物細密画で有名なのはルドゥーテだが、彼の画集は、銅版画に手彩色をしているもので、点刻彫版という手の込んだ独特の技法を用いていた。

 これを再現するのは、不可能ではないが難しいと思う。

 少なくとも、輪郭線を可能な限り排除した、点の版を作るのは、技術の習得に時間がかかる。筆で絵を描くのと点刻するのは芸術でも技法が全然違うのだから。


 植物細密画の完成図を頭の中において作らねばならず、色を入れて完成となるなら、ジーノ達にそれを習得してもらうほかないが、やっとボタニカルアートの描き方を身につけたところで、次を求めるのはどうなのか。


 画家としては一つの作品が完成すればよく、それを量産する必要性はない。

 複数ほしいのは売りたい商人や図鑑として手元にほしい博物学の学士達で、画家ではない。

 仕事といえばそれまでかもしれない。だが版画にも色々ある中で、非常に凝った技法のそれを求めるのは、彼らの時間をかなり拘束してしまう。

 それに見合うだけの報酬をデルフィーナが払えるか。それが問題だった。


「私としては、お金は別のところにかけたいんですよね……」


 お茶の時間にそうぼやいたデルフィーナに、アロイスはぱちぱちと瞬きした後、クスリと笑った。


「そうか。デルフィーナはあまり固有魔法についてまだ学んでないんだねぇ」

「固有魔法ですか?」

「そう」

「うぅん、アレッシア先生の授業ではまだそこまでいっていませんね」


 魔法についてどう捉えられているか、宗教との関連、バルビエリ国内での扱いについては習った。

 今は、宮廷での魔法士の扱いや数、歴代の魔法泊の出身や特徴を学んでいる。その後で、現在知られている固有魔法を学ぶ予定である。


「なら知らなくても仕方ないねぇ。あのねぇ、〈複写〉って魔法があるんだよ」

「複写、ですか」

「そう。昔は教典や大事な書類の複製は手書きで、紙も少なくて、本は貴重だった。でも植物紙の広がりに合わせて、たくさんの本を出せるようになったでしょう? だけど手書きだと量産できない」

「印刷があるのでは?」


 まだ少ないが、一応活版印刷はある。

 過去世では、膠泥活字は十一世紀に、木活字は十四世紀に、金属活字は十三世紀に既にあった。いずれも東アジアで作られたものだ。ただし漢字の多さから定着せず、廃れてしまったらしい。

 後世まで残る金属活字の活版印刷は、十五世紀のグーテンベルクが始まりとされていた。


 デルフィーナのいる北大陸の文明は、過去世でいうなら十六か十七世紀頃に当てはまる。当然活版印刷は発明されていた。

 国内での数は帝国に及ばないものの、それなりに増えているはずだ。


「活版印刷が今ほど増える前だねぇ。印刷技術が広まるまでは、固有魔法が使われていたんだ。今でも、印刷をするほど量産しない本や、個人的に複製がほしい時、機密性の高いものを複写する時は、重宝されている魔法だよ。

 宮廷にも、専属の“複写士”がいる。魔法士の中の一部だねぇ」


 ティーカップを傾けながら話してくれたアロイスに、なるほどとデルフィーナは納得した。

 重要な契約書の類いなどは手書きで二枚作るより、文面がピタリと合う()()()の方がいいかもしれない。

 目の前で複写魔法を使えば、不正がないのは明瞭で、両者が同じものを同時に得られるわけだ。

 手書きで作るより、よほど時間短縮にもなる。


「完全な写しなら、絵でもできる、と?」

「デルフィーナが描かせている絵って、彩色に凹凸がないでしょう?」

「? そうですね?」


 油絵と違って、デルフィーナの作った絵具は水彩絵具を理想とした、さらっとしたテクスチャーのものだ。描き上がりは、文字用のインクを紙に乗せたのと大差ない。


「凹凸のある絵画は、“複製”の魔法がないとできないんだって。でも“複製”はできる魔法士がほとんどいないし、依頼はかなり高額になるんだよ」


 魔法士の少ないバルビエリには複製魔法の使い手はいないらしい。

 たくさんの魔力が必要となる魔法らしく、これを扱える魔法士は、北大陸の南西部――いわゆる魔法活動の活発な地、聖地の近くにしかいないのだとか。


「俺も又聞きだけどねぇ。だからバルビエリでは“複製”は無理だけど。“複写”でいける画なら」

「複数冊作れますわ!」

「うん、そういうこと」


 ニコッと笑ったアロイスに、デルフィーナは破顔する。


「では、複写魔法の使い手を雇いましょう!」

「まずは複製可能かを確かめて、だねぇ」


 未知の絵画を見せる以上、秘密保持の契約は必要だ。

 契約してから、画家の描いたボタニカルアートを見せて、複写できるか試してもらう。多分できるよ、とアロイスがいうのだから大丈夫だと思う。

 実験的にはなるが、重要書類をよく扱う仕事なら、契約には慣れているはず。疑念を持つことなく契約して魔法を使ってもらえるはずだ。


 エスポスティ商会がよく依頼している“複写士”がいるというので、その人物の紹介は、カルミネへ頼むことにした。


 複製の問題は八割方解決したので、あとは使う紙をどうするかだ。


 ヴェラム――画用の羊皮紙を使うか、植物紙を使うか。

 滑らかでやや透明がかったヴェラム紙は、子牛の皮を鞣して作る。耐久性の高い、高級皮紙である。


「献上するなら植物紙はダメじゃない?」


 植物紙でも高いものはあるが、元が元なのでヴェラム紙の方が断然高い。

 アロイスの一言で悩むことなくこれは決まり、画家達が描く用と、それを複写する用とで、これまた大量に注文することとなった。


 一気に全部でなくてもいいとはいえ、四人の画家に、失敗用も含め渡すのだから、そこそこの数がいる。

 いつもの如くエスポスティ商会から買い入れることにしたのだが。

 発注時に、カルミネの新たな補佐となった人物から「もう少し計画性を」と零された、とネリオが苦笑していた。

 カモフラージュとしてロイスフィーナ商会が買い入れた形で取り寄せたせいだ。

 購入に関わった者は、またロイスフィーナ商会が何か新しい物を作るのに必要なのだろう、と考える。

 そうやって隠しながら、少しずつ計画を進めていった。






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